表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/49

第3話『ダブル・キャスト』-1

〈登場人物〉


朝霧綾……武術家系に生まれた、赤髪の女子高生。

叶大輔(A)……綾のクラスメイト。剣道部のホープ。

叶大輔(B)……綾の仲間。『剣弾』のセカンドスキルをもつ。

日高颯太……綾のクラスメイト。転校生。

西井香織……綾のクラスメイト。綾の親友。

鷹山岬……綾のクラスメイト。陸上部。



第三話 『ダブル・キャスト』


 四日目の朝。

 一週間も折り返しに差し掛かり、生徒も週末の予定を組み始める頃合いである。

 しかし、下駄箱置き場で靴を履き替えていた綾の気持ちは、鉛のように重かった。


 昨夜はB面の世界で激闘を繰り広げたあと、朝方まで、半壊した校舎の中で大輔と話し込んでいたのだ。A面の世界に戻ってきたのは午前六時、当然まともな睡眠などとれるはずがない。

 何食わぬ顔でA面の食卓についた綾は、いつも通りの朝食をとったが、かえってそれが彼女の睡魔を増長させてしまった。


「よぉ綾! 朝から疲れてんな。どうした、また胸が重くなったのか? 手伝うか?」


 そんな綾の憂鬱(ゆううつ)など(つゆ)知らず、今日も大輔の陽気なセクハラは全開だった。


「あー、うー、大輔。おはよ……」


 朝方までうんざりするほど見ていた顔を、綾はクマのできた眼でじろりと睨む。セクハラには反撃が付き物と考えていた大輔は、彼女の拍子抜けな反応に、若干引いてしまった。


「に、睨むなよ。テンション低いぞ、お前」

「昨日ちょっと徹夜しちゃってさぁ……全っ然寝てないんだ。……ふぁ」

「テストでもないのにか? 変わってんなぁお前。ん? 顔、どうかしたのか?」

 

 大輔は綾の頬に貼りつく絆創膏を指差した。

 この男、気になる女の事となると異様に鋭い。しかし、質問に答えてやるほどの体力も根性も、綾にはなかった。大体、事情を話してもややこしくなるだけだ。

 綾はあくびをひとつ噛み殺してから、


「うー、今日は眠いから、また今度教えるよ」


 そんな言葉で、お茶を濁した。


 疲労感に(さいな)まれたまま教室に入ると、日常はちゃんとそこにあった。ただ、いつもは楽し気なクラスメイトの談笑も、今の綾には文字通り頭痛の種である。

 せめてHR開始までのわずかな時間を、机の上で睡眠に費やそうとした矢先、綾は死霊のような枯れ声に呼び止められた。


「あぁ? おはよ、朝霧ぃ……。どしたの? 顔色、悪いよ?」

「アンタほどじゃないってば。朝練キツかったの? 岬」


 返事をするのも億劫(おっくう)なようで、岬は机に突っ伏したっきり顔を上げようとしない。


「――岬はねぇ、朝練習でトラックを二十周もさせられたんだってさー」


 質問に答えたのは、背後から綾の胸を鷲掴(わしづか)みにした香織だった。

 叫びそうになるのをすんでのところで我慢して、綾は笑顔を引きつらせる。


「……おはよ香織。とりあえず手、放してくれる? 挨拶には必要ないよね? それ」

「うわー、相変わらず他に類を見ない形状と弾力だねー。綾、世界狙えるよ、世界」


 このところ、毎日のように並行世界を行き来している綾にとって、これ以上、はた迷惑な世界に足を踏み入れるのは御免だった。


「あたし、そういう世界には死んでも行きたくないや。……早く手を放せ」

「そういえば私、水泳の着替えで初めてちゃんと見たんだよねー。綾のってさ、ブラしてなくても形が崩れないんだ? やっぱり、形状記憶加こ……わわっ?」

「失礼なコト言わない」

 

 いつの間にか両手の自由を奪われた香織は、バレエダンサーのように、くるり、と一回転させられて、綾の正面で停止した。本人は何が起こったのか理解できていないらしく、目をぱちくりさせている。

 どうやらクラスの友人たちは、綾に安息の時間を与えるつもりはないらしい。

 安眠を諦めた綾は、隣の席で素知らぬ顔をしていた日高に、わざと大声で話しかけた。


「おっはよー、日高ぁ。今日はサボらないんだぁ?」

「わはははははは、な、何のコトかなぁ! ……あのさ、それ、秘密してって言ったよね?」


 引きつる顔をグラウンドへ向けて、日高は冷や汗をごまかしている。


「騙されたお返しだよ。……あとね、放課後にちょっと話があるんだけど」

「あ、うん。……わかった」


 話し込んでいた綾と日高のそばで、聞き耳を立てていた香織がニヤリと笑った。


「なーんか仲いいね、二人。綾ってば日高君の事、呼び捨てにしちゃってるしー」


 少しでも仲のいい男女を見ると、すぐにカップリングしたがるのは西井香織の悪い癖だ。


 釣り合いの取れる異性がいなかったために、綾はこれまで男子と付き合ったことがない。

 ただ、表立ってモテていないとはいえ、実は綾に気があるのは大輔だけではなかった。突然現れた転校生ごときに、クラスの貴重な女子資源を横取りされるのは辛抱ならぬと、男子数名から殺気が吹き出る。そのどす黒い闇の障気によって、大輔が少しだけ元気になっていた(彼は邪悪なのだ)。


 当然、居心地が悪くなった綾と日高は、互いに顔を背けて黙り込んでしまう。香織はそれ以上二人をいじるような真似はせず、机に頬杖を突いて、眠気に誘われはじめた綾に話題を振った。


