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罪であり未来であった。


 スケートは、姫名の影響で始めた。

 氷上を滑る姉は、何よりも綺麗で、情景を記録してこうなってみたいと心に刻まれた。

「凪ちゃーん!凄いよ!綺麗に滑れてるよ!!」

 最初は恐怖心があった氷の上にいざ乗ってみれば、なんて事はなかった。

 足を無理に動かさずにいれば、ゆっくりではあるものの前へと行ったり、後ろへと行ったりして、心が躍った。

「見て見て!!あたしも滑れてるよ!」

「うん!!ほら、おいで〜!凪ちゃん」

 ただそれだけの事なのに、あたしは憧れの姉と同じ世界に入れたと思っていた。


「え!お母さんに教えて貰わなくていいの?」

「うん、あたし別のクラブがいい」

 驚きを隠せていない姫名は、残念そうにしながらもあたしの意見を快く受け入れた。

「わかった、じゃあ私の方からお母さんに言っとくね!」

「ありがとう、姫名」

 あたしは姫名とは違って、母の影響で始めた訳ではない、姫名の綺麗な滑りを見て始めたんだ。

「ねぇ、姫名」

「ん?」

「あたし、頑張って姫名に追いつくから!一緒に大会とか、いっぱい出ようね!」

「うん!!楽しみにしてるよ!!」


 凪ちゃん、ごめんね。

 私、スケートもうやらないよ。


「──ッ」

 身体が急に強張って、脳が身体を起こせと勝手に命令して、あたしの意思とは反して動いた。

「・・・最悪」

 最近、夢自体を見る事が少なくなっていたのに、久しぶりに見た夢はあたしにとって最悪の夢だった。

 背中を伝う汗が気持ち悪い、さっさと身体でも洗おうかなと思って辺りを見渡せば、知らない部屋・・・ではない。

「そうだ・・・。あの人の家か、ここ」

 とりあえず布団から出て、自室から出る。

 一人暮らしと言っていた割に部屋は3室ぐらいあった、完全に無駄にしている、もしかしたら他の誰かと住んでるのかもと姫名に聞いてみれば。

「ううん!!住んでないよ!!本当!大和さん言ってたもん!」

 らしい。

 それは今の話であり、昔もしかしたら住んでたんじゃないの?と続けて聞けば──。


「なにしてんの?姫名」

「え!?あ、いや・・・」

 部屋の前で右往左往している己の姉がそこにはいた。

「あ、えと、お、おはよう!!いい朝だね」

「・・・おはよう。なにそこ、あいつの部屋?」

「え!!さ、さぁ〜、わかんないなー」

 正直言って姫名は分かりやすい。

 気分が良ければ1日中ニコニコして、鼻歌とか歌ってるし、逆に悪ければ1日中死んだ様な顔をしている。

 現に今、期待と高揚収まらぬ顔で部屋の前で立ち尽くしている訳だが。

「開ければ?」

「い、いやいや!!そんな、マナーがあるじゃん!!しかもほら、鍵とか」

「ん、開いてんじゃん」

「ちょっと、凪ちゃん!?」

 普通にドアノブを捻ってその先の景色を見に行けば、雪景色・・・、なんて事は一切なく、どこかカランとした部屋だった。

「凪ちゃん!!よ、よくないよ!!ほら、大和さん寝てるし!!」

「声大きいよ」

「起きちゃうよぉ・・・ッ」

 物寂しい部屋の中、主張の激しさナンバーワンのベットの上に、それは確かに存在した。

「・・・んぅ〜」

「わ、わぁ〜」

 24歳、河野大和。女子高生2人に不法侵入される。

 なんて事はなく、昨日の決議の元、あたし達はこの人の元でお世話になる事になった。

「可愛い・・・。寝顔を見たの初めてかも」

「変態」

「ち、違うから!」

「んー」

 唸る大和にビクついて、シーっと静かにしろと姫名にジェスチャーされるも、騒がしくしてるのは姫名である。

「てか、いくら今日休日だからって起きんの遅すぎ、叩き起こす」

「ま、待ってよ!!しゃ、写真!!まだ撮ってないから!!」




