with Lionheart 21
「さて、忘れ物はないかな?」
出かける準備をすっかり整えて、悠理は玄関のドアに鍵をかけた。
この三日間で一番頑張ったのは恐らくマリアだ。
日持ちのしない食料を全て調理して片付けたのだ、さぞかし大変だったろう。
悠理とレオンハルトは美味しくいただく係だった。
「まずはプレイディア領へ行こう、目的はあくまでジュエルの調査だけど、あそこは海も山も近いからご飯とお酒が美味しいんだってさ、楽しみだね!」
以前話していた、三人で酒を飲むなんてこともできるかもしれない。
「ふふ、ユーリ様、楽しそう」
圧倒的最年長のはしゃぎようを見て、レオンハルトもつられて微笑む。
三日間、規則正しくかつノンストレスで過ごしたためか、彼もこの旅を楽しみにしているためか、いつもより笑顔が柔らかい、ような気がする。
つまり、
(顔がいい)
この一言に尽きるのだがしかし。
「レオ、これからしばらく、様付けダメだよ!」
「あ、そうでしたね」
「敬語も!」
「ん…あぁ、そうだったね、ごめんねユーリ、気をつけるよ」
これは遠出をするにあたって悠理が決めた。
人目を引く三人組が街にいたら、その会話に聞き耳を立ててしまうのが人間の性だ。
マリアは距離感や態度からして従者、世話役として捉えられるだろう。
では、悠理とレオンハルトは?
二人が並ぶと、レオンハルトの方が年齢も立場も上に見える。
しかし会話が聞こえれば、どうやら一番幼い女の立場の方が上らしいとわかる。
「ユーリ?いこう?ほら、おいで?」
そこに加えて、この甘さ。
人前では流石にやらないと信じたいが、もしその現場に遭遇したら。
(私なら絶対混乱するし妄想する、そしてネットで呟く…)
人の口にとは立てられない。
知らない街で知らない人の話のタネになるなどまっぴらゴメンだ。
レオンハルトとマリアの見た目で目立ちはするだろうが、美人は三日で飽きると言うし、噂の七十五日に比べれば短いものだ。
そんな考えがあって、悠理はこの旅行中、レオンハルトに自分を呼び捨てることと敬語をやめるよう言いつけていた。
悠理を呼ぶレオンハルトの甘い微笑みは、ほんの僅かにレオナードを思い出させたが、それは言わない方がいいだろう。
「ユーリ可愛い、その服もよく似合ってる」
門の前に待たせていた馬車に乗るや否や、腰を抱かれゼロ距離で隣に座らされた。
悠理が着ているのは首の中ほどまで襟があり、赤い痕を隠してくれるワンピースだ。
二人で過ごした翌朝、鏡を見た悠理は絶句した。
レオンハルトが吸い付いた数カ所は、想像していたより遥かに目立っていたからだ。
(それはマリアに怒られるかもとか思うわ…ていうか怒られろ…)
どう頑張っても誤魔化せはしないだろう。
(…何着よう…)
首元が隠れる服など、持っていただろうか。
クローゼットを漁るが、それらしきものは見当たらない。
仕方なく髪を肩の前へおろした。
食事は取りづらいが背に腹はかえられぬ。
遠出の前に服を買い足すことを決めた。
アルテイアでも随分ファストファッション化が進んできて、安く可愛いものが揃った。
そんなわけで今着ている服は初お披露目だ。
レオンハルトは最早悠理が着ているならばなんでも良しと言いそうだが、やはり褒められて悪い気はしない。
ちなみに、なけなしの抵抗でおろした髪は朝食の席であっさりとレオンハルトにまとめられた。
さもその時気づいたように「…あぁ、隠したかったんですね、ごめんなさい」などと言っていたが、確信犯である。
羞恥で首まで赤く染め肩をふるわせる悠理と、それでも目立つ独占欲の花びら、謝罪を述べているとは思えない満足気なレオンハルト、朝からとんでもなく甘ったるい空気。
その最中に立たされたマリアはため息を一つ吐いて、「レオンハルト様」と名前を呼んだだけだった。
「……きをつける」とレオンハルトが折れたのを見て、悠理は目を瞬かせた。
この家で一番強いのはマリアだった。
(……いらんこと思い出したわ…)
無意識に素肌を隠している襟の上から痕が散っているであろう場所を手で覆うように触れた。
「ユーリは色が白いから、中々消えない?」
「…ソーネ」
手の甲を指の背で撫でられる。
「俺としては、この人は俺の魔女だって世界中に見せつけたいんだけど…、今度は目立たないとこにするね…?」
今度があるのか。
「レオンハルト様」
向かいに座っているマリアが落ち着いた声で名前を呼ぶ。
「わかってる、あんまり困らせるようなことはしないよ」
残念そうな声とともに二人の間に少しだけ隙間ができた。
(………寝よう)
予定ではあと数時間は馬車に揺られる。
「気になるものとか体調悪いとかあったらてきとーに停めてもらってね」
「ん、ユーリ、寝る?もたれてていいよ」
ごく自然に頭をレオンハルトの肩へ乗せられた。
揺れて壁にぶつけるのも嫌なので悠理はありがたく甘えることにする。
「んー、ありがと、おやすみ…」
寝ていくつもりで昨夜夜更かしをした悠理が寝息を立て始めたのはすぐだった。
「…レオンハルト様は、寝ているユーリ様には邪なことはしないんですね」
「しないよ、寝顔が可愛いから今はそれで満足」
眠りの深い悠理に色々してしまいたい気持ちもあるが、気づかれてもう一緒に寝ないなんて言われたらたまらないので、安心しきってあどけない寝顔を自分に晒しているという事実だけで満足させておくのだ。
「…左様でございますか…」
そんな打算を知ってか知らずか、マリアはそれ以上の追及はしなかった。
そんな二人の会話など知るはずもなく、悠理は立ち寄る街までぐっすり眠ったのだった。




