第6話
7年越しの策略は成功した。
最後の砦であるリュシールは、あんな小さなときでさえ、感情ではなく立場や義務といったものを基本として動いていた。
帝国の思惑により戦争が起きそうな事態になったことを怒ってはいたが、逃げ道はすべてエリックによって塞がれている。
この状況で、エリックの求婚に「否」と言うはずがない。
今後のファストロ国のために、エリックの手を取ることが最善だとわかってくれた。
例え、未だに第二の故郷がエジェンスだと思っていようと
例え、アレックスとの関係をはっきり言葉にできない状況であろうと
例え、承諾の言葉が「不足はない」という求婚の返事にあるまじきものであろうと
リュシールはエリックに嫁ぐことを、受け入れた―――しぶしぶではあるが。
ようやく手に入れた……んだよな?
なんとなく釈然としない想いを抱えながら、リュシールの部屋を辞したエリックは、廊下の窓から神殿を見ていた。
「エリック様」
用事をすべて済ませてきたダリウスが、次の指示を仰ぎに来ていた。
「神殿の方はどうなっている?」
「はい、多少の混乱はあったものの、今は落ち着いております。各自与えられている部屋に戻り、エジェンス国王とファストロ国王の正式な発表を待っているようです」
「それがなければ帰りそうにないな。とりあえず、ここでは破談になった、とだけ発表する方がいいだろう」
今ここでリュシールとエリックの婚約まで発表すると、裏で帝国が動いていたと言っているようなものだ。
「作戦は終了。陛下の護衛を残し、神殿に潜んでいた兵たちは帰還させろ」
「わかりました」
軽く頭を下げたダリウスだったが、そのままそこから動こうとしない。まだ何かあるのか、とエリックが声をかけた。
「友として、一言よろしいでしょうか?」
「―――なんだ、よ?」
エリックが友に対する砕けた口調で問い返すと、従順な副官の顔をしていたダリウスの表情がすっと変わった。心底呆れた、とばかりの表情に、エリックは嫌な予感がした。
「お前は、馬鹿かっ」
「…」
「素直に『好きだ』と口説けばよかっただろ、なんであんな回りくどい言い回しで追い詰めるんだ。軍の作戦じゃないんだ。あれが初恋の相手に対する態度か?」
ダリウスが覗いていたのは最後の方のみだったようだ。
舞い上がって、さらに焦って求婚した姿を見られなかったエリックは、密かに息をついた。
『すでに素直に求婚して、信じてもらえず失敗した』
なんて、エリックは口が裂けても言えない。言った途端、「だろうな!」という罵声が浴びせられるのは目に見えていた。
憮然とした表情で、「うるさい」と反論する。
「リュシールには恋愛脳なんて欠片もない。手っ取り早く承諾させるためには、利害関係を持ち出すことが一番だ」
「―――そうですかねぇ?」
納得いかないと、ダリウスが未だに非難の視線を向けてくるが、エリックはそれを綺麗に無視をした。
「一言が長すぎるぞ、ダリウス。さっさと行動しろ」
その言葉に、ダリウスは静かに頭を下げて命令を伝えるために動き出した。
※ ※ ※
確かにエリックの言い分は正しかった。
嫁ぐことに前向きになったリュシールの働きで、ファストロ国王もすんなりと納得し、異例の5か月というスピードで結婚式を執り行うことができた。
しかし、それゆえリュシールがエリックを恋愛的な意味で意識するには時間がかかることになる。
リュシールに事務的に接される度に、エリックは地味に傷つき、軍の本部で黄昏れる姿が度々目撃されるようになるが、まさに自業自得だった。
これで完結とさせていただきます。
エリック側からのお話、いかがだったでしょうか?
実は、アレックスよりも馬鹿なのでは…と思わなくもないです。
次は、アレックス視点―――ではなく、もう一人別の人視点からアレックスのその後を書きたいと思います。
よろしければ、またお付き合いください。
拙作を読んでくださってありがとうございました。