第4話「捕食と違和感」
倒れたカニの魔物を、しばらく見下ろしていた。
動かない。
完全に、仕留めたらしい。
その時――
ぐう、と腹が鳴った。
「……腹、減ってたのか」
そう言ってから、自分でも少し驚く。
さっきまで、そんな余裕はなかったはずなのに。
視線が、自然とカニの魔物へと戻る。
大きな体。
分厚い殻。
だが、その隙間から見える中身は――
「……食えそうだな」
ぽつりと呟く。
なぜそんな発想になるのか分からない。
だが、嫌悪感はなかった。
むしろ――
旨そうだ、と思った。
俺は刀を構え、関節部分に刃を入れた。
ギチ、と音を立てて殻が割れる。
力を込めると、ぱきり、と開いた。
中から、白く透き通った身が現れる。
「……」
一瞬だけ、ためらう。
火はない。
調理もできない。
生だ。
だが――
迷いは、すぐに消えた。
指で身をつまみ、そのまま口へ運ぶ。
――トゥルン。
舌の上で滑る。
柔らかい。
それでいて、弾力がある。
噛むと、じわりと旨味が広がった。
「……うまい」
思わず声が漏れる。
なんとも言えない、まろやかさ。
深みのある味。
淡白ではない。
しっかりとしたコクがある。
それが、口いっぱいに広がる。
「……これは、いいな」
手が止まらなかった。
次々と殻を割り、身を取り出し、口へ運ぶ。
夢中になっていた。
腹が減っていたのか、それとも――
この味に魅せられたのか。
気づけば、ほとんど食べ尽くしていた。
残っているのは、硬い殻だけ。
俺は満足げに息を吐いた。
「……助かったな」
腹が満たされると、思考も少しだけ落ち着く。
立ち上がり、手についた汁を軽く払う。
その時だった。
ふと、違和感を覚えた。
「……なんだ?」
周囲を見回す。
先ほどまであった骨や装備。
それらが――
「……減ってる?」
いや、違う。
消えている。
さっきまで確かにあったはずの残骸が、いくつか消えていた。
目を凝らす。
床。
壁。
どこにも、移動した痕跡はない。
まるで――最初から存在しなかったかのように。
「……なんだよ、これ」
背筋に、冷たいものが走る。
ここは、おかしい。
魔物がいる。
人が死んでいる。
それだけじゃない。
“消える”。
何かが、勝手に。
その時。
カニの殻に目がいった。
さっき自分が食べた残り。
それが――
ゆっくりと、崩れていく。
「……っ」
音もなく、形を失っていく。
砂のように。
いや、それよりももっと静かに。
そして――
完全に消えた。
「……消えた?」
思わず呟く。
何も残っていない。
痕跡すらない。
まるで、この場で何も起きなかったかのように。
「……」
沈黙が落ちる。
理解が追いつかない。
だが、一つだけ――
確かなことがある。
ここは、普通じゃない。
生き物も、死体も、物も。
すべてが、何かの“ルール”の中にある。
「……ダンジョン、か」
その言葉が、また浮かぶ。
理由は分からない。
だが、妙にしっくりくる。
作られた場所。
何かの目的のために。
そう考えれば――
この異様さも、説明がつく気がした。
俺は刀を握り直した。
光は、まだ奥へと続いている。
まるで、誘うように。
――進め、と。
俺は、一歩踏み出した。
この場所の正体を知らぬまま。
ただ、生き延びるために。




