with Lionheart 22
予定通り、家を出て三日後の昼に三人を乗せた馬車はプレイディア子爵領、領主館のある街へ到着した。
「んぬぁああぁーっ……!」
何度か休憩を挟んだとはいえ、長く座りっぱなしでバキバキになった身体をレディにあるまじき声を出しながら伸ばす。
「ここからは一旦別行動です!」
「えっ」
「えっ」
目を丸くするレオンハルトとマリアをよそに、悠理は地図を出した。
「お待ちください、私はユーリ様にお仕えする従者です、主の元を離れるなど」
「デート出来ると思ってきたのに!!」
「えぇいうるさいっ!あんたらと歩くと目立って仕方ないんじゃ!」
この二人を連れてジュエルの事を聞き回るなどすれば、すぐに噂になる。
下手したら王都にいる本人に届きかねない。
そんなことがあれば知略の魔女の名折れである。
「ですがユーリ様になにかあれば…!」
「待って!?マリアは私の事をなんだと思ってるんだ!?」
毎日が平和すぎて悠理が聖魔女ルシフェルだと忘れられている気がする。
「剣ではマリアに勝てないけど私そこそこ強いよ!?」
そこそこというか、魔法であれば悠理の右に出る者の方が少ないだろう。
「いいですか!マリアはここ!レオはここ!夕方にはここでおちあって、美味しいご飯を食べに行きます!ちなみにマリアも同じテーブルについてもらう!一緒に飲もう!有力な情報が得られて調査が早く終われば空いた日にレオとデートしてあげる!代替案があれば聞きます!」
広げた地図を指さしてそれぞれの行動範囲と集合場所を指定する。
レオンハルトへの餌も忘れず垂らした。
「っく…!」
「…ふふん、異論はないと見た!諸君の健闘を祈る!それでは、解散!」
二人に地図を渡してそれぞれの方向へ歩き出すのを見届けてから悠理も行動を開始した。
ジュエルの生い立ちは、プレイディアの娘になる以前のものがわからない。
しかし彼女を取り巻く人々の全てをベールで覆うのは不可能だ。
悠理の想像通り彼女が魔女であるなら、綻びを見つけることはきっとそう難しいことではない。
人間に話を聞くのは二人に任せておけばいいだろう。
悠理は人通りのない路地裏で歌った。
初めに現れたのは、黒猫。
かぎしっぽを水平に、悠々と目の前を横切っていく。
「…やぁ、はじめまして、素敵なおちびさん?」
一瞥した黒猫の瞳は左右で色が違っていた。
「キレイな目だね」
美しいのは目だけではない。
毛並みも、体躯も、しっかりと愛情を注がれ手入れされているのがひと目でわかる。
「おうちは近いの?あ、私はこの辺りに住んでる子達にお願いがあってね。え?いやいや、やだなぁ、怪しいもんじゃないよ」
まるでナンパのようだし傍から見見れば怪しいことこの上ないが幸い人目はない。
「そうか、きみには守りたい人がいるんだね、安心していいよ、その人がこの近くに今も住んでいるなら、私は敵じゃない」
黒猫はじっと悠理の目を見ると、「にぁお」とひと鳴きして去っていった。
やがてやってきた別の猫たちが残された匂いに気づいたのか「あの黒猫はかわりもんなんだ」と教えてくれた。
猫たちと別れて悠理は街中へと向かった。
猫たちへの報酬の用意と夕食の店探しをするためだ。
一人だけサボっているように見えるが、まさしくその通りである。
鼻歌交じりに街を歩いていると、先程の黒猫とまた会った。
「やぁ、また会ったね、素敵なおちびさん」
人目はあるがこれくらいの声掛けなら誰でもするだろう。
黒猫はじっと悠理を見つめると、「にぁお」とまた鳴いて、尻尾を揺らし、すり寄ってきた。
(猫様のデレ…!!!!!!!!)
触ったら逃げるだろうか、むしろしゃがんだ時点で怖がられるのでは?
悠理が祝福の力も忘れあたふたしているうちに、黒猫は去っていった。
「はぁー…、しかし、きれいな子だったな…、イケメンだった…、名前くらい聞いておけばよかったかな…」
「浮気ですか」
「ぎゃぁ!?!?」
約束の時間よりかなり早く暇を持て余した悠理が待ち合わせ場所で先程出会った黒猫を思い出していると、真後ろで声がした。
「レオ!随分はやいね!」
不機嫌そうな声の主は言わずもがな、レオンハルトだ。
「えぇ、まぁ…、そういうユーリ……こそ、早かったね?で?さっきのはなに?どういうこと?」
レオンハルトは悠理と暮らして5年以上経つが、あんな悠理は初めて見た。
今までも道行く人を見て「あの子可愛い」だとか、「顔がいい」などの軽口は聞いたことがあるが、その後には必ず「まぁうちのレオとマリアのがカッコイイしキレイだけどな…!」と続いたし、ましてあんな、再会を望んでいるとも思える言葉を、独り言のように呟くなんて。
それはつまり、本気でそう思っているということではないか。
レオンハルトの胸が嫉妬でチリチリと痛む。
恋人同士ではないので、浮気になり得ないこともわかっているのに。
「どんなキレイな子がいたって?」
悠理は数回目をしばたかせ、
「……ふはっ!」
吹き出した。
「そうだな、外にいる時のレオくらいつれない子だったよ、目の色が左右で違ってて…別れ際、少しだけ心を許したようにそばにきてくれたんだぁ」
あの子も家の人間には甘えたりするんだろうか、レオンハルトのように。
そう思うとますます可愛く思えてしまう。
「また会いたいなぁ…、あの黒猫さん…」
「………ね、こ?」
今度はレオンハルトの目が瞬く。
「……はぁーーーーー」
つい数分前までの自分がバカバカしく思えてレオンハルトは額に手を当てて項垂れ深いため息をついた。
「…レオに似た美人だったけど、レオは私以外に擦り寄ったりしちゃ嫌だよ?」
黒猫が足元にすり寄ってくれたのはこの上なく嬉しいが、レオンハルトがもしも外で自分以外の誰かに甘い顔を見せたり声を聞かせたら。
ズルいとわかっていながら、つい声に出してしまった。
「!!……するわけないでしょう、こんなに貴女に焦がれているのに…、それより…」
レオンハルトの唇が耳元に近づく。
「あんまり可愛いこと言わないで、触れたくなる」
「…スミマセン」
馬車でマリアがいるにも関わらず相当触れてきていたのに、まだ足りないらしい。
「………そういえば、レオ、夕食は何が食べたい?」
話題の逸らし方が下手くそだ。
「ユーリは?」
「私は二人と食べるならなんでも美味しく食べられるな!」
一人でない食事は美味しい。
「俺も。じゃぁ、普段美味しいご飯を用意してくれるマリアに決めてもらおうか」
レオンハルトのこういう所が好きだなぁ。と悠理は思う。
そしてそう思ったことに気づいて赤面する。
「?ユーリ?」
「…マリアはやくこないかな!おなかすいてきちゃった!」
覗き込んできたレオンハルトの目が見られず、再び下手な話題の逸らし方をしてしまった。
大して空腹を感じているわけでもない。
「…そうだね、俺も歩き回ってお腹空いたな」
二人は、悠理が街中で見かけた気になる店の話をしてマリアを待つ。
「お待たせいたしました」
「やっときたー!マリア、今日何食べたい!?おなかすいた!」
やがて時間通りに現れたマリアは一息つく間もなく、話しているうちに本当にお腹を空かせた二人の急かすままに夕食の店を決めさせられたのだった。




