春待月のこと
しばらくは、延々と病気のことを…。
家というのは、人が一人住んでいるだけでだいぶ違う物らしい。入院の関係で2月頃にかけて1か月間、留守にしました。当時、移動出来なかった鷹たちに4人交代で二日に一度餌を与えてもらっていたのですが、その中に「うちの病院は寒い」と言っていた方がおりました。当院の待合室には、北海道で使うFF式輻射型のガスストーブが一日中燃焼しておりまして、そんなに寒いはずもない。いえ、比べてしまえば、同じ季節のお昼時のラーメン屋さんの店内の方がよほど寒いくらいの、それくらいの暖かい建物です。どういう事なのでしょうか?
ガスストーブの仕様が原因なのです。本来の雪国で使うガスストーブは、24時間燃焼させる為の機械で、都市ガスを使用する前提で作られています。しかし、私の住む田舎にそんなものは無い。何処の家もガスボンベです。昔と違い今ではそちらでも動く機械があるので、1本目のガスボンベが空になったら自動で2本目のガスボンベに切り替わる仕様になっているのだと、説明を受けております。ところが実際には、切り換えの際にガス圧が下がるとこれを機械が検知してしまい自動で運転を停止してしまうのです。いちおう、ガスストーブ以外にもエアコンが何台も運転しておりますから院内はそれなりに暖かいのですが、どうしてもガスストーブがないと寒くなります。どういう事かというと、エアコンの様に空気を暖めるタイプの暖房器具は、実は「暖かくならない」暖房器具なのです。北海道では、実は全然売れない暖房器具です。温度計の示す温度はそうでもなくとも、何故か体感上「暖かい」と感じる事がありません。本当に寒い土地、季節では、燃焼系のメラメラ炙っている熱源が室内にないと、どんな人も「暖かい」と感じることが出来ないのです。
ガスの供給停止は「復旧スイッチ」を押すだけで回復します。家に人が居たら、すぐにそれと気付いてストーブの燃焼を再開させる事が出来ますが、当時は一日おきにしか人が来なかったので、すっかり冷え切った待合室が餌を与えに訪れたみな様をお出迎えしておりました。もちろん、今では一日中人が居る病院に戻りましたので、一歩病院に入るなり「寒い」と感じる事はありません。むしろ、風速が12メートルにもなる北風が吹き続けている日であっても、当院待合室は半島にある何処の店舗よりも暖かいくらいの環境を維持しております。それくらい、人が一日中家に居るというのは違うみたいです。
とはいうものの、寒い日はあります。猛烈な寒波が続く中、世間の家々よりもなんぼ暖かろうが「寒い」、そんなとき体調に影響が現れたことがありました。前日、鷹を飛ばしに出て帰宅してしばらく経つと、ふと気付いたら手足がむくんで痛みを感じました。皮膚筋炎というのは全身性に炎症反応が生じる病気で、「スイッチ」が入れば体中で影響が現れます。怪我はしていないし、特定の場所に負荷をかけたりもしていない。しかし、連日のように屋外は寒く、ガスストーブが煌々と燃焼を続けている屋内に居ても夜になれば凍みる様な寒さを感じる日が続いていました。「寒冷暴露」です。そういう「スイッチ」があるのです。傷んだ筋肉が、寒さで収縮して勝手におかしく成るという解釈もあります。私の場合「凍みるような」と形容される寒さが駄目であるらしく、ちょうど前年の同じ頃に入院したときと同様に異常を来しました。
久し振りに、両手の指がむくみ、指の関節に腫れぼったさと強ばりを感じ、握ると痛みを覚えます。関節の痛みは足の指や足首にも及び、突然歩行に不自由が生じるほどでした。左手に杖を持って歩けているから何とか成るだけで、右の手首も右の足首も痛くてかなわない。昼間から痛みを覚えた諸々は、夜になっても改善することはなく、早朝に寒さで目を覚ましたら痛みで寝つけなくなったくらい、むしろ悪化しました。「担当の先生の当番の日は…」と、痛みに歯を食いしばりながら、夜明けを迎えました。ところがこの痛み、朝日が昇り周囲が暖まりだした途端、「とけるように」雲散霧消を始めます。太陽光、正しくは赤外線の恩恵でしょう。なんとか布団の中から起き出して、私は鷹の世話を始めました。
実際に痛みが消え去るのはその日の夜になっての話ですから、朝はまだ「もっと痛く成る」のが止まっただけです。しかし、「頑張れば動ける」それが大事なのです。そんな日の朝でも、私は飛梟に発信機を付けて病院前で飛ばしていました。指がちゃんと動くのです。鷹は、当たり前の様に所定の場所に飛んで行っては戻って来るを、繰り返します。曲げ伸ばしは、いつまで経っても治らない損傷の原因に成ります。出来るだけ、歩くときに関節を動かさないようにすり足気味に。手首も、痛くない左手に仕事をさせるように、右手はジェスを左手の指に運ぶくらいの動きが主です。うっかり頑張って餌合子なんか操作したら、落としかねない。慎重に扱います。ルアーなんか振れない訳です。ポンコツなのは据前だけ、鷹の調子はすこぶるよろしい。ええ、病人とはこんなもの、調子の良いときなら魔王を倒したそのついでに黒幕の邪神様だって倒せそうですが、レベル99の勇者もHPが1になればスライムにだって負けてしまいます。自分の健康状態と扱える鷹、「こっち基準で」自分を評価せんかったら駄目なのでしょうか。
春待月、旧暦の12月は猟期の終わる頃です。入院から一年が経ち、もう戻らない諸々をふり返り、病の再燃と再発に怯え、痛みに耐え、薬を飲み、体を暖め、厳寒の中を私は雌の鷹を飼えるものなのか、日々訪れる体調の変化に一喜一憂を続けながら悩み続けておりました。
――――――実は、薬を飲み忘れていた。
毎週月曜日、一週間に一回だけ飲む薬があるのです。但し書きの多い薬で、「軟水で飲むこと」「飲んだら30分間、立位でいるか座っていること。横になったら駄目」「その間の飲食禁止」と、注文が多い。この薬を飲んだ後、「いつもの薬」を飲むのを失念して、飲んだつもりでおりました。朝の分を飲まないで、その日の夜に冷え込んだら一気に悪化したのです。忘れたのは1回分だけで、その後は気付いてないから普通に薬を飲んでいるのだけれど、良く成らない。ようやく痛みが消えた翌々日になって、飲んでいたはずの薬が「出て来た」。「この程度でも!?」おかしくなるのかと、私は冷や汗が出ました。本当に、私はちょっとした事でも死ぬらしいのです。
このときは、カモメの群れを眺めているどころではありませんでした。




