第18話「帰還者」
少女は、ダンジョンを出た。
風のように走る。
地面を蹴るたび、景色が流れる。
森を抜け、道を越え、街をかすめる。
人影が、驚きに振り返る。
「今の何だ!?」
「速すぎる……!」
「妖精か……?」
「いや、悪魔だろ……!」
声が、置き去りになる。
少女は止まらない。
一直線に――屋敷へ向かう。
門を越え、庭に立つ。
見覚えのある景色。
だが、もう懐かしさはない。
「……戻ったよ」
小さく呟く。
その声に、反応する者がいた。
「……お前は……!」
父親。
驚きと、混乱の顔。
「ユウ!生きて……いたのか……?」
「見れば分かるでしょ」
あっさり返す。
その奥から。
もう一人、現れる。
後妻。
一瞬、怯む。
だがすぐに、口元を歪めた。
「……しぶとい子ね」
空気が、冷える。
「あなたは――」
父が何か言いかける。
だが少女は、まったく聞いていない。
ただ、二人を見ている。
静かに。
無表情で。
「お仕置きが必要ね」
後妻が言う。
手には、鞭。
軽く振る。
空気が裂ける音。
次の瞬間、振り下ろす。
だが。
当たらない。
少女は、ほんの少し体をずらす。
それだけで、軌道を外す。
「……っ」
もう一度。
振るう。
当たらない。
三度。
四度。
何度振っても。
届かない。
「……なんで……!」
息が荒くなる。
「なんで当たらないのよ!!」
少女は、軽く首を傾げる。
「遅いから」
その一言で。
すべてが終わった。
次の瞬間。
少女の手が、鞭を掴む。
引く。
奪う。
「……返して」
にっこりと笑う。
その笑顔は、どこまでも無邪気で。
どこまでも冷たい。
軽く、振る。
空気が、鳴る。
「っ……!」
二人が後ずさる。
だが、遅い。
少女の動きは、すでに見えない領域。
「――」
鞭が走る。
音だけが残る。
空気が震え、床が裂ける。
「やめろ!」
父が叫ぶ。
だが、声は届かない。
召使たちが慌てて割って入る。
しかし誰も、近づけない。
ただ、圧に押される。
少女は、淡々と動く。
感情は、ほとんどない。
ただ“やり返している”だけ。
やがて。
動きを止める。
「……つまんない」
ぽつりと呟く。
鞭を捨てる。
そして、視線を上げる。
屋敷。
大きな建物。
「……これも、いらないか」
一歩、外へ出る。
空を見上げる。
魔力が、集まる。
空気が重くなる。
「――メテオスプラッシュ」
静かに言う。
次の瞬間。
空から、光が降る。
小さな隕石。
だが数が違う。
無数。
降り注ぐ。
轟音。
衝撃。
土煙。
そしてすべてが、消えた。
残ったのは。
大きなクレーターだけ。
「……ほんと、つまんない」
興味を失ったように、背を向ける。
そして。
また、走り出す。
今度は――
ダンジョンへ。
一方、その頃。
街では、噂が広がっていた。
「見たか?あの速さ」
「人間じゃねぇ……」
「十階まで一気に行ったらしいぞ」
「いや、もっと下までだ」
「なんだあれ……」
ざわめきが広がる。
未知への恐怖。
そして、興味。
「……新しい“何か”がいる」
その存在は。
すでに、外の世界でも異常として認識され始めていた。




