第11話 謁見(後編)
──新田義貞が鎌倉を攻め、北条高時とその一族二百余名が東勝寺で自害した戦のおり、将軍であった守邦親王は鎌倉を脱し、京を目指して中山道を進んでおりました。この女性は守邦親王の側女で、祖母には守邦親王との間に生まれた乳飲み子がいました。この乳飲み子こそが、太郎の父でございます。女性については、言わずともわかると思いますが、太郎の祖母でございます。
落ち延びている途中、守邦親王は潜伏先である武蔵国の比企で、落ち武者狩りに目をつけられ、その傷が元で薨去あそばされました。
残された太郎の祖母と幼い父は、残っていた武者たちに守られながら、動乱の関東から信濃へ落ち延びました。
女と乳飲み子。社会的にはかなり弱い立場。どこか寄る辺を探さなければ、母子共々路頭に迷ってしまします。そこで太郎の祖母は、信濃の善光寺を頼りました。そして、太郎の父とその祖父守邦親王の形見である金造の太刀をそこの僧侶に託しました。その後祖母も病に倒れ、亡くなってしまいました。
孤児となった太郎の父は、寺の稚児として大切に育てられ、成人する年となりました。ですが、太郎の父は僧侶になる道を諦め、鍬を持って世俗の一人として生きる道を選んだのです。
このときは、我が曽祖父や祖父が、吉野や諏訪神党と結託していた中先代(北条高時の遺児時行のこと。高時と足利尊氏の間という意味でそう呼ばれている)と争っていた頃。このまま僧侶になれば、憂き世のことなど考えずともよいのに、わざわざ俗人となったことには、何か思うところがあったのでしょう。
太郎の父は村の片隅にある土地に畑を作り、そこで獲れた作物を村の市で売って暮らしていました。
村と辺縁にある自身の土地。この二つを行き来する過程で、更級郡の小さな名主の一人娘である太郎の母となる女性と出会いました。
太郎の両親は結婚し、一つ屋根の下で暮らすこととなりました。太郎の父は寺にいたころに読み書きや算盤、武芸を習っていたこと、跡継ぎの男子がいなかったことから、舅殿は、たいそう太郎の父を気に入りました。そのため、すぐにこの名主の家の跡取りとなりました。
結婚してから数年後に、太郎の母は一人の男子を身ごもりました。それが、ここにいる太郎です。
太郎も無事に生まれ、一家は幸せに暮らしていました。
ここまでならば、幸せなお話で終わりましょう。本当の不幸は、ここからはじまりました。
太郎が生まれて2年後に、太郎の父が流行り病で亡くなってしまいました。そして跡を追うように太郎の母も亡くなってしまいます。
残されたのは、名主の老夫婦と太郎の二人。名主の老夫婦は、互いにもう50を超えていました。亡くなるのも時間の問題。そこで隣村の名主の家から養子を取り、太郎が成人するまでの繋ぎとしたのです。
後ろ盾であった名主の老夫婦がいたころは、まだ太郎も安全に育てられていました。ですが、太郎が3つになるころ、直接の血のつながりのある母方の祖母が亡くなりました。
直接血のつながりのある親族である太郎の祖父母が亡くなったのをいいことに、義両親は彼らの築いた財産を独り占めし、太郎を奴婢のごとく子機使いました。そして何かあったときに、自身が皇族の末裔と僭称できるよう系図を捏造したのです。
まだまだ子供である太郎。身体と共に、心も育っていきます。当然、奴婢同然の扱いに疑問を持つ日がやってきます。それでも太郎は、その疑問を押し殺し、義理の両親の元で暮らしていました。自分にはここにしかいる場所が無いから。ここから離れれば自分は飢え死にするしかないから。大人になるまで我慢しよう。そう自分に言い聞かせ、辛い境遇を生き抜いていました。
そして13歳になって少し時の経った日の夜、太郎は生まれ育った家を出、職業を転々としました。要領の悪さから、どれも長続きせず、自身の能力への絶望から「ものぐさ太郎」になり、我が臣下の者に養われるまで辻の廃墟で暮らしておりました。
※
「話は以上にございます。長々と申し訳ございません」
語り終えた長秀は頭を下げ、回廊の方へ下がる。
「真実か、太郎?」
帝は太郎の方を向いて聞いた。
「我が祖父母や幼き頃に亡くした父母のこと、育ての両親が皇族の末裔を騙ろうとしていたのは初めて知りました。なお、私の過去については、全て本当のことでございます」
淡々とした口調で太郎は答えた。祖父母も両親も名もなき者だとずっと思っていた。母方の祖父母も、義理の両親も、その他の親戚も、近所の人も、誰も自分のことを教えてくれなかったから。だが、調査で自身があの鎌倉の皇族将軍の末裔であったことが判明したことについては、驚いたと同時に、自分にも立派な先祖がいて誇らしい気持ちになれた。
長秀が過去を語り、太郎がその真偽について答えたあと、舎人が神と人とを隔てる簾を開けた。
簾を開けると共に、帝が顔を出す。きりっとした白い束帯に身を包んだ、優しげな顔つきの男性であった。
「大変であったな、太郎」
帝は優しい声で語りかけたあと、
「朕が不徳ゆえ、何も助けになれず、申し訳ない」
深々と頭を下げた。
突然頭を下げた帝に、太郎は困惑した。たとえ皇胤といえども、自分は下賤の身。そんな自分の前で頭を下げられても、どうしたらいいかわからなくて困る。
しばらく考えたあと、太郎は一呼吸し、
「そう、自分を責めたりしないでください」
といった。
「本当に申し訳ない」
「27年間大変なことはたくさんありましたが。でも、そうした大変なことがあったからこそ、自分はこうして殿や帝にもお会いになることが出来ました。私はこれで、とても幸せでした」
「そうか」
帝は微笑みを浮かべ、間を置いたあと、
「鎌倉将軍第九代守邦親王の裔更科太郎義勝、そなたに源の姓と従四位の位、右近の中将の職、甲斐、信濃をやろう。今宣旨を書く」
宣旨を書こうとした。
そのとき、義満は、
「帝、これは鎌倉を復権させることと同義。決してあってはならぬこと。絶対に位や官職などやってはなりませぬ」
といった。
公卿たちの間にどよめきが走る。守邦親王の孫である太郎を認めるということは、前の鎌倉政権を肯定することに繋がる。同時に、現在の政権である室町政権を否定することでもある。また、現在は弱体化してはいるが、吉野に隠然たる権威を持つ南朝勢力がこの騒動を聞きつけたら、黙っていないであろう。
ざわめきの中、太郎は、
「世を忍んで生きてきた私に位階と官職を授け、再び日の当たる場所に戻そうとする帝の心配りは、この上なき幸せにございます」
と大きな声で言った。
帝は、静かに、といって、簾の向こう側から、騒ぐ公卿たちを一喝する。
静かになったのを見計らい、太郎はもう一度言って続ける。
「ですが、姓以外自分にはどれも分が過ぎております。それゆえに、位階と官職は辞退させていただけませんでしょうか?」
「ほう、では、何を望む?」
「亡き大内義弘の娘、綾殿との結婚をお許し願いませんでしょうか?」
「そうか。良いだろう。宣旨をしたためよう」
帝は、太郎に源の姓を賜ること、大内盛見の養女綾との結婚を認める宣旨を書いた。
「ありがたきこと、この上なき幸せにございます」
太郎は帝から宣旨を受け取った。ついに綾と結婚する大義名分を手に入れたのだ。時系列としては、盛見との騒ぎが起きて、一年と半年が過ぎた辺りである。




