with Lionheart 25
「………ひゃくにじゅうねん」
「ルシフェルって魔女聞いたことある?」
「ルシフェル?飼い殺しの?」
懐かしい。
そういえば悠理は魔女の間でそんな風に揶揄されていたんだったなと思う。
聖魔女としてでなくそちらの名で呼ぶと言うことは、京子は他者からも魔女として認識されているのだろう。
「そう、それ。あれね、私のこと」
「…は?だって、ルシフェルっていえば、アルテイアの魔法使いを侵略から救ったって…」
ヘラクラーダとの戦争のことだ。
確かに負けていればアルテイアの魔法使いは非人道的な扱いを受け魔力を搾取されていたが、そんな英雄譚のようになっているとは。
「あれがなければ、こうして京子と再会することはなかったかもねぇー」
悠理はジョッキを片手にくつくつと笑う。
レオンハルトの纏う空気が冷えたことには気づかず。
「お?お?なんだなんだ?そんな相手がいたのか?恋バナか?初めてでは???」
興味津々に身を乗り出した京子の顔がアルコールで赤い。
呪いで酒に強くなるといったことはないことがわかった。
新発見だ。
「ふふふ、ありましたよ、そりゃぁ壮大な物語ですよ。でも流石にこんなところでは言えないなぁー」
気を張る必要がないからか、悠理もふわふわと心地の良さを感じている。
今までこんな量で酔ったことなどなかったのに。
「そしたら悠理、この後うちくる?ナイトもいるし」
「え、いく」
即答した。
京子の祝福についても聞いてみたいし、自分のことも話したい。
決して黒猫に会いたい一心ではない、決して。
「おっけ、二人は?どうす…いや…マリアちゃんは…無理だね…?」
いつの間にそんなに飲んだのか、マリアの顔は真っ赤に染まっている。
「ゆーりさまがわるいんれすよ」
ニコニコと笑っていたのに、呂律も回らない状態で突然悠理を責めだした。
「ゆーりさまが、へんにゃこというから、そえでれおんはるろさまがこわいから、のむしかにぁいじゃらいれすか」
ぷくーと肩頬を膨らませるマリア。
いつも冷静で表情を変えない有能な侍女はどこかへ消えたようだ。
「俺が、なに?」
「ひぇっ…ほらぁ、こわいいぃ」
今度は泣き出した。
正に百面相だ。
怖いと泣かれたレオンハルトはといえば、感情の読めない表情で飲んでいる。
随分とペースが速い。
「…レオ?」
「なんですか?ユーリ様」
ヒヤリ。
そんな言葉がピッタリの笑顔を向けられる。
旅先では禁止と言った敬語と様呼びのおまけつきだ。
「………御手洗に…いってきます…」
一瞬で酔いが冷めたようにしっかりとした足取りでしかしとぼとぼと席を立つ悠理。
「……ほほぅ、なるほどなるほど?ティンときた!」
悠理の知り合いと判るまで向けられていた冷ややかな殺意、楽しそうに話す彼女を見つめる慈愛さえ感じさせる瞳、恋バナがにおった瞬間急変した態度。
しかも最後以外は悠理に気づかせていない。
(拗らせ系スパダリの溺愛×無自覚小悪魔……これは…萌える…本が書けるレベル…)
「レオンハルトくん、ちょっといいかい?」
ちっともよくなさそうだが無視して耳打ちする。
悠理は席を外しているし、マリアは面白い感じに酔っているので普通に喋ってもいいのだが。
「きみは、悠理が、好きだね?」
ニヤニヤと笑いながら聞くとピクリとレオンハルトが反応する。
悠理の言う通りこの黒髪の美青年がこの国の第二王子なら、まだ成人を迎えて間もない思春期真っ只中と言える年齢だ。
他人に心を覗き見されるのは面白くないだろうが、声のトーンを落として構わず続けた。
「悠理は恐らく、私の祝福と、私たちの呪いのことを知りたがってる」
そんな雰囲気はおくびにも出さないが、間違ってはいないだろう。
昔話に花を咲かせたい気持ちもナイトに会いたい気持ちももちろんあるだろうが。
レオンハルトが呪いのことを知らない可能性もゼロではなかったが、空気の冷えたタイミングを見るに知っているはずだ。
「求めるものかどうかはわからないけど、もしかしたら答えに近づけはするかもしれない。というわけで、面白くないのはわかるが悠理を貸してくれないかな?もちろんタダとは言わない」
京子は片方のイヤリングを外すとレオンハルトの眼前で揺らした。
「これを持っていれば、私の声が届くし、我が家までたどり着ける。一旦はマリアさんと宿に戻ってくれないかな?適当な時間に呼び出すから、悠理を迎えにきてやってよ」
適当に飲ませておくから、抱えるなりおぶるなりしてさ、と悪魔の一言も忘れない。
「なぜそんな…」
「だって、きみは悠理の呪いを解きたいんだろう?それにあの子も応えたがってるように見える」
「!!!」
レオンハルトの瞳が見開かれる。
遅れて白い肌が耳や首まで赤くなった。
(くううぅ、可愛いじゃないか…!!!)
「………わ、かり、ました」
出された手のひらにイヤリングを乗せ、そっと握らせる。
「交渉、成立。乾杯しようじゃないか」
肩を組んでグラスを鳴らした。
京子の持っているのはジョッキだが。
「……二人が仲良くなってる」
タイミングよく戻ってきた悠理は、少しだけ複雑な表情を浮かべている。
10年近く自分とルドルフ以外に懐かなかったレオンハルトが初対面の相手にこうも気を許すなんて。
気を許しているというと語弊があるが、しかし近すぎる程の距離を嫌がってはいない。
「えぇ、先程同盟が締結されたので。なー、レオンハルトくん?」
京子は悠理の表情に気づいた上で、更に距離を詰めた。
ワシワシと乱暴に頭を撫でられるレオンハルトは、流石に迷惑そうな顔をしている。
「ちょ…やめて、ください……ぇと…」
「京子でいいよ、私には他に名乗る名もないし。呼び捨てでも、さん付けでも、なんなら様付けでもよくってよ?」
「では、ミヤコ」
ドキリと悠理の心臓が跳ねた。
「俺はマリアを宿へ連れていきますので、ユーリのことを頼みます」
レオンハルトは京子の腕から逃れて立ち上がるとテーブルに金を置いて、突っ伏しているマリアを抱えた。
「ほいほーい、おねーさんにお任せあれ。悠理、私達も行こうか」
抜群のタイミングでエスコートするように出された手を取る。
そういえば京子は昔から女子人気が高かったなぁとか、なんの報告もしていないなぁなどと考えて、微妙にささくれだった心を処理できないまま、悠理も京子と店を後にした。




