with Lionheart 28
遅くなってしまった、お待たせした方、申し訳ない。
テーブルに置かれたグラスの氷が全て融ける頃、京子のイヤリングがリン、と小さく音を立てた。
「え、はっや」
彼らのいる宿屋から20分はかかるだろうと思っていたのに、呼び出してからまだ10分経ったかどうかというところだ。
「ナイト、ドア開けてやって」
招いた本人が出迎えるべきかもしれないが、生憎と京子はソファから立ち上がることができない。
使い魔である賢い猫ナイトにとって、扉を開けることなど造作もない。
「やぁ、いらっしゃい」
思っていたより遠いところから聞こえた声の方に顔を向けて、レオンハルトは驚いた。
酔っているであろう悠理が、京子の膝に頭を乗せてニコニコと甘えているのが見えたからだ。
「すまんね座ったままで」
「……いえ…」
ここまで走ってきたのだろうか、白い肌がほんのり赤い。
驚きと戸惑いに揺れるアンタレスは、なるほど確かに美しい。
悠理がひと目で釘付けになるわけだ。
しかも初恋の相手に似ていると言うから、なおさら。
「悠理、ほら、お迎えきたよ」
ぐっと肩を押して起こしてやる。
「おむかえー?おとまりじゃないの?」
「ベッドがせまくてね」
ベッドは細身の京子と悠理なら割と余裕のあるサイズだがレオンハルトに連れ帰ってもらうための方便だ。
「んんんん…、じゃぁ、かえる」
「はいはい、レオンハルトくん、悪いんだけど、ここまで拾いにきてくれる?」
「失礼します。ユーリ様、帰りましょうか。ミヤコ、コレありがとうございました」
「あぁ、それ、持ってて。明日にでも悠理に渡してやってくれない?」
レオンハルトが差し出した手に乗せられたイヤリングを再び握らせる。
聞けば、悠理達はここを出てから少し国内を周遊して帰るという。
荷物をまとめて訪れた時に、家に誰もいないなんてことは避けたい。
「わかりました。…ユーリ様?」
「なぁにそれぇ、いつの間にそんなに仲良くなったの」
実際は保護者間の連絡網に近いやり取りだが、そんなこと悠理にはわからない。
「なぁに悠理、やきもち?」
京子がニヤニヤしながら悠理の髪を撫でる。
「はは、違いますよ、単にユーリ様を迎えに来るのにお借りしただけですし、明日はユーリ様にお渡ししますよ、それよりほら、帰りましょう?」
立ち上がりやすいようレオンハルトが悠理に差し出した手は取られず、ジトリと睨まれる。
「……レオ、敬語なの、やだ」
「………わかった、ユーリ、帰ろう。ほら」
数度目を瞬いて、ふっと小さく笑いを零したレオンハルトの声はそれはそれは甘く、優しい。
一瞬京子ですらときめいた。
「んんん…!わかった、京子、またね?」
「はいはいまたね、気をつけて帰るんだよ。レオンハルトくん、無事着いたら一応連絡をくれるかな?」
「わかりました。ユーリ、歩ける?」
今度は素直に差し出した手を握られる。
「平気!大丈夫!」
元気いっぱい。
「それじゃぁ、お世話になりました。ナイトも、ドアあけてくれてありがとう」
当たり前のようにナイトに礼を述べたレオンハルトに、京子はおや、と思った。
(へぇ、いい子じゃないか)
ナイトも悪い気はしないのだろう、にぁおと一声返していた。
「ユーリ、楽しめた?」
「楽しかった、よ!」
「それはよかった」
すっかり夜も更けて、誰もいない町を二人、手を繋いで歩く。
「結構飲んだの?」
「んー、多分…?」
曖昧に返事をした悠理の中では、楽しさと、眠気と、人恋しさと、大人としての理性がせめぎ合っている。
レオンハルトの手は悠理のそれよりも少し冷たい。
白く滑らかだが決して女性的ではなく、しかし顔と同じく、爪の先までが美しい。
欲望のまま力を込めれば、優しいレオンハルトはきっと甘やかしてくれる。
だけどそれはとてもずるいことだとわかっている。
「…ユーリ?」
考えることに集中しすぎて足を動かすのを忘れてしまった。
突然立ち止まった悠理を心配して、レオンハルトが顔を覗き込む。
「……顔がいい…」
突然目の前に現れた好みドストライクの顔面に、反射で手を伸ばした。
ペトリと頬に触れ、流れる髪をすくって避ける。
親指で下まぶたから目尻を撫でても、レオンハルトは嫌がる素振りを見せることなく、されるがままだ。
「…私のアンタレス…」
口をついて出た言葉に、レオンハルトは目を見開いた。
「…ユーリ、それは」
ハッと我に返って、手を離そうとするが許されない。
上からレオンハルトの手を重ねられ、触れたままの手のひらに頬ずりされる。
「嬉しい、そんなこと思ってくれてるんだね」
「や、これは、あの…!」
そのまま手のひらに唇を寄せられた。
「ひゃ…」
「でもこんなところで煽られるのは困るな、部屋に帰せなくなる…」
そのまま話されると、動く唇と吐息がくすぐったくてたまらない。
「ねぇユーリ、抱きしめても?」
心を見透かされているのだろうか。
まるで悪魔の囁きだ。
トロリと蕩けた瞳を見ていられなくて、悠理は目を逸らして小さく頷いた。
「外でお酒飲んじゃいけないのは、俺よりむしろアナタのような気がするなぁ」
苦笑が聞こえて、顔を向けるのと同時に抱き寄せられる。
「だって、こんなにも可愛い…、誰にも見せたくない…」
悠理が酔っていようがいなかろうがレオンハルトは四六時中そう思っているが。
「そういえばユーリ、そろそろ痕消えた?」
悠理は今日も襟の高い服を着ている。
レオンハルトは答えを待たずに首元を飾るリボンを解いた。
「なっ…!?」
ボタンをふたつ外され、肌と布の隙間に指を差し入れられる。
「…あぁ、だいぶ薄くなったね」
若干不満そうな声がして、唇が寄せられた。
人気がないとはいえ屋外でなんてことをするのかと抵抗してみたが敵うはずもなく、悠理の白い首筋に独占欲の花が鮮やかに咲いた。
「…あんまり遅くなると、ミヤコが心配するね、帰ろうか」
満足したのか、腕の中から解放され、何事も無かったかのように衣服を戻される。
手先が器用なのかリボンはキレイな蝶結びだ。
酔いはすっかり覚めたが頬が熱い。
顔をあげられなくて、当たり前のように再び繋がれた手をじっと見つめたまま宿屋まで歩いたのだった。




