once upon a time 4
翌日、悠理は朝食後に着替えを済ませて、マリーに教えてもらい公爵邸の書斎へと足を運んだ。
ちなみにクローゼットの中はやはりというか、少女に着せたい可愛らしい服が並べられていて、その中から一番地味だと思えた青色のワンピースを着ている。
書斎というから一部屋程度の大きさを想像していたら、なるほどそこは一部屋に違いないが、とんでもなく大きな一部屋だった。
映画の中で、実は王子である野獣に「きみにプレゼントがある」と目隠しでヒロインが連れてこられた図書室を思い出すような広さだ。
一生かかっても読みきれなさそうな量の書物が規則正しく並べられている。
(…呪いがとけなければ私の時間は無限にあるんだけどね)
ふと、昨日出会った青年を思い出す。
(キレイで優しい人だったな…)
結局あの後レオナードは、屋敷内は基本的に自由に歩き、使用していいこと、マリーが悠理の世話をすることなどを告げて、すぐに部屋を出ていった。
悠理の寝ていた部屋には時計がなかったのでわからないが、結構遅い時間だったらしい。
(「僕みたいな兄は、嫌?」かぁ)
彼はいくつなのだろう。
自分も年齢は言わなかったが、いくつに見えていたのだろう。
国王の兄だと言っていたが、他に兄弟はいるのだろうか。
20代、それも後半ではなさそうな見た目通りの年齢だとすれば、現国王陛下は随分と若いように思う。
(……恋人、とか…いるのかな…)
そもそも独身なのだろうか。
あれだけの美貌と地位をもち、あの優しい雰囲気だ、結婚していてもおかしくない。
妹ができたみたいとは言われたが、悠理としては出来れば別のポジションにつきたいところだ。
しかし今のところ、馬に蹴られてまで遂げたいとも思っていない。
無意識に、唇に触れた。
真実の愛を誓い合う相手との口づけで呪いは解ける。
呪いが解ける瞬間は、わかるのだろうか。
もしも愛し合った相手とキスをして、呪いがとけなければ…、そう考えると、とんでもなく恐ろしい呪いだ。
愛し合いたい相手にこそ、怖くて話せなくなるだろう。
(…今は考えるのをやめよう)
ほんの数分話しただけの相手に惹かれているというのも認めがたい。
いくら好みの顔だからって。
いくら命の恩人だからって。
それに、彼の優しい言葉が本心から出たものかもまだわからない。
誰かを傷つけさせるために囲いこもうとしているのかもしれない。
そうなってほしくはないと早くも思っているが、ここから逃げ出さなくてはならない可能性だって、ある。
兎にも角にも、まずは知識を得なくては。
思った通り、本は難なく読める。
悠理はこの世界の歴史書や、魔法について書かれているもの、それから、子供向けの絵本などを手にとって大きな机に向かった。
「失礼いたします、ユーリ様、昼食の準備が整いました」
マリーに声をかけられ、だいぶ時間が経っていたことに気づく。
ノックの音も聞こえていなかったようだ。
「ありがとう、食べに行きます」
朝食は悠理の体に気を使ってくれたのだろう、消化に優しいものが並んでいたが、昼食ではしっかり肉が出た。
この世界にきて初めての肉である。
(おにく…!!!)
いい匂いがする。
「ユーリ様、お体も随分良さそうなので昼食からもっと色々と食べられるようにいたしましたが、無理のないように召し上がってください」
「ありがとう、いただきます」
マリーは悠理をとても気遣ってくれる。
雇い主であるレオナードから言いつけられているのかもしれないが、そんな風に自分を扱ってくれる人達を信じたい気持ちがどんどん大きくなるのを悠理は感じていた。
もちろん完食した。
昼食の後は、再び書斎で本を読む。
途中マリーが運んでくれたお茶も優しい香りがして美味しくいただいた。
暗くなったら終わろうと思いつつも夢中でページをめくる。
元々読書は好きだったし、知らないことを学ぶのも楽しめる質だ。
追っている文字にふと影がかかった。
なんだろうと顔を上げると、すぐ目の前に美しいガーネット。
「すごいね、もうこんなに読んだの?って、ユーリ、まさか一日中ここに?大した集中力だね」
すごいすごいと褒められているが、それどころではない。
驚きで心臓が破裂しそうだ。
「マリーから昼食もちゃんと食べられたって聞いたから、今夜は一緒に食事をどうかと思って、……ユーリ?」
痛いくらいの動悸をどうにか鎮めようと固まったままでいると、顔を覗き込まれる。
まだ体調が万全でないのではと心配されているのだろうが、悠理にとってはただの追い打ちだった。
(殺す気か!!!!!ありがとうございます!!!!!!!)