「2人とも、おはよう」

「・・・おはよう、ございます」

「おはよ」

「あのね。俺、色々疲れてて?騒がれると、ちょっと嫌な思いしちゃうな〜って」

 凄い形相で目覚めたと思えば、すぐさまあたしと姫名は正座をさせられる。

「ご、ごめんなさい!!お願いします、もうこんな事しませんからッ!!」

「やめて?ごめん、本当ごめん。そんな怒ってる訳じゃないから、凪も睨まないで」

「・・・ふんっ」

 元はといえば、起きないこの人が悪いのに、どうしてあたしと姫名が怒られなければいけないのか。

「凪ちゃん・・・」

「はいはい、すみませ〜ん」

「いや、うん・・・。怒ってないよ」

 じゃあ正座なんてさせないでほしい、そう思いながら立ち上がって、言いたかったを言う。

「お風呂借りる」

「あぁ。場所はわかる?」

「ん」

 昨日確認済み、許可も得た事なのであたしはさっさとこの場を後にする、自分がここにいればきっと邪魔になるなろうし。

「大和さん、昨日言った通り今日は、その・・・色々と買い出す日、ですよね?」

「そうだね」

「──ッ!は、はい!わかりました、た、楽しみです!」

「そうだね?」

 2人の会話をドア越しで聞いて、ならさっさと汗を流すかとあたしはお風呂へと向かった。



「あ、凪ちゃん。ご飯出来てるよ」

「・・・もう様になってるね」

 ホカホカと湯気に包まれながら、リビングに向かえば食卓にご飯を並べている姫名がいた。

「そ、そう?」

「うん、新婚かな?」

「もう!!それは言い過ぎ〜!!」

 バシバシと背中を叩かれる、普通に痛ぇ。

「ふわぁ〜あ・・・。やっぱ速すぎるよ、もっと寝てたい」

 欠伸をこきながら、だらしない格好で出てくる河野大和。

 髪はボサボサで顔もだらしない。

「大和さん?早起きは三文の徳、ですよ」

「昼まで寝るのが大人のご褒美なんだよ〜・・・」

「もう〜、大和さんは〜」

 いや、居づらい。

 先程新婚とか言ってしまったせいで姫名は若干その気になっている、馬鹿みたいに顔が溶けている。

 そんな甘ったるい2人を無視して、あたしは食卓に並んでいる味噌汁に口をつける。

「・・・味違う」

「ごめんね、味噌が違くて」

「ううん、美味しいよ」

「凪は赤味噌派?」

「うるさい」

「えぇ・・・」

 3人で食卓を囲みながら、まるであの日の様に和気藹々と会話を交わしながら、姫名の作った料理に手をつけていく。

「大和さん、朝は和食で良かったですか?」

「うん。いつも和食だよ」

 手際よくおかず、ご飯、味噌汁と綺麗に食べ進める大和を見つめる姫名。

 口に合うかどうか内心緊張しているのだろう。

「お、美味しいですか?」

「美味しい。特に卵が甘くて良い」

「良かったです!大和さんは、甘い卵が好きと言っていたので・・・」

「あれ、俺言ったっけ」

「忘れん坊」

 あたしがそう揶揄えば、この大人は苦笑いを浮かべて気まずそうに目線を彼方に送った。

「凪ちゃん、大和さんを困らせちゃダメだよ?」

「はいはい、ご馳走様」

「もう〜」

 そそくさと朝ごはんを食べ終わって、リビングに置かれたソファへと腰掛ける。

 気持ちよく沈み込んでいくのが堪らない、家具選びのセンスは良いかもしれない。

「2人の買い出しに行く訳だけど、何が必要なの?言ってくれれば俺が買いに行くけど」

「だ、だめ!!あの、ほ、ほら。なんだろ・・・、化粧品とか、歯磨きとか」

「あぁ・・・?なら尚更俺だけで良くないか・・・」

 納得いってなさそうな顔を浮かべながらも、特大解釈でもしているのか、はたまた無理矢理納得しているのか。

 とりあえず、この人は結構流されやすいのかもしれない。

「ジャンプーとか、衣類は欲しいかな。持ってきた分じゃ明らか少ないし」

「そ、そうだよね!うんうん、凪ちゃんの言う通りだからみんなで行こう!?」

