with Lionheart 1
(……夢なんて、久しぶりに見た)
レオンハルトがレオナードに余りにも似ているからだろうか。
腕の中で眠る少年の長い前髪を、何故か握られていたのを解いた手でそっと避けてあどけない顔を伺いみる。
悠理の見たのは、夢と言うよりも彼女の記憶だ。
追憶と言うのが正しいか。
100年余前、突如仕掛けられたヘラクラーダとの戦争には勝った。
彼の国の目的は、魔法使いの魔力だった。
機械によって生み出された歪な生き物達を制御するのに膨大な魔力が必要で、自国民では到底足りない分をアルテイアの人間で補おうとしていたらしい。
個人の能力差で簡単に勝利出来るはずの戦いは想像以上に長引いた。
内通者がいたからだ。
悠理は自らが囮となり、死んだ。
誰がどう見ても生存の可能性が絶望的な状況を作り出し、敵も味方も欺いて、内通者を炙り出した。
ごく一部の人間以外には自分はそのまま死んだことにしておいて、ヘラクラーダに渡る情報を操作、撹乱、気づかれない程にジワジワと戦況を優位に運び、決定打を放った。
追い込ませるように足場の悪い場所へ敵全軍を誘い込み、退路を絶ち、悠理は歌った。
暖かい日に降り注いだ雨はほんの一時、30分にも満たない長さだったが、それでいい。
雨がやむと、霧が出た。
伸ばした腕の先さえ見えなくなりそうな濃霧、濡れた衣服、ぬかるんだ足場は、勝利まであと一歩というところから動かないように見せてきた戦況に焦れた心と体を疲弊させるのには十分だった。
そこを温存しておいた魔法使い達で叩いた。
ここへきて多大な兵力の損失、国内でも長引く戦争に反発するものが出ていたことも相まって、ヘラクラーダは撤退を余儀なくされた。
人の欲で生み出された哀れな生物たちの処分などの戦後処理を全て終えてアルテイアと戻れたのは、レオナードと別れてから実に三年近くが経ってからだ。
帰国してすぐ、国王と極秘に会談した。
悠理が生きていることはレオナードを含む殆どの人間が知らない。
国王ですら、生存の報せを受けても実際に会うまで半信半疑だった。
悠理はそこで、自分が魔女と呼ばれる存在であることを報告した。
元いた世界で自分には魔力などなかったこと、
ある日死にかけたところを女神に救われたこと、
いくつかの祝福と呪いをうけたこと、
その呪いが不老不死であり、恐らくアルテイアでいう代償であること。
祝福については、ちょっと誤魔化した。
やってみて思ったが、天候を操るなんて人には余りに過ぎたる力だ。
悠理は自分が魔女だと明かせば、レオナードのそばで生きていくことが出来なくなるとわかっていた。
初めて帰りたいと思えた家、初めての恋。
失うのはつらい。
それでも、自分一人の痛みなんて、共に過ごした仲間が傷つき、命の火が消えていくことに比べたら耐えられないものじゃない。
そう思って、誤魔化しようの無いほど完璧に自らの死を演出した。
公爵家という、王家に連なるものに魔女がいるなんて、許されないだろう。
だから悠理は褒賞として、聖魔女ルシフェルの名と王城の外れに敷地をもらった。
聖魔女とは、魔女でありながら国に功績を讃えられ、殆ど普通の人と変わらない自由を認められた存在だ。国外への移住は認められないが、旅行くらいなら申請一つで許される。
他にも色々あるが、悠理にとって大事なのは自分の存在が国に害をなすものでは無いというお墨付きだけだ。
ルシフェルとは明けの明星が持つ呼び名の一つ。
戦の女神であるイシュタルを名乗る程の勇気はなかったので、堕天使を指すのにも使われるルシフェルにした、魔女には似合いだと思った。
悠理はあのまま死んだことにするのだ。
必ず帰るという約束は破ることになってしまうが、妹のように思い信頼を置いていた魔法使いが不老不死の魔女だなんて、人によってはそちらの方がショックだろう。
後悔はなかった。
やがてフォルティナ公爵の結婚が耳に届いた。
一生の別れを決意したときのような胸の痛みはなく、ただ幸せであるよう願いを込めてピアノを弾いて歌った。
悠理に気をつかっているのか、いつの間にか国王が茶飲み友達になったりもした。
