with Lionheart 10
前回の反動のように長くなってしまった…。
「誕生日おめでとう、レオ」
「おめでとうございます、レオンハルト様」
「ありがとうございます、ユーリ様、マリア」
レオンハルトが15歳になった。
アルテイアでは成人の歳だ。
王国では去年、第一王子の婚約が発表された。
相手となった他国の王女はまだ幼く、彼女の成人を待って式を挙げるらしい。
忙しそうなルドルフは最近では悠理 の家にめっきり顔を出さなくなったが、今年も弟の誕生日にはプレゼントが届けられた。
よく出来た兄だ。
侍女マリアは、正直に言って侍女なのか騎士なのかわからなくなりつつある。
というのは悠理の主観に過ぎないが、通っている稽古場でマリアに適う者がかなり少ないのも事実なので、あながち間違っているとも言えない。
そして、現在悠理の前で柔らかくしかし色気たっぷりに微笑んでいる男。
成人までに習得せよと渡された書は2年と経たずして記された魔法を網羅した。
最近ではマリアに剣の稽古をつけてもらっているらしく、まだうっすらと残っていた少年の愛らしさはこの二、三ヶ月で一気に消えた。
悠理はそのことが残念でならない。
声変わりも終えて、アルトボイスは艶のあるテノールになった。
驚いたことに、レオンハルトにはもうひとつ、適応属性があった。
過去の悠理が見逃していたわけではなく、魔力量の増加とそれをコントロール出来るだけの力を得て、それまで埋まっていた種が芽吹いたのだ。
こういったことは稀だが全くないわけではない。
大人になったら使える属性が増えていた、なんてことは他の人間でもたまにある。
かつての公爵閣下と同じ髪色、よく似た瞳の色、ほぼ同じ適応属性。
悠理の心を惑わすような距離の近さまでもがそっくりである。
悠理は気づいていないが、それが計算し尽くされたものだというのも共通している。
「ユーリ様、今日は僕、お誕生日様ですよ、チヤホヤしてくださいね?」
「そうだね、めいっぱいチヤホヤしなきゃだ」
お誕生日様はチヤホヤされるもの。
これは2年目のマリアの誕生日に悠理が言い出したことだ。
どうしても贈りたいものがあって、しかし普通の侍女では手にできないようなものだった。
そこで悠理は「一年で一番めでたい日なんだから黙ってチヤホヤされろ」と暴論を吐いたのだ。
仕方がない、カッコよくなってしまったマリアも悪い。
オタクに推されたら貢がれるのだ。
一番悪いのは悠理の頭だが。
それ以来、「お誕生日様はチヤホヤされるもの」という年に3回、ルドルフの都合がつけば4回しか適用されないルールが増えた。
「なぁに、その言い方だと、なにかして欲しいことがあるの?」
「今夜一晩、傍にいてください」
成人したといっても誕生日でこれだけ喜ぶなんて、やっぱりまだまだ子供だな。なんて安堵した矢先にこの発言。
「……なにかしたりしません、ただ、久しぶりに星空を眺めて貴女と過ごしたいんです…だめですか…?」
(なにかしたりってなんですかね!?!?)
気にはなるが決して聞けない。
「……いいよ、あとでお茶持っていこう」
悠理の返答に破顔するレオンハルトはこんなに愛らしいのに、たまに理性的な獣の表情をチラつかせるのだからたまらない。
「あぁ、それで、ピアスなんだけど」
「はい、ユーリ様が開けてください」
(ですよね…!)
