ミカの魔法
「『風当たり』」
それを使った途端、俺の周りの空気が一斉に俺の周りに集まってくる。とっくに慣れたもので特に意識せずに集まってくる空気を刀の周りに収束させ、刀を振るとギャンさんの胸に一筋の線が入りそこから血が噴き出す。
「ぐあっ!バカな、氷属性だけでなく風も!?貴様、人間の癖に何故魔法すら」
「だから言ったでしょ、俺の事は人間として認識しなくていいですよって」
本来強力な魔法を一つ覚えるのには相当な時間がかかる、レイ君みたいにぶっちぎりの才能を持っているぐらいじゃないとたった数日では覚えられない。それは魔法を使うのはほとんどフィーリングの世界だからだ。
よく魔法は知識の問題、どれだけ術式を知っているか、と物理特化の人は考える。まあ実際間違ってはいない、多分ギャンさんの魔王さんに勝つ自信の源になっているのは魔力量で上回っている以上に使える術式が魔王さんが知っているものよりも高度だからだろう。
魔力量は確かに多少は上回っているだろうけど、そこまでぶっ飛んだ差があるわけじゃないし、魔王さんの方が動けるからそこのプラマイはほとんどゼロだろうし。それ+術式で初めて有利に立てる程度だ。
まあそれはそれとして、じゃあ術式を知ってさえいればどんな魔法も使えるのかというと全然そんなことはない。魔王さんの強さの一因でもあるが、術式を増やせば威力や特殊効果は付け足せるがその分制御に魔力の緻密な調整が必要になる。
そしてその魔力の調整っていうのはどうしてもフィーリングになりやすい。他者にこれくらいの魔力を使うんだよって示されにくいからどれだけ優秀な師匠がいようが、魔法の習得には時間がかかるし個人によって使える魔法の数は限られる。
俺の氷器創成も刀の形状にするだけで一つの魔法としてカウントされるから、籠手を作ったので二つ。まあそれは氷属性だからある程度慣れているんだろうって判断されたんだろうが、物理でジオさんと張り合えるのに更に複数属性の魔法を使えるのは確かに異常に感じられるだろう。
俺の年齢が見た目の倍以上あるのも理由の一つではあるが、それ以上に答えは簡単だ。何故なら俺の使う魔法はメチャクチャ簡単だから。
俺が使う魔法の中で一番難しいのが氷器創成ぐらいだ、それだって先に魔力をコネコネしたものを凍らせるだけ、後は使うイメージ次第で別に微小レベルの魔力の操作なんて必要ない。
基本的に俺が教わったのは物理の拡張、補助として使えるのもだけだ、さっきの風当たりは周囲の大気を圧縮して俺が生み出した風圧を超強化するだけ。俺の剣速があってまともな中距離攻撃手段として成り立っているだけで、ギャンさんが使ったとしてもせいぜい近距離で役に立つかどうかだろう。
射出や威力の増幅のほとんどを物理に頼っているから使う術式も少なくて済むし、必要となる魔力も少ない。発動も早いし、物理さえ鍛えれば十二分に威力が保証されるのが素晴らしい。強いて弱点を上げるとしたら魔力と一緒に体力も使うのと、いつでも自在に撃てるわけじゃない事か。
具体的な年齢は知らないが、師匠は魔族とすら比べ物にならないほどに膨大な年月を生きている。その中で作り出した魔法は彼の使う魔法とは別の意味でとても効率的だ、俺の近距離メインのスタイルを崩すことなく弱点を潰すことができている。
「舐めるな!その程度で負けるほど我が憎悪は浅くはない!」
「んお?やるな」
痛みや衝撃も抜けきっていないだろうに、杖を振るってぶ厚くデカい土の壁を前に生み出す。流石に今の俺じゃあの壁を両断できるほどの力はない、魔力を多めに使えばできるかもしれないけどそれでギャンさんを仕留められる保証はない。
そんな状況で馬鹿みたいに魔力を使うわけにもいかないしつまり回り込む必要があるわけだ。出力は魔力量任せとはいえ咄嗟にこの判断はなるほど一流だな、あの状況で即座に対策を打つ冷静さと精神力は言うだけの憎悪に裏打ちされたものだろう。全然理解できないけど。
とはいえ基本的な身体能力に差がありすぎる、あの程度の距離なら大した時間稼ぎには……。いや待て、この状況は前と同じ!
