with Lionheart 6
新しく迎え入れた侍女マリアは大変に有能だ。
三人がかりで終わらせようと思っていた部屋の掃除をあっという間に一人で終えてしまったこともだが、彼女は尾行に気づいていた。
悠理としてはむしろ不届き者には仕置きを受けてもらうためにテリトリーまで着いてきて欲しかったので気づかないフリをさせたが、いくら相手も素人だからといって、ただの侍女なら気づくことはまずないだろう。
夕飯はレオンハルトと悠理が担当し、三人で食卓を囲んだ。
マリアは主人と座るなどとんでもないと言って拒んだが、悠理はそれを許さなかった。
侍女として雇うと言ったって、マリアには悠理一人で出かける時にレオンハルトの話し相手になって欲しいなぁくらいにか思っていない。
誰の目も届かないこの家で世間一般でいうところのキッチリとした主従関係など築くつもりはサラサラなかった。
自分が仕えていた第二王子と、その恩人と同じテーブルにつくなど、今日のマリアは食べ物の味などわからないかも知れないがまぁそのうち慣れるだろう。
「改めて、ようこそマリア、聖魔女ルシフェルの家へ。城の中ではよくレオンハルトを守ってくれたね、ありがとう。あなたのおかげでこの子はあんな中でも素直で気高くいられたんだろう」
マリアが来たことによって普段の食事でも悠理の隣に座ることになったレオンハルトの頭を撫でてやる。
何もしていないのに突然撫でられたレオンハルトはものすごく嬉しそうだ。
ちなみに喋り口調は帰ってきてすぐに普段通りに戻した。
「そんな…、勿体ないお言葉でございます、…ルシフェル様…」
「はは、まぁ、驚くよねぇ、100年を生きると言われている魔女がこんな小娘の姿じゃぁ」
あ、でも成人はしてるんだよ?と付け足す。
もしかしたらレオンハルトと大してかわらない年齢だと思われているかもしれない。
「魔法や薬で若作りしてるわけでも若返ってるわけでもないよ、力の代償が不老不死ってだけでね」
簡単にバラすことでもないのだが、懐へ入れた人間に隠すようなことでもないので普通に話した。
レオンハルトが信頼しているとはいえ、もう少し警戒してもいいと思いはする。
(なんかなぁ、マリアって、マリーに似てるんだよね…フォルティナ領の)
そう、髪の色も瞳の色も違うのに、何故か初めて会ったはずのマリアに言い知れぬ懐かしさを感じているのだ。
マリーはこの世界にきたばかりの悠理に優しく接してくれた一人。
まだ二十歳前後の女性に、昔世話になった中年の侍女に似ているなどと失礼なことは言わないが。
「…では…、貴方様が…、ユーリ様…?」
(わっつ????)
レオンハルトがマリアの前で悠理の名を呼んだだろうか?
否だ。
では、悠理のいないところでマリアに魔女の話をした?
それもないだろう。
「なんで…名前…?」
呆けた顔で悠理が呟けば、発言の不用意さに気づいたのだろう、マリアが青ざめる。
「たっ…大変失礼をいたしました…!私などが聖魔女様のお名前を口にするなど…!」
「あっ、やだやだ!そんな怯えないでよ、別に怒ってるわけじゃないんだ、秘密にしてるわけでもないし、レオンハルトは私を名前で呼ぶし、マリアにもそう呼んでもらうつもりだったから。ただ、なんで知ってるんだろうって、気になっただけだよ」
マリアの言葉は、ルシフェルと悠理が同一人物であると初めから知っているように聞こえた。
「あの…、曾祖母が…」
(おっと?)