自分で開けると言うのを少しだけ期待したが、もちろんそんなことはなかった。
氷と針、消毒液という今どき誰も使わないのでは?というセットを用意して二人でプラネタリウムへ向かう。
有能な侍女マリアは空気を読んでお茶の用意だけしてとっくに下がっていた。
レオンハルトの背は既に悠理を追い越し、二人の身長差は拳ひとつ分といったところだ。
部屋を移動する際に悠理が運んでいた盆なども今ではレオンハルトが持って歩く。
スラリと細いのにしっかりと筋肉はついているらしい、すっかり頼れる男の子になったレオンハルト。
「ぅわっ…、…ユーリ様?」
「あっ」
二の腕を見ていたらつい触ってしまった。
「…いや、レオはやっぱり男の子なんだなぁ…と…?」
「ふふ、なんですかそれ、今更?ユーリ様ならいくらでもどこでも触っていただいてかまいませんが、今は危ないので…」
我慢してくださいね?と微笑む顔が完全に恋する男の、それも獲物を狙う側の肉食系のものだ。
(私の知ってる15歳と違う…)
彼氏や彼女がいた子たちもいたが、悠理とは縁遠い存在だった。
週刊誌の発売日が待ちきれなくて、連ドラの話で盛り上がって、身を焦がしていたのは恋ではなく、生きることそのものだったように思う。
そんなことを考えながら薄暗い部屋でレオンハルトの向かいに座った。
「…今更だけど、この部屋でピアス開けるのは割と無茶では?」
「僕が灯りを」
リビングで開けるのを、レオンハルトが何故か嫌がったのだ。
冷やすまでは暗くても問題ないが、針を通す瞬間は明るくしてもらった方がいいだろう。
タオルに氷を二つ乗せて、レオンハルトの耳たぶを挟んだ。
「つめた…、…ユーリ様、未だにこの部屋、僕しかいれませんよね」
「一応秘密の部屋だからね」
別になんの秘密があるわけでもないが、レオンハルト以外には見せようと思わないので連れてこないだけだ。
「僕、それが嬉しくてたまらないんです」
深い意図はなかったが、レオンハルトが喜んでいるなら余計なことは言わなくてもいいだろう。
タオル越しとはいえ、少し指先が冷えてきたところで気がついた。
「……あっ、てか、冷やすのも魔法を使えばよいのでは…?」
悠理ならば感覚をなくすまで冷やすなんて朝飯前だ。
「えー…、このままでいいですよ、折角持ってきたんですし」
「そうなんだけどね…」
思っていたより、近いのだ。
「ユーリ様の手が冷えて辛いなら、魔法でも全然かまいませんけど」
手が冷えて辛いのではなくて、顔が熱くてツラい、照れる。と言えばきっとそのまま冷やせと言われるだろう。
(ぐううぅ顔がいい…、心配してくれるの優しいかよありがとう…!)
「………魔法で…、ささっと…やっちゃお…」
溶けて滴る水を拭き取り、指を翳して魔法をかけた。
「痛くない?」
「はい、大丈夫です」
針を用意して、レオンハルトに明かりを灯してもらう。
(はぁあ、めっちゃ緊張する…!!!)
手が震えそうだ。
「…いくよ」
「はい、……っん…」
(なんつー声出すんですか!?)
ピクっと眉を顰めて僅かに身動ぎしたレオンハルトから漏れでた声の破壊力が高すぎて、それまでしていた緊張はどこかへ消えた。
一刻も早く終わらせなくては、悠理の心臓がもたない。
不老不死なので死なないが。
「ごめんね、もう少し我慢して…?」
「大丈夫、ですよ」
グッと力を入れ貫通させる。
そのままプレゼントとして用意したピアスを刺し、針を抜いた。
「……っふー…、とりあえず穴はあいた、よ…、…大丈夫?もう片方も今から開ける?」
「はい、お願いします」
鏡で確認するのは両耳にピアスをつけてからでもいいだろう。
傷口に消毒液を染み込ませたガーゼをあてて押さえさせて、反対の耳も同じように魔法で感覚がなくなるまで冷やし、針を通した。
「…っふ………」
(だからね!?!?!?)
悠理はいつかSNSで見かけた、男性は苦痛と快楽を感じた時の表情が同じものだというのを思い出した。
一番思い出してはいけない瞬間に。
(…私へ、しょうもないことを100年以上覚えてるのをやめてください、私より)
そのままピアスを通してこちらもガーゼをあててやる。
ちなみにピアスは悠理がつけているものを街のアクセサリー屋に預けて同じ形を作らせた。
「レオ、鏡見る?」
「はい!」
いい返事だ。
手鏡を渡してやる。
「ユーリ様、これは…?」
「ん?あぁ、ブラックスター。サファイアだよ。中に含まれる別の石が光を反射して、石の中に星が浮かぶんだ、きれいでしょう。それに、私の目と同じ、真っ黒ではないところも似てるでしょう?」
レオンハルトが悠理の色を望んだので、魔除けも込めてオニキスにしようと思っていたが偶然見つけてしまったこの石に強く惹かれた。
悠理の瞳も色素が薄いのでよく見れば真っ黒ではなく茶色がかっているし、ルシフェルからの贈り物に星の名を冠した石を使うなんて洒落ていると思った。
「………本当だ、ユーリ様の瞳は、よく見れば少し茶色いんですね」
(まってまってまってまって)
レオンハルトは悠理の瞳の色を確かめようと、両手で悠理の頬を挟んで顔をかなり近づけている。
(顔がいい…、じゃなくて!これはさすがにまずい!!)
