with Lionheart 38
二ヶ月は空ける予定だった自宅に悠理とマリアが戻ったのは、日付がかわろうかという頃。
王都に着いた三人は、二手にわかれることにした。
悠理とマリアは深夜まで街中で時間を潰して転移で直接家へ。
レオンハルトは、彼の荷物と二人への土産を手に、街へ到着後すぐに手配した馬車を使い王城へ。
この状況でレオンハルトが一人で帰城することを歓迎こそすれ、理由を疑う者はいないだろう。
「直属の部下達は何か思うかもしれませんが、彼らはこちらの不利になるような動きをすることはありませんし」
とは、別行動をすることで機嫌を損ねたレオンハルトの談である。
「魔女の箱庭」と呼ばれて久しい悠理の私的な敷地には限られた者しか入れないので、派手に動かなければ悠理とマリアが戻っていることはジュエルに知られたりはしない。
マリアが窓という窓を開け換気に走っている間に、悠理は懐から耳飾りを取り出して魔力を込めた。
リィン、と音がしてすぐに、京子の声が聞こえてくる。
「京子?今戻りました」
『はいおかえり、おつかれ。随分遅かったね?』
三人がプレイディア領を発ったのは夕方。
心配をかけていたらしい。
「あぁ、私とマリアはけっこう長いこと城下にいたから…ごめんね、心配かけたね」
『いや、無事ならそれでいいよ、おかげで荷造りも大分進んだし』
「あー、京子、それなんだけどさ、出発の準備ができたら、また連絡くれるかな?私がそっちまで迎えにいくから」
悠理はレオンハルトとは帰っていないことになっている。
というか、まだしばらくの間は不在だと思わせておくつもりでいる。
誰もいないはずの家に見知らぬ人間が大荷物で訪れて、しかも戻らないとなれば流石に不審に思われてしまうだろう。
「ちょっと考えてることがあってね、今、というか、しばらくルシフェルは戻ってこないってことにしておきたくて、だから京子の引越しもこそっと終えたいんだよね」
旅先で聞いた噂の真偽を確かめるためだけに戻ったわけではない。
これ以上下らない茶番に付き合ってやる必要もないので、相手がしっぽを出しやすい状況を作ることにしたのだ。
悠理が以前考えたように、ジュエルの目的がルドルフ、国王、そしてレオンハルトだとして、先の二人のようにはレオンハルトを思い通りに動かせない理由が聖魔女ルシフェルだとしたら、レオンハルトが一人で王城に留まるこの機を逃しはしないだろう。
しばらく泳がせて、決定的な瞬間をたたくつもりでいる。
『…なるほどねぇ、レオンハルトくんは囮になったわけだ?』
「えぇ、その代わりにものすごい量のご褒美を要求されることになりそうですが」
つい赤面して敬語になってしまう程度には。
『ははっ、それはまぁ、仕方ないんじゃない?けど、りょーかい、そしたら移動にかかると思ってた時間の分、もう少しゆっくり準備を進めておくよ』
「うん、こちらの準備も整えてはおくね…マリア様が…」
片付いてない部屋を頭に思い描き、チラリとマリアを見れば心得たとでも言うようにコクリと頷かれる。
「それじゃぁ、今日は遅いし、もう切るね、連絡待ってる、おやすみなさい」
『うん、そっちで楽しく過ごせるのを心待ちにしてるよ、おやすみ』
通話を終えて、悠理は京子の言葉を思い返した。
『レオンハルトくんは、囮になったわけだ?』
そうだ、レオンハルトは囮になったのだ。
勿論彼自身も承諾していることだし、たくさんのご褒美についてだって、悠理ができるだけ気にしないよう、あえて吹っかけてきたことも、悠理にはわかっている。
決して味方とは言えない相手のもとに丸腰で送り込む能天気でもないので、レオンハルトのピアスにはこれまで以上に悠理の魔力も込められているし、まして、彼の執着と言える悠理への愛情は疑いようがない。
けれど。
ジュエルが"リオ様"と。
あの甘ったれた口調で、如何にも自分は特別ですと思い上がった声で、とうに捨てた呼び名で悠理のアンタレスを呼ぶのかと思うと、面白くない。
腸が煮えくり返る程度には。
彼に抱く感情をハッキリと言葉にしてから、悠理は狭量になった気がする。
小娘のおふざけに付き合ってやることすらできないなんて、100余年を生きている魔女のくせにと、笑ってしまいそうだ。
(…仕方ないじゃん、だって…)
この世界にきて、初恋を知った。
実っていたかもしれない想いは、戦争に引き裂かれた。
なんの巡り合わせか、数十年を過ぎて、再び恋に落ちた。
落ちたというより、引きずり込まれたと言った方が正しいだろうか。
気づけば、この人と共にいたいと。
願わくば、共に歳を重ね、緩やかに終わりに向かって歩んで行けたらと、親愛を超えた感情を抱いていた。
たとえ誰かから見て、これが真実の愛だと思えなくても、もう、いい。
呪いが解けないかもしれなくても、いい。
(レオ…)
悠理は別れ際、新しくつけられた赤い痕にそっと指を這わせた。
「囮役は別に構わないけど、何かあったとしても俺が負けることはないし」
不遜にもとれるが真実、今のレオンハルトが国内で負ける相手などいやしない。
「けれど、近くにいるとわかっていて会えないうえに、別の女の猫なで声を聞かされるわけだから、これはもう、ご褒美が必要だと思うんだよね」
悠理への愛情も、他の人間への興味のなさも、悪びれることなく口にする。
「ね、ユーリ…、戻ったら、あなたをちょうだい?そうだな、とりあえず、三日ほどは、なにもしなくていいようにしたいね?」
唇を指でなぞりながら囁かれたそれがどんな意味かなんて、わからないはずがない。
悠理はその言葉に、「是」と。
声に出す勇気はなかったから、真っ赤に染まった顔を、小さく縦に振ることで答えた。
「…え、ほんとに?いいの?」
頬をはさまれて顔をまじまじと覗き込まれる。
下げていた視線が合えば、悠理が一等好きなアンタレスが、戸惑いと歓喜で揺れるのが見えた。
「…いい、よ、だから、レオ、絶対揺らいだりしないでね」
そんなことは有り得ないとわかっていて、口にする。
「ふふ、もちろんだよ、俺の魔女…、あ、向かう前に、もう一つだけ」
まだなにかあるのかと問う前に、首筋に口付けられて、今までよりキツく吸われた。
「消えるまでに、戻りたいなぁっていう、願掛け」
ペロリと舌を出して笑う顔が百億点だったのは言うまでもない。
「じゃぁ、ユーリ、また」
(別れたのは、夕方なのになぁ)
もう会いたいだなんて。
起きたら、悠理も忙しなく動かなくてはならない。
少しは気が紛れることを願って、一人、ベッドへ体を沈めた。
前も書いたけどレオンハルトくんの拗れた感じを育てるのには当然悠理さんも一役買っていますからね、そりゃ悠理さんも重いですよ、自覚したらそりゃぁもう。




