第12話 舅との戦い、綾との再会
帝から宣旨を賜るという形で、太郎は綾と結婚する大義名分を得た。ここまではいい。だが、大きな問題が二つあった。
一つ目は、綾がどこの尼寺に幽閉されているのかということだ。
京都のどこかの尼寺なら、まだいい。だが、大内家の本貫地である周防などの遠いところだったら、どうしようもない。
綾の行方については、仕えている女たちや姫たちに任せて調べさせることにした。
調べた結果わかったのは、綾は嵯峨野にある祇王寺に匿われていることがわかった。居場所が分かれば、あとは彼女を連れ出すだけである。
もう一つは、あの盛見が素直に宣旨の引き渡しに応じてくれるかということだ。朝廷の権威が小さいこのご時世。室町政権が無ければ何もできない皇家の命令なぞ聞く価値も無い、と一蹴してしまうことだって考えられる。
太郎は守護の長秀や左衛門尉らと共に、このことについてどうするか話し合っていた。
「綾殿の行方は姫様にやらせると致しまして、問題は盛見の方」
左衛門尉は頭を抱えた。
今回の問題は、大名間の問題になりかねない大事。最悪の場合、大内家が「小笠原家は守邦親王の孫を擁し、鎌倉政権の再興を目論んでいる」という名目で兵を起こし、小笠原家を攻めることだってあるかもしれない。
「私が、行きます」
太郎はきっぱりと宣言した。
「お前が行けば、事はこじれるぞ」
事態が悪化することを考えた長秀は、太郎に行かせるのを止めた。
「いいんです。もとは自分の撒いた種ですから。それに、自分はもう自分から逃げないって決めました。だから、お願いします」
「そう言うなら仕方ない」
長秀は太郎が盛見のもとへ向かうことを認めた。
後日太郎は、長秀から大鎧と兵数百を借り、帝からの宣旨を高々と掲げて大内盛見邸を取り囲んだ。
討ち入るときの太郎の様子は、まるで『平家物語』に出てくる平家の公達、近ごろ流行りの『太平記』に出てくる花将軍のような華々しさがあった。
盛見の屋敷に向かい、太郎は、
「我こそは信濃国更級郡の住人にして、第九代鎌倉将軍守邦親王が孫、源朝臣更級太郎義勝である!」
と叫んだ。
太郎挙兵の報を聞いた盛見は、大鎧に身を纏い、屋敷にいた兵を引き連れ、太郎の前に立ちはだかり、
「貴様、娘はやらんと言ったであろう。そして、守邦親王の末裔とは何だ、公方様に楯突くつもりか!?」
と馬上から大音声で言った。
「公方様に楯突くつもりは無い! 貴方の娘との結婚を許してもらえれば穏便に事は済ませます」
「ほう。力づくで、ということだな。喧嘩を売ったなら、覚悟は出来てんだろうな!?」
刀を抜いた盛見は、手綱を引いて太郎の方へ向かった。
「できている」
太郎は祖父と父の形見である太刀を抜き、盛見の一撃を受けた。
太刀と太刀がぶつかり、火の粉が飛び合う。どちらも押したり引いたりをエンドレスに繰り返すばかりであったので、なかなか決着がつかなかった。
盛見は太郎を馬上から落とし、組討に持ち込もうと考えた。
太郎は逃げ出した。
「その鎧と太刀は飾りか!」
追いかけてくる盛見。
太郎は一呼吸おいて、
むくつけき我に教えし我が妹の
おかげでなりにし雅なる君
無作法で何も知らない自分に、綾はいろんなことを教えてくれた。そのおかげで、自分は雅な男になれ、ここまで成長できた。綾と過ごした日々への思いを込め、太郎は詠んだ。
「和歌か。戦場でよくそんな余裕を見せられるな」
「やはり私は武芸の才能は無かった。だから、和歌で貴方と戦おうと思う」
「よかろう」
みなし子を引き取り育て幾星霜
誰も大事なる我が家族なり
孤児となった綾とその兄を引き取り、長い間大切に育ててきた。彼らも私にとっては、大事な家族の一員。盛見はそんな歌を返したあと、
「だから、お前のような氏素性も定かでない奴になんか綾はやれないのだ!!」
と大音声で言った。
「舅殿の申し上げることはご最も。ですが──」
太郎は彼の言い分を認め、こう返した。
父の思いしかとわかりて申しける
