第17話「一撃」
少女の姿が、消えた。
いや。
見えないだけだ。
「……っ」
反射的に、横へ飛ぶ。
直後。
さっきまでいた場所を、何かが通り抜けた。
風圧だけで、肌が裂けそうになる。
「……速すぎる」
息を吐く。
だが、さっきまでとは違う。
見えない。
でも
「……感じる」
来る場所が、分かる。
わずかな気配。
空気の揺れ。
足音すらないはずなのに “いる”。
次。
背後。
振り向きざまに、刀を振る。
空振り。
「惜しい」
耳元で、声。
次の瞬間、衝撃。
体が吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
転がる。
立ち上がる。
まだだ。
あと一回。
ここで終われば――全部終わる。
「……来い」
低く呟く。
構える。
今度は、逃げない。
受ける。
読む。
その時。
体の奥が、熱を持つ。
「……なんだ?」
鼓動が速くなる。
血が、騒ぐ。
あの時。
竜の肉を食った時と同じ感覚。
だが、今はもっと、はっきりしている。
「……使える」
理由は分からない。
だが、分かる。
これを使えば届く。
「……来い!」
叫ぶ。
挑発。
その瞬間。
少女が、正面から来た。
速い。
だが。
「……見える」
一瞬だけ。
輪郭が、はっきりした。
足運び。
踏み込み。
間合い。
すべてが、スローモーションのように見える。
「……そこだ!」
踏み込む。
同時に、刀を振る。
迷いはない。
読み切った。
交差。
一瞬の静止。
そして手応え。
「……当たった」
確かな感触。
少女の肩口。
浅いが、確実に斬った。
距離を取る。
息が荒い。
だが立っている。
まだ、生きている。
そして。
「……へぇ」
少女が、自分の肩を見る。
赤い線。
血が、にじむ。
「……当てたね」
ゆっくりと顔を上げる。
その表情はさっきまでとは違う。
笑っている。
だが。
今度は楽しそうに。
「やるじゃん、アクア」
初めて、名前を呼ばれた。
「……はぁ……はぁ……」
息を整える。
体が、震えている。
だが、それは恐怖じゃない。
興奮だ。
「……一発だ」
絞り出す。
「十分だろ」
少女は、くすっと笑った。
「うん」
一歩、下がる。
「合格」
「……は?」
緊張が、少しだけ緩む。
「本気でやって、一発入れた」
指を一本立てる。
「それで十分」
くるりと背を向ける。
「最初は、みんな無理だし」
「……みんな?」
「管理者候補ってこと」
軽く手を振る。
「まぁ、合格したから」
振り返る。
にやりと笑う。
「これからが本番だけどね」
その一言で。
また空気が変わる。
「……逃げるのか?」
思わず聞く。
少女は、少しだけ考えて
「今回はね」
肩をすくめる。
「また来るよ」
そして。
「次は、もうちょい本気出していいでしょ?」
「……おい」
止める間もなく。
少女の姿が消えた。
完全に。
気配すら、残さず。
「……はぁ」
その場に、座り込む。
力が抜ける。
だが笑みが、浮かぶ。
「……やったな、俺」
確かに。
届いた。
あの化け物に。
ほんの一撃だけだが。
それでも意味はある。
そして。
「……まだ、終わってねぇな」
立ち上がる。
コントロールルームの方を見る。
やることは、山ほどある。
ダンジョン。
運営。
そしてあの少女。
「……次は、もっとだ」
静かに呟く。
迷宮の主として。
そして、一人の戦士として。
アクアは、前を向いた。