「……なんかさー。みんな、けっこう薄情だよね」


 そう呟いた香織は、普段あまり教室で見せることのない顔をしていた。


「ええと、何の話?」

「神崎先生の事だよ。交通事故で入院してるのにさー。心配してる子、誰もいないよねー」

「そう見えてるだけじゃないの? 心配してる子がゼロって事はないと思うけど」


 香織には、必要以上に他人に干渉しないクラスの人間関係が気になるらしい。

 世話好きな彼女ならではの悩みだろう。言われてみれば、確かに教室に散らばるクラスメイト達が、入院している神崎の安否を気遣っている様子はなかった。


「せっかく同じクラスになったんだから、先生の事だってもう少し考えてあげてもいいんじゃないかなー。私はそういう繋がりって、大事だと思うんだけど。綾はどう思う?」

「そりゃそうだけどさ。まぁ、お見舞いもできないんじゃ、仕方ない気もするよ」

 

 二年一組のマスコットキャラクターであった神崎の事故が告げられて、まだ二日しか経っていない。

 確かに香織の言う通り、彼女の安否を気遣うのは大事だとは綾も思ったが、さりとて生徒達もそれぞれに課題を抱えている。綾にいたっては、並行世界を行き来している身だ。薄情なようだが、入院中の神崎に気を回している余裕はないのが実情である。

 

 眠気もあって、綾はそのあと香織が何を言ったのか、あまり頭に残らなかった。


 予鈴のきっかり五分前に、非常勤講師山崎哲夫は二年一組に入室してきた。彼がクラスに来て二日が経つ。

 綾をはじめ二年一組の生徒達は、徐々にこの男の本質を理解し始めていた。


 山崎には、とにかく形容しがたい威圧感があった。スーツの着こなしや言動から、生真面目な印象がついて回るが、それとは別に、彼からは非人間的なプレッシャーを感じるのである。

 そうした意味でも、この男は神崎と真逆の教師だった。


 もちろん教壇に立つ山崎が、出席確認をとっている最中は、生徒達の私語は皆無だった。


「……以上だ。日直、あとは頼む」


 何の感情も交えずに伝達事項を報告すると、山崎は生徒達には一瞥もくれずに教室を出て行く。

 徹頭徹尾、機械的な言動を貫く彼の姿は、神崎のキャラクターに慣れた二年一組ではひどく浮く。しかし、綾はそこまで山崎のことを嫌いには慣れないでいた。昨今の教職が(さら)されるブラックな内情を思えば、生徒へ距離を置いた山崎の接し方は、むしろ普通なのかもしれない。


「見れば見るほど、スカした野郎だな」


 一方、大輔の山崎嫌いはエスカレートするばかりだった。

 どうやら、ここ二日間の部活で手合わせを何度かさせられて、こっぴどく打ち込まれたらしい。

 もちろん綾が直接大輔から聞いたわけではなく、武道場の周囲を走っていたという岬に聞いたのである。噂によれば、山崎は剣道七段という驚異的な実力者で、他にも諸般の武道に長けているそうだ。


「ちなみに七段って、どれくらいすごいわけ?」

「あー、六段でジェダイとか倒せるんじゃねぇか」


 無茶苦茶である。


「とりあえずなんか言いがかり付けて、ブン殴ってきてくれよ。綾」

「ゴメン、あたし暴力キライだから」


 頬杖の手を入れ替えた綾が言った矢先、「ウソをつくのはやめなさい」という心の声がクラスの半数以上から発信されたのを、日高が渋い顔のまま黙殺した。

 一限が始まる前にトイレに行こうとした綾は、廊下に出たところで、意外な人物に声をかけられた。


「…………あ、あのさ。朝霧さん?」

「へ? 町田君、どうしたの?」


 正直、綾はかなり驚いていた。

 記憶の限り、町田とは一度も話した事がなかったからだ。

 

 眼鏡を掛けている町田は、綾よりも少しだけ背が低い。普段、椅子に座って少女漫画を読んでいると、なんだか縮こまった印象の強い彼だが、立ち上がると今度は体の痩せ具合がよくわかった。


「朝霧さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()? あの、立ち読みができるコンビニ」

 

 一瞬で町田の言葉の意味を理解した綾は、頭の中が冷めるのを感じつつ、話を合わせた。


「――、あ、うん。行ってたね。けど、それがどうかした?」

「僕がコンビニに入ってった時に、ちょうど君がレジで精算してたんだ。その時に『これ』が落ちたんだけど、朝霧さん、気付かずに行っちゃったから、届けてあげようと思ってさ」


 町田は制服のポケットから何かを取り出し、反射的に差し出した綾の手の平に、それを置いた。


「……ピアス?」


 素材は銀、だろうか。

 小指の先ほどの小さなピアスには、炎らしき彫刻が施されている。

 

 もちろん、綾はこんなピアスに見覚えはない。それ以前に、ピアス穴など開けてもいないのだ。昨夜コンビニへ行った覚えも、同様にない。()()()()()()()()()()()()

 

 廊下で立ち話をする綾と町田を気にする者はいない。授業前の停滞とした雰囲気がリノリウムの床から足を伝って、彼女の膝の辺りにまとわりついた。


「引き留めてごめん。それだけだからさ、じゃ」

「うん……ありがと」


 正直にいえば、席に戻って少女漫画を読み始める町田に、綾はピアスと昨夜の件について、もっと色々と話を訊きたかった。

 

しかし、不用意な質問が町田を危険に晒すかもしれないと考えた綾は、それ以上、B面の自分について彼に詮索するのを断念した。


◆     ◆     ◆


ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。


感想・レビューなど頂ければ幸いです。


この後も、お楽しみ下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