第3話『ダブル・キャスト』-2
「――、なにキョロキョロしてんのよ?」
さっきから挙動不審なクラスメイトに、綾は思わず突っ込んでしまった。
「あ、いや、えっと……その、なんでもない」
日高としては、昨日と同じ喫茶店で集合したかった。
しかし、「話すだけなら別にどこでもいいでしょーが」と綾に押し切られ、今は朝霧家の敷居を跨いでいた。あまつさえ、彼女の部屋の中に足を踏み入れているものだから、どうにもこうにも落ち着かないのである。
座布団に座る日高の前で、麦茶を注ぐ綾がベッドに細腰を降ろしていた。
制服から着替えた綾は、襟付きのカットソーとローライズのパンツという格好である。正面から相対している日高は、普段の制服姿からは想像もつかないほど細くくびれた綾のウエストラインから、ずっと目が離せないでいた。
「はいお茶。お菓子、適当に摘んでね」
「ありがとう。……ほ、ホントに」
日高は別の意味で、綾ではなく神に感謝した。簡易テーブルに菓子皿を置こうとして屈み込んだ際、ボタンを開けっぱなしにしていた綾の胸元が、少年をおとぎの国へ誘う。
その『国』では、年中無休で乳祭なる儀礼が行われていた。
「さて、と。昨日の事は帰りに話した通りだよ。問題はこれからどうするかなんだけど……ん、日高? おーい、どうしたの?」
「二つのお山が……って、違うッ! なななに僕胸なんかぜんぜんみてないよ?」
日高颯太十七歳、青春真っ只中の少年であった。
「何の話してんの? ……勝手に話進めるよ。あたしは次の“移動”から、向こうの大輔と一緒に『日高殺しの犯人』と『B面の失踪事件』について調べて回るつもり」
「ゴホンゴホンッ……。じゃあ僕は、『B面の朝霧さん』を探すことにするよ。昨日、一昨日と、彼女がどこで何をしていたのか、気になるしね」
「そういえば『向こうのあたし』はピアスしてるみたいだから、見分ける時は耳を見ればいいよ」
麦茶を飲む綾は、そう言って形の良い耳たぶを日高に見せた。
ところが、そこから伸びる彼女の白いうなじに、日高はまたしても釘付けになった。
綾の仕草の一つ一つには、理解不能な色気が伴うのである。こちらの大輔があれだけ暴走するのも無理はない。身長の高さや髪色の派手さを差し引いても、朝霧綾は十二分に魅力的なのだ。
だが実のところ、綾は日高を全く異性としてみていない。だからこそ、安易に彼を自分の部屋に招き入れたのだ。
そんな悲しい事実を知らない日高は、麦茶を飲むふりをして生唾を飲み込んでいた。
「そ、それにしても、朝霧さんの強さには驚きだよ。セカンドスキルを使ってる大輔に、素手で勝っちゃうんだからさ」
「……ギリギリ、だったけどね」
謙遜ではなく、綾は本気でそう思っていた。
笑い事で済ませるには、喧嘩に命という賭け物はあまりに高過ぎる。それほど大輔の強さは本物だったのだ。次にやれば、また綾が勝つという保証はどこにもない。
「あたし、セカンドスキルの事もできるだけ調べてみようと思うんだ。日高、始めに言ってたでしょ? B面の失踪事件とセカンドスキルの発生時期は、重なってるって」
「うん。B面の朝霧さんを見つけたら、僕も彼女に訊いてみるよ」
日高の言葉に頷こうとした綾は、ふと、ある事が気になった。
「……そういえばさ、『向こうのあたし』ってどんなヤツ?」
「どんな、って言われても、僕、あんまり朝霧さんと親しくなかったし……」
「それでも学校はちゃんと来てたんでしょ? なんか気になる、そういうの」
B面の大輔の証言と日高の口ぶりでは、なかなかクールな印象を受ける。しかし部屋の様子を見る限りB面の朝霧綾は、A面の綾とは全く性格の異なる人物像が想像されるのだ。
日高はB面の朝霧綾にそれほど良い思い出がないのか、複雑そうな顔で呟いた。
「いやぁ、知らない方がいいんじゃないかな。……本人の名誉の為にも」
「何よそれ? いいじゃん、あたしの事なんだし。ね。『あたし』、彼氏とかいた?」
「か、彼氏? 彼氏は……、クラスのウワサじゃ、『いた』みたいだね」
「へー! そうなんだ!」
喜んだのも、束の間だった。
「……いっぱい」
「…………はい?」
異な事である。二股を掛けるような甲斐性は綾にはないのだが、『彼女』は違うのか。
「すごくモテてたらしいよ。でもすぐ別れちゃうんだって、男子の方が逃げて」
「な、なんでッ? 理由は!? 理由は何?」
まさか彼氏に暴力を振るうような“困ったちゃん”なのだろうか?
否、そもそも白仙を使って人を殴れば、まず逃げられるはずもないのだが。
顔色をなくす赤髪のクラスメイトを諭すように、日高はまた視線を逸らした。
「あ、あのさ、いい? 怒らないでよ? こ、これ、僕が聞いた単なるウワサなんだからさ」
「なんで日高を怒んなきゃいけないの。いいから、もったいぶらずに教えてよ」
「わかった、わかったよ……」
ここで下手に気を遣うと後が怖い。覚悟を決めた日高は、一度自分の股間に視線を落とすと、朗らかに笑みなど浮かべながら、己の国語能力を総動員して暗喩した。
「えっとね――、枯れるまで、吸われるから」
綾の一撃で、下衆野郎の意識も闇に吸われた。
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