温度差
「いらっしゃい!大和お兄ちゃん!」
「お迎えありがとな〜、姫名〜」
インターホンを鳴らしたら、数秒で姫名が出迎える。
俺の足元ぐらいしかない小さな女の子は、嬉しそうにしがみついて、離そうとはしなかった。
「凪は?」
「いないよぉ〜。まだクラブにいると思う」
「そっか、じゃ、さっさとご飯作ろうか」
俺が白金家で、姫名と凪をお世話する様になったのは2人の父親、誠さんに頼まれたからだった。
「暇な時でいい、2人の面倒を見てやってほしい」
家が隣同士でたまに交流があった俺達一家は、その言葉にただ首を縦に振るのみだった。
「大和お兄ちゃん、今日は何作るの?」
「今日は回鍋肉だよ」
「ほいこーろ〜?」
無駄に広い廊下、キッチンへと向かう間、姫名はずっと俺の後ろをついて来る。
鴨が子供を連れているみたいに、ピッタリと。
「あのね!私、お料理できる様になりたいの!」
「お?いいね、じゃあ、今日は俺の手伝いをしてもらおうかな〜」
「うんっ!何すればいい?」
リビングに到着して、俺は買い物袋を姫名に渡す。
「ここから、野菜とお肉を出して」
「わかった〜!」
袋を受け取って、ゴソゴソと漁る姫名。
食材を出す事にも必死に頑張る姫名は、とても健気な子だと思った。
「・・・もしもし?」
「なに」
袋を漁る姫名を尻目に、俺は携帯を取り出して連絡をする、相手は凪だった。
「ご飯、作るけど。今ってまだクラブ?」
「今帰ってる、──あと、どのくらい掛かりますか?──、30分は掛かる」
「そっか、了解」
「大和お兄ちゃん!!出したよ〜!」
「ありがとうな、じゃ、切るね」
「ん」
「大和お兄ちゃん、凪ちゃん、どのくらい掛かる?」
「30分だって。丁度いいね、2人で頑張って作ろうか」
「うん!」
食材は出して貰ったので、後は調理するのみ。
とりあえず、包丁と火を扱わせる訳にはいかないので、事故要素が一切ない水洗いをさせる事にする。
「姫名、野菜を全部洗ってほしいな」
「は〜い!!」
台を持ってきて、俺の隣に立つ姫名。
「どれから洗えば良い?」
「んー、じゃあ、ピーマンから」
「わかった!」
水が流れる。
流体と物体がぶつかり合う音を聞きながら、チラチラと姫名の顔を確認する。
凄く楽しそうだった、キラキラと輝いて見えた気がした。
「料理、上手くなったね」
「・・・」
俺がそう言っても、姫名からの言葉は無かった。
あの後、とりあえず姫名を落ち着かせて、リビングに戻れはすぐに聞こえたのは姫名のお腹の音だった。
「あ、その!!お昼食べ損ねたからで!」
「そう・・・だね。なら、何か作ろうか」
俺がそう言えば、姫名は今まで見た事がないぐらい俊敏な動きで俺との距離を埋めた。
「私が作ります!!」
「え、あ、はい。じゃあ・・・お願い」
そして今に至る。
「えっと、もしかして回鍋肉とか作るのかな〜」
キッチンに2人で立つ、何か手伝おうと手を伸ばせば、これまた見た事が無いぐらい恐ろしい剣幕で睨んでくるので、俺は何も出来ずにいた。
「はい」
「・・・わ、わぁ〜。俺、回鍋肉好きだから、タノシミ〜」
豚肉を慣れた手つきで切り終えると、今度はキャベツ、ピーマンと、綺麗な包丁捌きで切っていく。
「これさ、俺、火通して──」
「私がやります」
「・・・はい」
有無を一切言わせない姫名に気圧されてしまう。
あの頃と何もかも変わったな、本当・・・。
そんな嬉しいやら、悲しいやらの感情を持ちながら、頑張っている姫名の表情を見れば。
「ふふっ」
「・・・どうしました?」
「いや、変わんないね。姫名」
水洗いするだけ、食材を切るだけ、それなのに姫名はそれだけの工程にすら、一生懸命で、必死で。
「姫名が初めて料理を習いたいって、言った時のこと思い出してさ」
「覚えてるんですか?」