「え、えぇ、喜んでご一緒させていただきます」
なんとか返事をする。
「よかった、マリーが、ユーリは美味しそうに食べるから見ていて幸せな気分になるって言っててね、楽しみにしてたんだ」
妹枠ではなくてペット枠の可能性が浮上してきた。
拾った野生動物に餌付けする感覚を楽しまれている気がしないでもない。
なんなら簡単に懐いてしまいそうで、きっと野生動物よりだいぶチョロい。
悠理は本を片付けようと席を立って、窓の外がまだ明るいことに気づいた。
「そういえば、今日はお帰りが早かったんですね?」
「いや、昨日と同じくらいだよ?」
昨日のレオナードが、帰ってきてすぐに悠理の部屋を訪れたというのであれば、この世界の住人はとんでもなく早寝早起きなのだろうか。
「…あぁ、昨日はカーテンを閉めきっていたから気づかなかったんだね、今の時期、太陽は沈まないんだ」
聞いたことがある。
悠理のいた世界でも、北に位置する国では夏の間は殆ど日が沈まず、白夜と呼ばれる現象があった。
逆に冬は太陽の出ている時間がとても短く、極夜と呼ばれていたはずだ。
そういえばこの国は大陸の北側に位置するのだったなと、昼間に開いたページを思い出す。
「そうなんですね、遅くまでお仕事お疲れ様です、今更ですが、おかえりなさい」
「うん、ありがとう、ただいま。いいね、使用人以外にそう言って貰えるのは随分久しぶりで、嬉しいよ。本を戻すのを手伝うね、早く食事にしよう」
そう言われて、悠理も誰かの帰宅を迎えるのはどれくらい振りのことだろうと思う。
「ただいま」は、鈴木さんがいる時は言っていたが、
「おかえりなさい」は、実家にいる時も数年は言った覚えがない。
少しむず痒い気もするが、悪くなかった。
「ありがとうございます、私でよければ、毎日言いますよ」
「ふふふ、そうなったら、毎日少しでも早く仕事から帰らなくちゃだね、こんな可愛いお嬢さんを遅くまで待たせておく訳にはいかないから」
本を全て戻し終えると、腕を差し出される。
「レディ、食堂までエスコートさせていただいても?」
先程までただただ嬉しそうにしていたのに、突然色気の漂う笑顔を向けられて、また悠理の心臓が早鐘をうつ。
(ごちそうさまです…!!!!)
その場で両手を合わせて拝み倒したい衝動をなんとか理性で抑え込み、鼓動が伝わりませんようにと願いながら手を重ねた。
「今日は久しぶりにワインでも飲もうかなぁ、ユーリ、お酒は飲めるかい?」
食堂へ向かう二人の足取りは軽やかだ。
「どうでしょう、向こうではまだ未成年でしたから…、この国の成人は何歳ですか?」
親戚の集まりで飲まされたことはあるので、全く飲めないわけではないが。
「そうなんだ?アルテイアでは、15歳で成人とされるよ」
平均寿命がどれくらいかわからないが、そんなに長くないのであれば体が出来上がるくらいにはもう大人だと認められるのも理解出来る。
(家康だって15歳で元服したもんね)
「では問題ありません、私は17歳なので。あまり慣れてはいませんが少しくらいならお付き合いできると思いますよ」
「えっ」
「えっ?」
軽やかだった足取りがピタリと止まる。
「………これは…大変な…失礼を…、本当にレディだったんだね…」
むしろ今の発言が失礼極まりないのだが、現代でも日本人は外国人からすると幼く見えるらしいし、レオナードの勘違いも仕方ないことだろう。
悠理としては、「まぁそうでしょうね、これまでの扱いからして、もっと下だと思ってたわよね」くらいの感想だ。
「気になさらないでください、大体実年齢より下だと思われますから」
「…一番下の妹と変わらないくらいだと思っていたよ…」
「妹さんおいくつですか?」
「………13歳…」
気まずそうに目を逸らされる。
(はぁー、イケメンはこんな顔もキレイなのか、すごいな…)
しげしげと眺めてしまう。
「…あの…、ごめん…ね…?」
ことりと首を傾げられた。
(はいあざといーーーー本当にありがとうございます!!!)
「いえ、全然気にしてませんよ、私より歳上の人でもそれくらいに見られたりするらしいんで。…ところで、レオナード様はおいくつなんですか?」
悠理はレオナードの新しい表情を見つける度に惚けて固まってしまうのだが、そのうち慣れたりするのだろうか、それはそれで寂しいような気もするが、毎回返事がないことを心配されるのも理由が理由なだけに少しだけ申し訳なく思う。
「僕は23歳、ついでに言うと国王陛下は21歳だよ」
思っていた通りの年齢だった。
そして国王陛下も、やはり大変に若い。
王位継承権は長子が第一位でないのだろうか?とか、現国王陛下が若くして玉座についたのには何かあるのだろうか?とか、気になることはいくつかあるが、踏み込んでいいものかわかりかねる。
ある程度は書物から読み取れるだろうと考え、深く追求しないことにした。
レオナード様が作者の好みすぎて、レオンハルトくん勝てるのかな…?って思ってます。
頑張れレオンハルト。




