エルバーラの奮闘6〈契約の結末〉
読んでいただきありがとうございます。
エルバーラ視点です。
本文長くなったんですが、分けずに上げておきます。
読みにくかったらすみません。
息が苦しい。
足が痛い。
荷物が重い。
ーーでも、それより背後が怖い。
誰かに後を付けられてると思い始めたのは、ある巨大販売イベントで知り合った男性の言葉でだった。
隣の机に「店番で呼ばれたんだが、こういう場所は初めてで」と、声をかけてきた男性は、朝からいたコスプレ男性の代わりに急遽、店番として座っていることになったらしい。
そのせいか、私や特定の推しを持つ人間とは熱量も雰囲気も違った。要するに、イベント会場では少し浮いていた。
販売イベントは趣味の最高潮ステージだ。出店前から何ヶ月もかけて推しの本やグッズを手作りして準備する。出店前日は追い込みで寝不足になるし、当日は朝から成果物を手に、数多の見知らぬ仲間とともに、勇んでイベント会場に出陣する。
始まってからも気が抜けず、売ることよりブースに来てくれる仲間と交流することは楽しいし、合間に自分の好きなブースに行ってグッズをゲットしたり、作家さんや絵描きさんと話をするのも忙しい。
気合も高揚感もMAXなのだ。凝縮した時間を全力で味わう場所。
だが、応援に来たという男性はお昼すぎに、隣のコスプレ男性と交代する形で、静かにやって来た。
「ニュースでしか見たことないって言ったら、友人が呼んでくれたんで。普段はゲームをちょっとだけ」
大人しそうな男性は、興味深そうに会場を見回していただけだった。
お客が来るとお金をもらって、置いてあるグッズを渡していたが、それでも時間が余ったのだろう。
私に何かと話しかけてくるようになり、働く場所が偶然同じエリアだということで、なんとなく話が続き、今度ランチをしようと連絡先を交換してしまった。
たぶん大好きなこの場所で、このイベント会場にいるのだから悪い人はいない、同じ趣味の仲間の友人だからという、無意識の思い込みが働いてしまったのだろう。
その後、なんとなく数回ランチを一緒にしたり、休日にグッズを見にいく約束をしたりして連絡を取りあってはいた。
薄い関係のはずだった。でも。
「悪いんだけど、10万貸してくれない?」
恋人関係として付き合ってもいない、年上の(2コ上だった)知り合いでしかない男性に、電話でいきなりお金を貸せと言われるとは思わなかったのだ。
親の病気でお金が必要だから、と。
私は戸惑いながらも、断った。
男性の言葉が本当か嘘かはわかないし、そもそもそれほど深い付き合いだとは思ってなかったからだ。
それに独り暮らしで、押しやイベントにお金をつぎ込んでいた女に、貸せるほどの余裕があるわけがない。
いや多少は貯めていたがやっぱり余裕はないし、なにより知り合いでしかない男性に、お金を貸すほどの信頼関係がなかった。
「悪いですけどーー」
私としては、丁寧に断ったつもりだった。
だが返って来たのは男性の怒鳴り声と、罵詈雑言だった。
「お前みたいな薄情で冷たい性格ブスは世の中にいらないんだよっ。通り魔にでも刺されてしまえっ!いつまでも無事で暮らせると思うなよっ!暗闇が狙ってるからなっ!」
その時は言われて気分が悪かったし、男性の着信を拒否設定にして、住所は教えてなかったよね、とか確認してほっとしたりしていた。
だが、心のどこかに残ってしまった小説かゲームのような台詞。
ーー暗闇が狙ってるからなっ!
ふと、夜道の帰り道が怖くなった。
ーーまさか男性が変なことしてこないよね?
私の悪い癖、妄想が大きくよぎる。
だが、実際に後を付けられているような気配を、何度か感じてーー。
訳もなく不安を抱え始めていた頃、バスから降りて独身マンションに戻る短い道のりで、後ろから付いてくる足音に気づいた。
ーー誰かが・・・あとをつけてきてる?
そう思ったら、一気に怖くなった!逃げたくなった。
早く早く早くっ!
早足になり、小走りになり、何度も振り返って人影を確認する。だがそれらしい人影が分からず、走り出した。
怖い、怖い、怖いっ。
早く部屋に逃げ込みたい。
早く早くっ!