「うん、あの時も回鍋肉作ったよね。懐かしいな〜、それから色々作ったね」
俺が懐古していれば、姫名の手が止まった。
頬は染まり、耳もどこか熱を帯びていて、白を感じさせる分、その赤がよく目立つ。
「私は、あの頃と変わってませんよ。変わったのは、大和お兄ちゃんだもん・・・」
「え?」
「も、もう!!いいですから、座ってるなりなんなりしてください!!」
「いや、そうは言っても心配だし・・・」
「子供扱いしないで下さい〜ッ!!」
包丁を置いて、キッチンから出ていけと言わんばかりに背中を押される。
流れていた気まずい空気はどこかへと流れていったみたいだ。
「はいはい、じゃ、俺は凪でも探しにいくかな・・・」
もう日は沈みかけで、暗くなりそうだった。
そんな時間に女子高生である凪をひとりにするのは良くない。
「あ、待ってください。私、電話しますので」
「あぁ、お願い」
「・・・そういえば凪ちゃん、大和さんが連絡先くれない事に少し怒ってましたよ」
「いや、くれないも何も、渡す手段が無かったからね。携帯買い換える時に全部消えちゃって」
俺がそう言うと、姫名は呆れた様にジト目を向けて来る。
「はぁ、大和さんって結構抜けてるんですね。知りませんでした」
「あはは・・・」
「ふふっ、あ、繋がりました。もしもし、凪ちゃん?今どこにいるの?──うん、うん。わかった、今ね、ご飯作ってるから、大和さん、迎えに行くって。はい、はーい」
通話が終了する。
「近くの公園にいるみたいです」
「公園、ね〜」
近くとはいうが、ここら辺にある公園なんてひとつしかない、それも、歩いて20分は掛かるぐらい遠い。
「車出すにも近すぎるし、自転車は2人乗り・・・。はぁ、歩いて行くか」
「家に帰って来る頃には、ご飯出来てると思いますので。お気をつけて」
「うん、行ってきます」
「い、い、行ってらっしゃい・・・」
どこか恥ずかしそうな姫名に見送られて、俺は凪を迎えに行くため、少し早足気味に件の公園へと向かった。
「み、見つけた」
少し息を切らしながら、公園内を見てみれば、ベンチに座ってボーッとしてる凪がそこにいた。
「凪、帰るよ」
「・・・?ああ、いたんだ」
無線のイヤホンを外しながら、こちらを見る凪。
姫名とは違って、表情の変化が少ない彼女はどこかぶっきらぼうに見える。
「凪、こんな時間まで外にいるのは危ないよ」
「・・・」
「聞いてる?」
「昼、言ったこと忘れた?気軽に名前を呼ばないで」
その語気の強さに俺はむしろ、安心感を覚えた。
白金凪は、昔から変わらずこの調子だったらしい。
「じゃあ、なんて呼べばいいのさ」
「・・・自分で考えてよ」
「そんな無茶な」
こちらの事なんてお構いなしに歩き出す凪の後をついて行く。
絵面をみれば女子高生についてく不審者だけど、俺達は幼馴染。
と、言いたいが、それを弁明してくれるだろうか?目の前の少女は。
「ここら辺の道、覚えれた?少し入り組んでるし、大変だよね」
「・・・」
「にしても、結構遠い所まで歩いたね。さっきも言ったけど、遠いとこまで行くのは危ないし、少し危機感を──」
「あのさ、嫌なら言って良いから」
「え?」
半ば遮られる様に言われたその言葉は、凪の様に鋭く、力強い言葉だった。
「迷惑ならちゃんと言って。あたしらも子供じゃないし、拒否られたぐらいでわーわー騒がないから」
「・・・」
「大人って、周りの目が大事だからね。あたしもちょっとした有名人だし、気持ち分かるから」
無機質な言葉だった、熱が籠っていない、氷の上で生きてきた人間の言葉。
「追い出すんなら、早めにして。ズルズルと伸ばさられると、姫名が可哀想だから」
「え?」
「あと」
やっと、凪がこちらに振り向いた、昔とは完全に違った、冷ややかな視線。
「あたし、あんたの事嫌いだから」




