第3話「導きと違和感」
下りの通路は、思った以上に長かった。
緩やかな傾斜が続き、気を抜けばそのまま滑り落ちてしまいそうになる。
だが、不思議なことに――進めば進むほど、視界は明るくなっていった。
「……増えてるな」
壁に目をやる。
発光する苔。
それが、明らかに増えている。
最初に見つけた場所とは比べ物にならないほど、広範囲に広がっていた。
ぼんやりとした緑の光が、通路全体を包み込む。
暗闇だったはずの場所が、今では薄明るい。
歩くのに支障はない程度には、見える。
「……都合がいいな」
ぽつりと呟く。
まるで、進む先を照らしているみたいだ。
そんな考えが、頭をよぎる。
誰かが、意図的に。
いや、そんなはずはない。
ここに人の気配はない。
それでも――
“導かれている”。
そんな感覚が、消えなかった。
足を止める。
振り返る。
来た道は、すでに薄暗い。
苔の光は、進行方向に向かうほど強くなっている。
「……気のせい、か」
自分に言い聞かせるように呟き、再び前を向く。
今は進むしかない。
それだけだ。
しばらく進むと、通路は開けた。
小さな空間。
天井は低く、圧迫感がある。
その中央――
何かが、散らばっていた。
「……骨?」
近づく。
白く乾いたもの。
人のものだと、直感で分かった。
頭蓋骨、肋骨、腕。
ばらばらに散らばっている。
そして、その周囲には――
壊れた装備。
折れた剣。
ひび割れた盾。
朽ちかけた革鎧。
ここで、何かがあったのは明らかだった。
「……やられた、のか」
喉の奥が、わずかに乾く。
ここは安全じゃない。
改めて、そう理解する。
その時だった。
カツン、と音がした。
硬いものが、石を叩く音。
反射的に、顔を上げる。
そこに――いた。
「……っ」
岩陰から、ゆっくりと現れる影。
横に広い体。
硬そうな甲殻。
鋭く光る二本のハサミ。
脚をカツカツと鳴らしながら、こちらへと近づいてくる。
「カニ……か」
言葉が、自然に出た。
だが、普通のカニではない。
人の胴体ほどもある巨体。
そして、その目は――明確に、こちらを“獲物”として捉えている。
距離が縮まる。
カニの魔物が、ハサミを持ち上げた。
振り下ろされる。
――速い。
だが。
俺の体は、迷わなかった。
踏み込む。
横へ。
わずかにずらし、攻撃を外す。
そのまま、腕が動く。
刀が、自然に振るわれる。
甲殻の隙間へ。
狙いすましたように。
ザン、と手応え。
カニの動きが、一瞬止まる。
次の瞬間、体が崩れた。
脚がばらばらと力を失い、その場に倒れ込む。
「……え?」
思わず声が漏れた。
今の動き。
考えていなかった。
体が、勝手に動いた。
最適な位置に入り、最適な角度で斬った。
まるで――何度も繰り返したかのように。
「……なんで」
刀を見つめる。
震えはない。
恐怖も、ほとんど感じていない。
ただ、違和感だけがあった。
記憶はない。
なのに、戦える。
それも――かなり慣れている。
「俺は……何なんだ?」
答えは出ない。
だが、一つだけ分かることがある。
ここでは、戦えなければ死ぬ。
それだけだ。
倒れたカニの魔物を一瞥し、俺は再び前を向いた。
光は、さらに奥へと続いている。
まるで――誘うように。
俺は、歩き出した。
違和感を抱えたまま。
その正体も知らずに。




