魔族
「降伏、だと?」
その単語を聞いた瞬間、レイ君は体をプルプルと振るわせて魔王に詰め寄ろうとした。
「ふざけるな!最初から降伏するつもりだったのなら何で戦争を仕掛けたんだ!そのせいでどれほどの犠牲者が出たとおぶっ!」
「黙りなレイ君、十中八九この子は君よりもずっとものを考えてるよ。そうやって無駄にわめくの今マジで要らないからちょっと静かにしてよっか」
頭に拳骨を落として黙らせて続きを促す。この場面で感情的な話とか一ミリも求めていない、何でその程度の事も理解できないかな?
「あ、うん。えっと、それについて説明したいからちょっと付いてきてくれる?」
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「あらまあ、これはこれは」
魔王さんに案内されて見たものは城内の俺達が通らなかった区画、露骨な装飾にカモフラージュされていて選ぼうとすらしなかった部分だった。そこには女子供や老人に手足を欠損したような人など、まあ一括りに行っちゃうと非戦闘員が集まっていた。
道中感じてた気配の正体はこれか、そりゃ不意打ちなんか仕掛けられないわな。罠が無いのも殺意が無いことだけが理由じゃなくて、この城は住居も兼ねていたからか。住む場所に罠があったら暮らしにくいもんねそりゃ。
「見ての通り、ここには沢山の非戦闘員がいるわけなんだけど。ハッキリ言ってここにいる総勢約三百人が元々私たちの領地だった場所にいる非戦闘員の全て、残りは今侵略中の領地にいる戦闘員約六百人とそれ以外がほんの少し。これが今の魔族の現状だよ」
なるほどこれは酷い。長命種は短命種に比べて繫殖能力が低い傾向にはあるけど、それにしても全員含めて千行くか否か程度なのは少なすぎる。戦争で、戦える若者をとにかく片っ端から消費し続けたせいで加速度的に子孫が少なくなってきているんだろな、そりゃあ降伏したくなるわ。
「今までの旅で見てきたでしょ?魔族の領地、というよりもこの星は今人間が支配している地域以外はもうほとんどが死んでいるか、全くの未開発かのどっちかで今から移り住んだり領土を広げたりするのはもう無理なんだよ。人間側から奪う以外にはね」
思わず苦笑してしまう。てっきり今までのあの干からびた大地は人間側からの大規模侵略を防ぐ天然の要塞的なあれのためにあるのだと思っていたけど、単純にあれが全てでだからこそ侵略戦争を仕掛けていたのか。
この状況で嘘をつく意味もないだろうし、間違いなく真実だろう。だとすると、この段階で戦争に降伏するのは苦渋の決断だろうが妥当としか言えないな。戦争をして領地を広げなければいずれ詰むのに、もうまともに戦争をできるだけの数すら残っていない。
。
今魔族が頑張れているのは端的に言って魔王さんが凄いからだろう、さっきの戦いでも実感したが一人でポイポイゴーレムを生み出して数の差を完璧に潰されているんだろうな。仮に得意であろうゴーレム関連の魔法を多用されたなら、戦略次第ではちょっと分からなかったかもな。
高い単騎戦力が戦力差をひっくり返す分かりやすい例だな、それ以外には一人一人の戦力も種族差として人間よりは高いんだろうな。だからこそ戦闘員の数が非戦闘員よりも多いなんてことになってるんだろうし。
もしここで俺達をまとめて倒せていたとしても、人間側の勇者への依存度なんて大したものじゃない。魔王さん含めてトップクラスの人達を倒せる希望が減るだけの話で、いなけりゃいないでも全滅はありえないだろう。究極人間側としては籠城戦でもすれば、事後処理に相当の時間とか金とかはかかるだろうけどほぼ確実に勝てるだろう。
とはいえ勇者を倒したという事実は士気を大きく揺るがすだろうし、人間側には強い恐怖を与えるだろう。つまりあー、そういうことか。
