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折って、降りた


「おかえり、凪ちゃん!」

「おかえり〜」

 いつからか、我が家に歳上の男の人がよく来るようになった。

「あのね、大和お兄ちゃんがご飯作ってくれたんだよ〜」

「・・・どうも」

 少し素っ気ない言葉を渡しても、この男はなんて事なさそうに笑うだけだった。

 怒りもしないし、困りもしない、笑うだけ。

「暖かいうちに食べなよ〜」

「うるさ」

「凪ちゃ〜ん!」

 そんなお人好しの男を、姫名はとても好いていた。

 この人が帰れば、そこから先のあたし達の話題はいつだって大和お兄さんの話で持ちきりだった。

「大和お兄ちゃん、私のバイオリン褒めてくれるんだよ」

「またそれ?前も聞いたよ」

「あれ?そうだっけ?」

「ふふ、うん」

 姉が楽しそうに笑うだけで、あたしは嬉しかった。

 正直な話、姫名の面倒を見てくれる大和お兄さんには感謝しかなかった。

 いかんせんあたしは、学校が終わればスケートクラブに直行、3時間近くのレッスンの後、1時間近くかけて家に帰るから。

 あたし不在の家で、姫名を守ってくれる事が嬉しかった。

「凪ちゃんも、大和お兄ちゃんにスケート見せよ!絶対、いっぱい褒めてくれるよ!」

「いいよあたしは。そもそも、クラブからここまで距離あるし」

「そっかぁ〜、でも、頼んでみよう?」

「・・・いつかね」

「凪ちゃんのスケートは凄いもん、実際に見たらビックリしちゃうね」

「うん──」

 姫名がスケートの話をすると、いつも身を強張らせてしまうのか嫌だった。

 姫名から全てを奪ったあたしは今もなお、のうのうと氷上で呼吸をしている。姫名から居場所を奪ってしまったあたしは、白鳥なんかではなく、醜くて欲張りな郭公でしかなかった。



「凪ちゃん、着いたよ」

「んぇ・・・?」

 目を覚ましてみれば、アラームのようにピーピーピーとなり続ける車のバック音が聞こえてくる。

 どうやら自分は寝てしまったらしく、全体重を姫名に預けていた。

「あれ、寝てた・・・」

「おはよう、凪」

 ミラー越しに挨拶をされて、そちらを見れば目が合った。

 なんだか心地が悪かったので、すぐに逸らしたけれど。

「ここは?」

「駅近のショッピングモールだって」

「ふーん」

 気の抜けた返事をしながら、あたしはバックを漁って帽子とマスクを取り出す。

 そんな変装でもするんですかみたいな私物を見た運転手の男はバック駐車をしながら不思議そうに、カーナビとあたしの手元を見ていた。

「それは?」

「念の為、あたしの顔知ってる人いるかもだし」

 黒マスクと黒キャップを身につけて、準備は万端だった。

 これでも一応、テレビの取材なんかもされている、前に言った有名人とはそういう事だった。

「え、凪ってそんなレベルの人なの?」

「喧嘩売ってる?」

「いや違くて・・・。俺、スケートどころかテレビすらあまり見ないし、っと、降りてもいいよ」

 そういう事か、一瞬ほんとに馬鹿にされてんのかと思った。

 この人は無意識でそういう部分もあるし、悪意がないのがタチ悪い。

「全日本ジュニアで総合2位、世界で4位だからね〜」

「えぇ!?」

「もういいから、早く行こうよ」

 帽子を深く被りながら扉を開けて、あたしの成績を自慢げに語る姉を一瞥すれば、楽しそうに笑いかけられる。

「有名人だと大変だねぇ」

「うっさい」

 そんなこんなで、あたし達は色々と買い揃えるためにショッピングモールへと向かっていった。



「シャンプーなんてどれでもよくない?」

「ダメだよ!ちゃんと髪質に合うやつとか、匂いとか考えないと」

「細かい〜。あたし適当にぶらついてていい?」

「ダ〜メ、ほら、これは?」

 テスターを近づけられて匂いを嗅げと圧力を感じて、本日何度目かの匂いチェック

「・・・良い匂い」

「嘘じゃない?」

「ほんと」

「普段使ってるやつ持ってきてないの?」

 カゴを持ってる大和さんが横から口を出す、至極真っ当な意見だ。

「凪ちゃんいつも私のを使いたがるんです。だから、いつも気づいたらジャンプー無くなってて」

「良いじゃん、減るもんじゃないし」

「実際に減ってるの!ほら、次はトリートメント探すよ」

「えぇ〜・・・」

 姫名は持っていたジャンプーをカゴに入れて、あたしの手を引っ張ってくる、特に抵抗も出来ないし無駄だとわかっているので、されるがまま。

「ほら、これは?あっ!こっちも良いかもね!」

 どこか楽しそうに選んでいる姫名を見ると、あたしは結局何も言えないのだった。


 少し大きなドラッグストアを出て、次に目指したのは衣服店、現在持ってきた服では圧倒的に足りないのだ。

 元の家から持って来いと言われればそうだけど、実際問題めんどくさかった。

「この上着可愛くないですか?」

「季節的に使わないんじゃない?」

「え、そうですかね」

 大和さんと姫名のやり取りをボーッと眺める。

 正直に言おう、あたしは衣服にも一切の関心がない。

「あ、この長袖とか大和さんに似合いますよ!」

「そうかなぁ。俺、服とか何でもいいしな〜」

「もう!!凪ちゃんと同じ事言う!」

 どうやら大和さんもあたしと同じだったらしい。

 似合うとか以前に人前に出れる服であれば、ぶっちゃけ何でもいいのだ。

「サイズとか見ないんですか?最近の流行とか入れたり」

「無いな〜、タンスの服全部スウェットとかだし」

「えぇ!?」

 そんな馬鹿なとでも言いたげに大和さんを見つめる姫名、当の本人は欠伸なんかしてる。

「姫名はお洒落に全力で凄いな」

「でしょ」

「もう!!2人とも!!」

 そんなあたし達に姫名は呆れたらしく、結局あたしの服は姫名が決めたのだった。

「こ、このシャツとかどうですか?私、好きなんですけど、大和さんはどうですか?」

「良いと思うよ。姫名は暗めの服も似合うね」

「違くて・・・、あの、大和さんが着るってなったら、嫌ではありませんか?」

「ん?うん」

「わかりました、ではこちらは2着買いましょう」

 その2着は一体なんの意味があるのだろうか、少し赤く染まる姫名の頬が意味するのを、大和さんが気づく日は来るのだろうか。

「大和さんは、女の子が着ていたら嬉しい服とかありますか?」

「無いかな」

「・・・ソウデスカ」

 あまりにもキッパリと好みは無いと言ってのける大和さんに、姫名は少し落ち込んでしまっている。

「あんた的に、今の姫名の服はどうなの?」

「え?姫名の?」

 姫名の今の服装は簡単に言えばカジュアル系だった。

 ニットのカーディガンと脚の長さを活かしたロングスカート、上下派手すぎない色合いで主張抑えめなのがかなりポイント高いし、少し厚底のブーツも可愛らしい。

「あの姫名がこんなお洒落になるとはね・・・」

「そ、そうでしょうか」

「可愛いの?可愛くないの?」

「凄く可愛いと思うよ。たくさん勉強した?」

 その一言で、姫名の顔が赤く染まってしまう。

 やれば出来るじゃんと心の中で親指を立てた。

「は、い・・・」

 嬉しそうに両手で頬をおさえる姫名は、妹の贔屓目からしても凄く可愛く思えた。


 

 

 

 

 

 

 

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