「フォルティナ領で、聖魔女を賜る前のルシフェル様に、お仕えしていたと…」
まさかの縁戚だった。
「……あなた、マリーの曾孫なの?」
何の因果か、レオナードにそっくりなレオンハルトだけでなく、マリーの子孫までも身近な存在になるとは。
解呪などとうに諦めた悠理にとっては喜びよりも苦さを覚える輪廻だ。
後片付けは自分がやると言って聞かなかったので、マリアに任せた。
悠理は椅子に腰掛けたまま、洗い物をする彼女に話しかける。
レオンハルトは入浴中だ。
「ねぇ、マリア、貴女、人の魔力属性がわかるの?」
レオンハルトに火と光の魔法が使えると言ったのは、マリアのはずだ。
そしてそれは発現こそしなかったが、正しいものだ。
「……そうですね、ぼんやりとですが、見ようとすれば…確かなものではありませんでしたが…」
レオンハルトのことを言っているのだろう、声に自嘲が混じった。
「いや、マリアの見た通りだよ。ただあの子のもつ光の力が、回復じゃなかったってだけで」
そう、マリアの目は正しい。
だからこそ、悠理には気になることがある。
他人の魔力を見る力を持つというのは、それなりに魔力の扱いに長けているということだ。
そしていくら相手がお粗末だとはいえ、尾行されていることにも気づいていた。
彼女は本当にただの侍女だろうか?
そしてそうでなかったとしたら、左上半身を覆うような火傷を負うだろうか?
「…ねぇ、マリア。あなた、いったいなにもの?」
「…!!!!」
悠理達に害をなす者でないことはわかっている。
庭で育つ植物は主人への敵意にとても敏感だ。
もしマリアの腹に一物あれば、彼女は玄関まで来られなかった。
「あ、先に言っておくけど、疑ってるわけじゃないよ?」
怯えさせたいわけではない。
ただこれから自分の傍で過ごす人間のことが気になるだけだ。
「…わ、わたし、は…元々、ルドルフ殿下付きの侍女でございました…」
なるほどな、と思う。
第一王子につく人間であれば、ただの侍女でも高い能力を持っていてもおかしくない。
「…それが、なんでレオの侍女に?」
「ルドルフ様は、レオンハルト様のことをずっと気にかけていらっしゃいました」
つまり、第一王子の命令でマリアはレオンハルトに付いたというわけだ。
「なるほどね…、…言いづらいことついでにもう一つ、その怪我はどうして?」
「………私が避ければ、この火傷を負ったのは、幼いレオンハルト様でした」
レオンハルトは、マリアは怪我をさせられたと言っていた。
子供が見てもわかるような傷つけ方をしたのだと思っていたが、その場にレオンハルトもいたのだ。
ただ治せなかったことを思い出してあんな顔をしたわけではなく、彼女の怪我そのものが、自分の所為だと思っているのか。
「………相手は」
思ったより低い声が出た。
マリアの方がビクリと跳ねる。
いや、聞くまでもない。
マリアが城を追われたということは、怪我をさせた者はまだ城内でのうのうと生きているのだろう。
そう遠くないうちに突き止めて相応の報いは受けてもらおうと悠理は沸き上がる怒りを一旦鎮めた。
それよりも、今はマリアのことだ。
「……いや、いい。そんなやつのことより、マリア、本当によく守ってくれたね、ありがとう。私は専門じゃないからどこまでやれるかわからないけど、その痕は少しでも薄くなるよう努力させてもらうよ」
「そんなっ…!」
手を煩わせるわけにはいかないとでも思っているのだろうが別にマリアのためだけではない。
「私とレオの心の平穏のためでもあるから、そこは頑張らせてくれないかな?」
そう笑って言えば、マリアの瞳に涙が浮かんだ。
「……っ…ありがとう…ございます…!」
その身を呈してレオンハルトの心も体も守った有能な侍女は、存外泣き虫らしい。
レオンハルトが戻るまでに泣き止んでくれるといいのだが。
ちなみにそのあと寝室の部屋割で揉めたが、新しい家具を揃えるまでマリアには悠理の部屋で寝起きさせることに成功したのだった。