「要するに勇者を倒して箔をつけたかったと、降伏するにしても魔族側とこれ以上やり合えば間違いなくタダじゃ済まないって思わせるために。少しでもより良い条件を引き出すために」
「それだけじゃないよ。先代勇者はもう四十を超えて、今代勇者はまだ子供がいない。魔王もそうだけど勇者もまた血族の力、ここで勇者を殺せば最低でも今後勇者が現れる可能性は激減する。勇者も魔王もここで消えれば魔族を焚きつけるものも、逆に蹂躙できるだけの力も存在しなくなる。もし降伏が受け入れられなくてもこれなら少しは絶滅までの時間も稼げるでしょ、まあ負けちゃったからそんな仮定も意味が無いんだけどね」
ポツリと恨み言を零すがそんな言葉は右から左に聞き流しながらその前に魔王さんが言った言葉を噛みしめる。生命至上主義者としては断固反対したい理論だが、一応筋は通ってると思う。こんな風に命が無い方が都合よく物事が進むことは本当に腹立たしいが、それを抜きにすると彼女が魔族全体の利益のためにできる最大限がそれなんだろう。
レイ君みたいに感情的な奴は数えきれないほどいる、というか師匠や魔王さんみたいに合理的な側面で判断できる人の方が珍しい。そこにどれほど実益があったとしても民衆は恨みや憎しみを忘れることはしてくれない、降伏を受け入れる可能性の方が実際のところ低いでしょ。そんな簡単に魔族を許せるものかー、そこまで弱っているのならば魔族は絶滅させるべきだーなんてほざくよきっと。
次善の策までキッチリと用意しているのは好印象だな、殺せば全て解決だーなんて短絡的な思考に走っていないのはとてもプラスポイントだ。ジオさんが俺に期待した部分も一番は魔王様の身の安全だろうけど、うぬぼれるようだけど俺がいなかったら魔王さんはレイ君達を殺していただろう。勇者も魔王もどちらも死なない状況を作り出すには俺が必要だったと。
「う~ん、じゃあ俺たちは魔王さんに負けたってことにしとくか。生かされて拘束されたってすれば魔王さんの強さは過大評価されるだろうし、恨みがあるだろうに殺さなかったってことは人間側からすれば、案外魔王って慈悲深いんじゃね?って思う材料程度にはなると思うし」
適当そのものだけど、元々魔王さんが思い描いていた理想形を良いとこどりして報告すれば誤魔化せるでしょきっと。疑う必要性がどこにもないからね、勇者本人が負けたってさえ言えば噓だとしても魔王さんの嘘に合わせたってことだから要するに勇者が魔王さん側に付いたってことになる。確かに講和の妨げにはなるだろうけど人間側には何一つプラスにならないのだから、断ることはないだろうと信じたい。疑われないのは別の意味で問題な気もするけど、疑われたとしても問題はないしこれがベストな気がする。
「あの、それで戦争が終わったとしても申し訳ありませんが今の人間に魔族を養っていくだけの蓄えはありません。数年は持つでしょうけど、魔族の領地がここまで酷いとただ我々が負債を負うだけになるので長期的に見ると申し訳ないですがここで魔族を助けるのは辛いんですが……」
そう言って待ったをかけてくるのはフィラ王女、王族としての立場からの言葉だから信憑性は高いな。戦争をダラダラ続けたせいじゃね?と思うが、実際問題それは確かに無視できないな。人道的な話を抜きにすると、どうしても難しい。まあ凄く短絡的な思考をすればの話だけどね。
「戦争を止めれば多分それ以上にリターンはあると思いますよ。武器やらなんやらの消費が無くなるし、男手を別の方面に使えるようになるから生産力だって向上するだろうし人口も増える。何より魔族が力を貸せるようになるから、未開地の開拓は一気に進むだろうし魔法の研究にも大きく貢献間違いない。よほどの阿呆じゃない限りこれで断るのはないでしょ」
師匠ならここで魔王と勇者が政略結婚すればパーフェクトだね、とか言いそうな気もするけど、俺はそこまでドライじゃない。若者にそんな一生モンの話を押し付けるのは良くないからね。