だが走り出してすぐに、ヒールが折れて私は無様に転げてしまった。
「お姉さん、大丈夫!?」
そこに居合わせたのが、高校生の琴梨ちゃんと大学生のお兄さん昴くんだった。
大きな音を立てて、漫画みたいに持っていた鞄を飛ばして倒れた私を、心配して二人は駆け寄ってくれた。
「この靴、割れてる。もう履けないねーーそうだ、コンビニでスリッパとアイスクリーム買おうよ!昴ニィの奢りで!」
折れたヒールの靴を見て、そう誘ってくれた琴梨ちゃんは明るく無邪気で、そして人を良く見ている女の子だった。
「お姉さんストカーとかに追われてる?バス停からずっと怯えて、何度も振り返ってたでしょ?途中から走って行っちゃってすぐにコケてるし。大事になる前に、警察に行った?」
「警察!?そんな、それほどのことじゃなくて、勘違いかもしれないから・・・」
落ち着いてみると、あれほど怯えた自分が、単なる勘違い女だったような気もしてくる。
「勘違いでも、怖かったんだよね?怖くなる原因があるんだよね?ーーなら、警察に届けるとか、家族や友人に助けを頼むとか、早期対策が必要だと思うの」
真っ直ぐな正義感で、そう忠告してくれる琴梨ちゃん。
「コラ、なに偉そうに言ってるんだ。物事は正義一辺倒じゃないって、いつも言ってんだろ。人に意見を押し付けんな。勘違いかもって言われてるだろ」
「あ〜あ、昴ニィのそういうとこ嫌い。個人的な正義感で物事を押し付けるな、とか矮小化して言うんでしょ。でもね、時代は動いてるの。昴ニィは遅いの!検討とか熟考とか多角的方面から考えると、とか言ってグズグズしている内に、炎上するのよ!悪化するのよ!」
「そういう問題じゃないだろうっ」
遠慮のない言い合いを繰り広げる二人に、私は圧倒される。
こんなに勢い良く会話する兄妹珍しくない?と面白く思った。
最近は、隣りに居てもSNSでひっそり会話する関係が当たり前だ。なんだか不安がっていた心が、ほっこり暖められた気がした。
「ありがとう、二人とも見ず知らずの私を、ほんとに心配してくれたんだね」
その後二人とコンビニで別れたが、使うバスが同じらしく、特に妹の琴梨ちゃんとは帰りのバスで、何回か顔を合わせた。
塾の帰りが私の残業帰りの時間と重なることが多かったのだ。そこに時々、実家に顔を出した兄の昴くんが、バス停まで迎えにくる。10歳下の妹に呼び出されるらしい。
聞けば昂くんは1度大学を卒業して、お金を貯めてロースクールに入り直したらしい。大学生と言っても思ったほど、歳は離れていなかった。
琴梨ちゃんとは推しの話で盛り上がり、一緒にイベントに行くほど仲良くなった。
そしてーー知り合って6年後。昴くんが弁護士の卵になった時、私達は結婚を約束した。昴くんが、私の安心になったのだ。
『それがーーお前の〈癒し〉か』
ーーえっ!
◇◆◇◆
気がつけば、古代神話をモチーフにした絵画が描かれた天井を見上げていた。
瞬きすると、目尻から涙が流れ落ちた。
その涙を拭って、ぼんやりした頭のまま身体を起こすと、身につけているのが下着1枚になっていることに気づいた。
「お嬢様、気が付かれましたか?」
すぐにノックの音がしたと思ったら、見知ったギーヴの侍女さんが部屋に入ってきた。
「ここはーー」
「モーグ家の客室でございます。迷路庭園で気を失われたことを、覚えていらっしゃいますか?」
「迷路庭園ーーそういえば、ブリジット嬢イリーナ嬢と一緒に紫の薔薇を見ていて・・・あらっ?その後が」
「可動式の樹木壁が倒れ、お嬢様方が巻き込まれた次第でございます。大変申し訳ございません。当家の失態でございます」
ーー可動式の樹木壁が倒れた・・・?まったく覚えていない・・・。
「いえ。どこも痛くないのは・・・治して頂いたのよね、貴重な白魔法で」
ギーヴの白魔法かしら、と思う。
「ご想像のとおりでございます」
「・・・ブリジット嬢とイリーナ嬢も?」
「お二人は特にお怪我はなく、驚いて気を失っていたところを隣の客室でお休み頂いておりました。しかしお嬢様が意識を取り戻されるより先に気が付かれまして、それぞれご家族様とパーティ会場へお戻りになっております」
「そうなの・・・」
「念の為、このあとすぐに当家の医師の診察を受けていただきます。ーーご家族様をお呼びいたしますか?」
伺うように確かめられたのは、ギーヴの白魔法が秘密なことと、養女の立場で私が家族からどういう扱いをされているか、ギーヴを通じてバレているからだろう。
「フランチャスカ侯爵家には秘密にして欲しいわ。他家で倒れたなんて醜態、怒られてしまうだけだもの。それに、白魔力の威力は身に染みて良く知っているの。だから、医師の診察も遠慮させて欲しいわ」
医師の診察を受ければ、診断書という公的な書類が残る。
モーグ侯爵家とフランチャスカ侯爵家の間に、私の事故のせいで面倒事の種を生じさせたくはなかった。
ギーヴの侍女さんは「かしこまりました」と事務的な態度で、私のお願いを了承してくれた。
「お着替えの支度をしますので、少々こちらでお待ちくださいませ」
そう言われ、私は客室にひとりになる。
ほっと息をついたーーその時、胸の〈契約のペンダント〉が鈍く光り、煙のような靄のようなものがひとすじ湧き出てーーすぐに黒髪の騎士の姿を形作った。
「・・・っ!」
『思い出したか?』
ベッドの脇に立つ、黒髪の騎士のような男。
人ならぬその存在を知覚したと同時に、迷宮庭園での記憶が他人事のように淡々と蘇った。
ーーそうだ、私、我を忘れて魔法を暴走させてしまったんだわ。
『異界の人間の心は脆いものだ』
「どうしてここにーー」
『〈我が主〉との命約に干渉されたからだ』
途端に、〈契約のネックレス〉を覆った金の魔力と血まみれになったギーヴの姿を思いだす。
ーー干渉!?誰が・・・って、ギーヴくん!?いや、でもっ、なんで?
『今一度、確認する。〈我が主〉との命約を遵守するや否や』
「ーー遵守す・・・れば、約束どおり3人の命は助けてくれるのよね」
『〈我が主〉の言葉は何より優先される』
黒目に白い縦の虹彩が、爬虫類のように一切の感情を伺わせない。
それでも、ごくりとつばを飲み込んで、私は勇気を絞り出して尋ねた。
「ーー確認させてください。
私は〈神の遊戯〉のとおりーーその轍のとおりの結末を必ず迎えるわ、3人を助けたいから。でも私の知るゲームの結末は、いくつもあるの。それに現実のこの世界は、ゲームとはどんどん違っていく気がする。だから〈契約〉のーー〈契約〉を果たすための〈結末〉を教えてください」