「ユーリ様、きれいな瞳…」
「レっ…レオの方が、キレイだよ…!」
瞳だけでなく顔の造り全てにおいてレオンハルトの方が美しいと悠理は断言出来る。
「…僕からしたら、ユーリ様以上に美しいものなんてこの世界中のどこにもありませんよ」
そんなまさかと笑い飛ばせなかった。
そうする前に目尻に口付けられて固まってしまったからだ。
反射で瞑ってしまったまぶたにも口付けられる。
どちらもほんの一瞬だったが、唇を離したレオンハルトはそのまま悠理を抱き締めた。
「……すみません…、プレゼント、嬉しくて、つい…、なにもしないって言ったのに…ごめんなさい…」
悠理の耳にレオンハルトの吐息がかかる。
心臓が五月蝿くて思考回路がまともに働かなくなってしまう。
「ユーリ様、覚えていますか?俺が昔、貴女の呪いを解くと言ったのを」
コクリと頷く。
「あれは、本気です。あの時も、今も。貴女の中に他の男が生きていると思うと嫉妬でおかしくなりそうなくらい、俺は貴女が好きです…、…ユーリ様の時間は、17歳で止まっているんですよね?」
どんな反応をしたらいいのかわからず、質問に答えるつもりで再び頷く。
「じゃぁ、あと二年で、俺は貴女と同じ歳になりますね。ねぇユーリ様、俺が貴女の呪いを解くから、そうしたら、俺と、結婚してくれませんか?」
優しく髪を梳かれる。
ついこの間まで頭を撫でるのは悠理だったのに、目の前にいるのは一体誰なのだろうと思う程、今のレオンハルトは、男だった。
「…ふふ、ユーリ様、ドキドキしてる…?」
(当たり前だろ!!!!!!)
「俺も、めちゃくちゃ緊張してます、さっきから心臓が痛いくらい」
声からは緊張など微塵も感じられないが、悠理と同じくらい速く、大きく、レオンハルトの心臓は脈打っている。
「俺はもしかしたら、ユーリ様が想っていた人の生まれ変わりなんじゃないかって、思うんですよ」
「…な、に…?」
悠理の声が掠れる。
緊張で喉がカラカラだ。
「ものすごく腹立たしいんですけど、きっとその公爵様もユーリ様のことを愛していて、その呪いを解くために、俺が生まれたんじゃないかって」
ものすごく腹立たしいんですけどね、ともう一度言われた。
大事なことなので二度言ったようだ。
確かにレオナードは悠理を愛していた。
もしも自分が生まれ変わって、その時にも悠理が悠理として生きていたなら、次は必ず添い遂げると言った。
しかしそんな話、誰にもしたことはない。
悠理が今際の際のレオナードに会いに行ったことすら誰も知らないことだ。
「…なんで、そんなことを…?」
「なんていうんですかね、既視感…っていうわけじゃないですけど、ユーリ様は僕の魔女だって、最初の夜から心の奥底でずっと聞こえるというか…まぁでも、ユーリ様のことを好きなのは間違いなく俺の感情なんで、関係ないといえば関係ないんですけど」
やっと腕の中から解放されたと思ったら今度は頬に口付けられた。
「…だめだな、タガが外れてる…ユーリ様、初めて見せてくれた時の空が見たいです、南の夏の夜空」
長年培ってきた経験は裏切らないらしい、どれだけ混乱していようが、脳内で激しく討論会が行われていようが、無意識に動かした悠理の指先は部屋の証明を落とし、アンタレスの輝く夜空を呼び起こした。
「…ユーリ様、おいで」
巣のタマゴをいい感じに並べて寝そべったレオンハルトが腕を広げている。
悠理は隣に寝転がった。
「…こっち」
「わっ…」
抱き寄せられて、レオンハルトの右腕を枕にしてしまう。
「レオ…!」
「…ユーリ様、髪、いい匂いしますね」
初めて過ごした夜と同じやり取りだ。
ヨシヨシと頭を撫でられる。
「ユーリ様、プレゼントありがとうございました、一生大事にします」
甘く蕩ける笑顔がめちゃくちゃ近い。
「…ドウイタシマシテ」
「本当は一晩中話したいんですけど、これ以上は我慢がきかなくなりそうだから…」
おやすみなさい、と、ちゅっと額にキスされた。
三回くらい。
(いや眠れるわけないよねぇ…!?)
出征前夜以来、実に数十年ぶりに魔女は眠れぬ夜を過ごした。
レオンハルトくんの本領発揮です(やっとこさ)