思いに誰も戸は立てられじ
舅殿、貴方の家族を想う心はわかりました。ですが、人を思い、慕う心には、誰も戸は立てられぬものにございまするよ。太郎の返した歌の意味は、こんな感じである。
「思いに戸は立てられず、か。さすがは更科太郎」
感心した盛見は、次のように返した。
その方の身を問はば信濃路の
庵で寝ころぶ乞食なりける
太郎お前は信濃にいたときは乞食であったそうではないか? 意味はこれでいい。盛見は太郎がどこの馬の骨かわからぬ者ということを強調するためにあえて「乞食」を強調して詠んだ。
「左様にございます」
自身の過去をきっぱりと認めた太郎は、次のように返した。
信濃路の乞食なれども身を立てて
卒から侍そして地頭へ
信濃の乞食であったが、必死でがんばって自身で生活していけるようになった。そして地頭になりました。こちらも意味はそのまま。下の句でどう出世したかを強調するため、卒、侍、地頭と順よく詠んだ。
「お前の努力は認めよう。だが、それだけではどうしようもないことも、あるのだぞ」
盛見は再び進み、油断した太郎を馬から落とした。
馬から転げ落ち、痛がる太郎。
盛見は馬から降り、動けないよう左手で太郎を締め、右手に持っていた短刀で太郎の喉笛を斬って討ち取ろうとしたそのとき、
「義父上、争いは辞めてください!」
聞き慣れた声が聞こえてきた。
盛見は振り返ると、そこには幽閉されているはずの娘である綾の姿があった。
「こやつはお前を誑かした男だぞ。そんな不誠実などこの馬の骨かもわからないうえに、鎌倉将軍の末裔を騙り、宣旨を偽装してくる大馬鹿者にはお前をやれん」
「私が惚れたのは、優しくて、誠実で、歌がお上手で、何事にも一生懸命な太郎さんなんです。家柄なんて、どうでもいい!!」
綾はそう叫んで、今まで育ててきた叔父でもあり養父でもある盛見の顔を思いっきり平手打ちした。
「お前のためを思って言っているのだぞ……」
哀しそうな目で、盛見は娘を見つめた。
「父上がみなし子になった私たちを引き取って、実の娘同然に育ててくれたこと。一緒に都で暮らしたこと。感謝しようにもしきれないほど、その思いは深いです。でも、私は太郎さんと一緒になりたいです」
「お前の思いもわかる。だが、こいつは守邦親王の孫という逆賊の血筋を騙る痴れ者。ここで絶やさねば、いずれ大いなる禍根となる」
「血もどうでもいい」
綾は太郎を助けるべく、かためている父を引きはがそうと大袖(大鎧の肩や上腕を守る部分)の裏にある鎧直垂の袖を引っ張った。
「おい、落ち着け!!」
倒そうとしている敵へ近寄る娘を、盛見は引きはがそうとした。だが、そこへ、14、5歳ほどの立派な鎧に身をかためた少年が間に入ってきた。少年は、
「辞めてください。これ以上引き留めるのは見苦しいです。ここは潔く認めてあげましょう」
と言った。
「持世、お前も奴らの味方をするのか?」
まさか、嫡男として大事に育ててきた持世にも邪魔をされてしまうのか……。盛見は涙を流した。
「私も、姉上と父を同じくする一人ですから」
「そうか、そうであったな……」
涙を流しながら、盛見は持世に斬りかかった。
父の太刀を、持世はしっかり受け、姉である綾と将来の義兄太郎の方を向いて、
「姉上、今のうちに。父はここで止めておきますから」
と言い残し、父を引き付けた。
「ありがとう」
頼もしくなった弟に笑顔でそう言ったあと、綾は着物の袖から端切れを取り出し、
「太郎さま、お久しぶりですね」
と挨拶をした。
「綾、会いたかった」
砂塵で黒くなった顔に、明るい笑みを浮かべながら、太郎は返した。その頬には涙が流れている。
「こんなに汚れて。きれいな顔が台無しですよ」
端切れで綾は、太郎の砂塵をぬぐった。
「ありがとう」
きれいになった太郎は、微笑んだ。そしてゆっくり立ち上がり、
「行こうか」
と綾の手を取った。
「うん」
いくつもの困難を経て再会した太郎と綾は、手を繋いで戦場の中を去っていく。