「『土茨』」
嫌な予感がして逆に後ろに全力で跳ぶと、直後あの壁から俺の数歩先まで視界内の全ての地面からジャキジャキジャキって感じで針が飛び出る。大した長さではないし、所詮土だから大したダメージにはならないだろうけど範囲が広すぎる。魔王さんと戦った時に壁越しに撃ってきたから気づけたが、後一秒気づくのが遅かったら機動力を潰されてたかもしれないな。
徹底的に近づけないためのものだなこりゃ、全力でジャンプしても半分超えられるかどうか。というかその間に撃ち落される気しかしない。仕方ない、さっき考えていたことを実践するとするか。
「『風当り』」
さっきよりも遥かに魔力を込めて大量の空気を刀に纏わせて思いっ切り剣を振り、今生やされた針をできるだけ斬り飛ばす。壁には傷をつける程度だったが、これで動きやすくなった。それにまだ壁があるってことはこっちの動きは見えていない。
今度こそあの壁をぶち抜く。致命傷にならないようにちょっと下側を狙うようにして、さっき以上に魔力を込める。物理型でない彼に見切られる心配は大してないが、モーションは大きいからな。この状況なら絶対に対応不可能だ。壁越しからの攻撃、同じことをやり返してやる。
「『風当たり』+『貫穿』」
身体に染みこまされた最適なフォームで放つ貫く以外のあらゆる機能を求めていないただの突き、貫通能力としてこれ以上のものはなくそこから生まれる風圧を強化したこの攻撃は、たとえあれが鋼鉄製だろうと何の障害にもなりはしない。障子を指でつついたように一切の減衰もなく壁に穴をあけその先にいたギャンさんの右肩を貫く。
「ぐ、ああああ!ううう。まだ、だ。たとえ両手両足がもがれようと、魔法を使うのには何の問題も、ない。まだ私は」
「やめときなさいな。確かに理論上は言うとおりだけどね、痛みでまともに頭回らないでしょ?致命傷は外したけどそれでも放置していたら大量出血でくたばる可能性は十分にある、これ以上やっても俺に俺を殺すことすらできないよ。ましてここから魔王さんを倒して人間に大打撃を、なんて夢のまた夢だ」
ギャンさんが痛みでうめいている間に目の前まで歩いてきて自然見下ろす形になる、ドボドボと血が流れ出ていてもはやまともに俺の顔を見上げることすらできていない。当然だな、肩に風穴が空いたんだ。骨も神経もまとめて貫いた、右腕は今後使い物にならないだろうしその痛みも尋常ではないだろう。
かつて俺は片腕をぶった切られたが、それは生命力がスッカスカで痛覚も普段に比べてかなり鈍っていたし、速攻で治したからこそすぐに攻撃に移れる程度の痛みで済んだが、彼は違う。
気なんて使えないだろうから痛覚はいつも通り、いや老齢で体が脆くなっていることも考えると気絶していないだけその精神力はビックリものだ。正直ここで意識を落としてくれていた方が綺麗に事は収まっただろうが、やろうとしている事はともかくその強さだけは称賛せざるを得ないな。
「ギャン爺、もうやめて。彼の言う通りここからじゃもうどうしようもないよ。恨みを捨てろとは言わないし、これから人間と仲良くしろとも言わないよ。ただ、お願いだからこれ以上魔族の未来の邪魔はしないで。今ここで貴方が諦めたらきっと他の皆も妥協してくれる、今こそが最大のチャンスなの」
そう言って左手を指し伸ばす魔王さん。ここでまた魔法を使おうとしたら、最悪命は危険になるが頭をどついて意識を飛ばすしかないな。死にかけたらこっそり命属性魔法を使う気で。
「貴方の魔族を思う気持ちは分かりました。申し訳ございません、魔王様」
お、諦めたか?肩を抑えるので手一杯で手は伸ばせていないが全身からさっきまでの迫力は消えて脱力する、これで一件落着か。
って、ちょっと待て。それなら何だこの魔力の高まりは。
「私はもう自分でもどうしようもできないのです。人間を許すぐらいならば、今ここでたった一人でも」
マズい、っと直感し剣を振るおうとした直前背筋が凍る感覚があった。理由は分からないけど、このままじゃ絶対に間に合わない、これを止めるのは不可能だと……。そこまで思考が至ると即座に気で足に生命力を集中させて魔王さんの襟首を掴んでギャンさんから離れる。
と、地面から足が離れた瞬間、爆音とともに背中が高熱で焼かれ吹き飛ばされる。
「あぐっ、っったあ」
ンの野郎、自爆しやがった。全魔力をただ爆発するっていう指向性もクソもない術式だけに注ぎ込んで集中力が無かろうとノータイムで魔法を使うとは……。
手に持っている魔王さんを見ると気を失っていた。これはまあ爆発の衝撃というよりも俺がいきなり襟首を思いっきり引っ張ったせいで軽い酸欠になったせいだろうけど……。
爆発の中心地を見ると跡形も残っていない、術式としてはメチャクチャ単純だっただろうけどあの魔力量だ、消し飛んだか。
人を死なせないためにわざわざ戦ってきたのに死なせてしまったという事実は何とも苦々しいもので、数分の間俺は立ち尽くしていた。
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「ハアッハアッハアッ!フッ、ハハハハハ生き残ったぞ!」
胸の傷を抑えながら今にも倒れそうな体を引きずって扉を開ける。今回で今まで計画していた全てを失った、魔王様だけならば確実に処理できたはずなのにあの銀髪め……!死を偽装した以上、表舞台には早々戻れないし部下も全員失った。
だがまだ命があるならいくらでもやりようはある。死ぬまでに一人でも多く、人間を殺す。そうすることでしかもう私は生きられない。
「おー遅かったね、待ちくたびれたよ。もう飽き飽きしすぎてこっちから出向こうかなって思っちゃったぐらいだよ」
突然今まで聞いたこともないような声が耳に入り、前を見るとそこには白髪に黒目のナニカが椅子に座って優雅に過ごしていた。