「う、うん」

 こうして、あたし達はダラダラと過ごしながら買い出しに行く時間を待った。


 そして、昼過ぎ。

 各々身支度を整えて玄関に集まる。

「じゃ、行こうか」

 朝のだらしなさは消え去って、キッチリとした河野大和の声に頷く。

「駐車場までちょっと歩くよ〜」

「は〜い」

 先導する大和さんの後をついてくあたしと姫名。

 ただそれだけなのに姫名は凄く嬉しそうに顔を綻ばせている、だらしなさすぎて少し心配。

 そんなこんなでエレベーター等を使いながら駐車場に行けば、大和さんはひとつの車を指差す。

「これ」

「ちっちゃ〜、もっと大きいのかと思った」

「可愛いです!私は好きですよ!」

「あはは・・・、ほら。こんなマンションに住んでるから、なるべく、ね?わかるでしょ」

「寒い」

 その一言だけで伝わったのか大和さんは車のロックを外した、ガチャと開けてみれば芳香剤の匂いが漂う。

「匂いとか大丈夫?」

「・・・うん」

 いや、ちょっと無理そう。

 少し甘い匂いが鼻腔をくすぐって、頭がくらっとしてしまう、大丈夫かな、運転中とか酔うかもしれない。

「窓開けようか」

「いいよ、平気」

「無理しちゃダメだよ、凪ちゃん」

 芳香剤の匂いは昔からダメだった、いや、ほんのり香るくらいなら気にならないけど、隠す様に強い匂いは完全にアウト。

 クラブの人に送り迎えしてもらう時は一度それで面倒をかけさせてしまった過去もある。

「ちょっと消臭しようか」

 ひとまず全員外に出て、車の換気機能をフルに活用する。

 それでどうにか出来るかわからないけど、迷惑をかけてしまうのは申し訳なかった。

「ごめん」

「大丈夫だよ、次からはちゃんと変えるね」

「・・・」

「凪ちゃん、寒いでしょ?ほら、おいで」

 ポケットに手を突っ込んで震えているあたしに、姫名は両手を優しく広げた。

「んー」

 特に拒む理由もないので、その中に誘われる。

 落ち着く、いつだって姫名の匂いはあたしの心を宥めてくれるのだ。



「大丈夫そう?」

「うん」

 ある程度車の中の空気が入れ替わり、気にならない程度には良くなった。

「・・・ありがと」

「いーえ」

 カーナビをいじりながら返事を返してくる大和さん。

 ちなみに、あたしと姫名は後部座席に座っている。

「助手席行かないの?」

「そ、れはちょっと・・・」

「意識しすぎでしょ」

 基準がわからない、何を今更恥ずかしがっているのだろうか。

 まぁ、別にいいか、あたしの隣にいるならいるで構わない、全然。

「そうだ、凪はどんな匂いが好きなの」

「・・・んー」

「私だって」

 スリスリと姫名の肩に自分の顔を擦り付ける。

 熟考していた故の行動だったが、姉はそれを自分の匂いが好きなのだと解釈したらしい、正解だけど。

「姫名に近い匂いの芳香剤」

「ある訳ないですよ。ねぇ〜」

「んー、あ。スケートリンクの匂いは好き」

 姫名に頬を突かれていると、あたしに天啓がやってきた、そうだ、スケートリンクのあの氷の匂いがあたしは好きだ。

「いや、わかんないな。どんな匂いなんだろ」

「冷蔵庫みたいな感じだよね?」

「そう」

「実は色んな薬品とか入ってるらしいですよ。リンクの氷って」

「へぇ、初耳。詳しいね、姫名」

 大和さんのその一言で、あたしの頬を突いていた指が止まってしまった。

 代わりに、優しくあたしの金髪を梳かすように優しく撫でた。

「そう、ですね」

 姫名の呟きに込められた真意を、あたしだけが知っていた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

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