数年間は戦争の悪夢に悩まされたりもしたが、それも落ち着いた頃、悠理はプラネタリウムを作った。
暇つぶしに王女の王妃教育に付き合ったりもした。
良くも悪くも心を揺らすような出来事はなく、そのうちに悠理は幾人もの大事な人を見送るようになっていった。
レオナードが長くないと知った時は、夜中にこっそり会いに行った。
ベッドに横たわるレオナードは、順当に歳を重ねた老人だった。
髪は白くなったが、きっと今でも外に出ればご婦人方から人気だろうなと思わせた。
枕元に立つ悠理の気配に気づいたのか、瞼を持ち上げたレオナードのガーネットをはめこんだような瞳は悠理が美しいと思った時のままで、それだけで泣けてしまいそうになる。
「……ユー…リ…?」
「…!!」
魔法で姿を変えてきたのに。
声を出したら涙が零れてしまいそうで黙ったままでいると、乾燥して皺の刻まれた腕が伸びてきた。
縋るようにからだを寄せると、いつかのように優しく頭を撫でられる。
「あぁ、やっぱりユーリだね…、愛しい魔女…僕の魔女…、ようやく帰ってきてくれた…それとも、僕を迎えに来たのかな…?」
涙が止まるほど驚いた。
レオナードは悠理が魔女だと知っていたのか。
「ふふ…、ユーリ、本当は誰にも言わずにいようと思ったんだけどね、最期に聞いてくれる?」
頷きを返す。
「僕はね、結婚して子供も孫もいるけど、もちろん彼らを心から愛しているけど、ずっと初恋の人を忘れられずに、彼女への愛を隠したまま生きてきたんだ…」
何故そんな話を今際の際にするのかなんて、流石の悠理でもわかった。
「ユーリ…、僕の初恋の人…最愛の人…、きみが魔女だって魔物だって、なんだっていいんだ…、ユーリ…ユーリ…、あの日、僕の前に現れてくれてありがとう…、愛してるよ」
涙が止まらなかった。
全て話していれば、もしかしたらレオナードは悠理の呪いを解く鍵になったのかもしれない。
今更気づいたところで、どうしようもない。
「もし僕が生まれ変わって、その時もきみがきみのまま生きていたら、その時こそ僕のお嫁さんにしてみせるから、僕が王になってでもね」
「…そう、っで、すね、待ってま…すっ…から…。……そろそろ、戻ります、おやすみなさい、レオナード様」
出征前夜、レオナードがしてくれたように額に口づけて、部屋をあとにした。
彼の訃報を聞いたのは、それから数日後のことだった。
悠理はこの時、この先も自分の呪いが解けることはないだろうと悟った。
だってレオナード以上に愛せる相手なんて、きっともう現れないから。
それからの悠理は人との関わりを深く持たなかった。
庭で植物の世話をし、王城の図書館で本を読む。
夜には一人プラネタリウムを楽しむ。
変装して町を歩いたりもするが、顔見知り以上の相手は作らない。
自分の存在が迷信だと思われるのも侮られて傅けと言われても面倒なので、王族を始めとする城の人間とは関わらざるをえないが、それも最低限に抑えた。
そんな風に数十年を過ごして凪いだ悠理の心を荒らしたのが、レオンハルトだった。
(…はは、今更思い出すとか…きっつ…)
最期の夜は、自分でも無意識のうちに記憶の奥底で蓋をしていたのだろう、レオナードが亡くなって喪が明けてからは夢に見た事もなかった。
心を落ち着けるようにレオンハルトの頭を撫でていると小さな身体が身動ぐ。
「…ん…おはようございます、ユーリ様…、……涙…?」
どうやら悠理は夢を見て泣いていたようだ。
拭うように指を添えられ、眠りから覚めたばかりのアンタレスがゆっくりと近づき、
「泣かないでください、僕の魔女…」
目じりに口付けられた。
「…ぇ…」
ついで?に額にもキスされた。
「…へへ」
(……寝起きのショタに涙舐められて慰められるとか、そんなことある…?いやそれより、今この子なんて言った?)
照れて笑いながらも宥めるように頭を撫でてくる少年をじっと見つめてしまう。
「…?ユーリ様?」
「…いや、おはよう、レオ。今日は色々したいことあるから、起きてご飯にしようか」
悠理は考えるのをやめた。
重かった…、もうシリアスお腹いっぱいだよ…。




