8章:…まだわからないの?
あれから数日。私の身体は空虚感に侵されいた。やるせない感覚が頭の先から足の先まで蝕んでいるみたいだった。仕事もベースの練習もまるで身に入らない。一体私はどうしたらいいんだろう?
そんな私に同調しているのか、今日は非番だというのに朝から曇り空が広がっていた。そんな澱んだ空を私はボンヤリ見ていた。
(僕は他に好きな人がいるんです。)
(僕は帆乃風さんが想ってくれている気持ちを、返す事はできないと思います。本当にすみません。)
「ナオ君…。」
あの夜を過ぎてから寝ても覚めてもナオ君の事ばかり考えてしまう。彼の言葉一句一句が私の胸を締め付けて凄く苦しい。ただ目をギュッと瞑って歯を食いしばるのがやっとの私に、それ以上どうすればその苦しみから開放されるのか成す術は無いに等しかった。どんなに彼を呼んでも振り向いてくれはしない。そう、私はただの見知らぬアクトレスに過ぎないのだ。
「はぁ〜、ダメねこれじゃ。気分転換に散歩でもしてみようかな。」
私は澱んだ空の下に一歩踏み出すことにした。
出てすぐに雨が降って来たから持っていた傘をさす。ふふ、こんな雨降りに散歩だなんて酔狂なものね。でもなぜかな、この雨が今の私にとって心地良くて、不思議と安らぎを感じるわ。
だから私は帰らないでもう少しだけ歩く事にした。
気が付けば繁華街に来ていた。散歩のイメージにしてはかえって場違いなところに来ちゃったわね。仕方ないわ、引き返そう。
そう思って来た道を戻ろうとしたその時、私に声が掛かる。
「あれっ?ノッカ!?」
振り向いた先にいたのは、カワイイ系の女の子。え〜と、名前は華音ちゃんだったわね。
「華音ちゃん?」
「やっぱりノッカだ!買い物してるの?」
「ううん、違うの…私は…」
そこまで言いかけて私は華音ちゃんが傘を持ってないことに気付いた。
「傘持ってないの?」
「うん。持ってくるの忘れちゃって。今日はもう用事が済んじゃって帰るだけだから良いんだけどね!」
苦笑しながら濡れた前髪を上げる華音ちゃん。服も随分と濡れてしまっている。
「ダメよ、そんなになっちゃって!風邪引いちゃうわ!私の家すぐそこだから、服乾かそう?お風呂もあるし、ね?」
「い、いいよアタシは!なんか悪いし。……へっくち!!」
「ほら、遠慮しないで、何か美味しいもの作るから!」
「えっ?…いひひひ〜♥じゃあ、遠慮なく♪」
「ふふふ、いい子ね。」
なぜかな?私は華音ちゃんを家に連れて行くことにした。単に気を紛らわす為のきっかけに過ぎなかったのかもしれない。けれど今の私にはこの子の存在が暖かくて、心地良くて、なんて言えば分からないけれど、安心感があった。
自宅に到着してすぐにお風呂の準備に取り掛かる。
「ちょっと待ってて、すぐにお湯張るから。服は濯いでおくから脱いじゃって。全部。」
「ぜ、全部!?…なんかエッチだね、ノッカって。」
顔を赤らめた華音ちゃんは突拍子もないことを口走った。
「どうしてそう思うの?」
「ノッカって美人で綺麗だし、何かこうエキゾチックでヒステリアスな感じがあるもん!」
ヒステリアス?
「それを言うならミステリアスじゃない?」
「あはは、そうとも言う♪」
キャミソール姿になった華音ちゃんは笑って誤魔化した。
「でもありがとね。」
「か、勘違いしないでよね!アタシの方が可愛いくて魅力的なんだからっ!」
口を尖らせてそう言った華音ちゃんがどことなく咲姫にダブって見えてしまい、またしても私は胸を痛めてしまった。そう、あの娘の方が可愛くて魅力的なのよね、ナオ君にとっては。
「そうね。私なんかより華音ちゃんの方が可愛いよね…。」
「あっ、いや…アタシ、ゴメン、そんなつもりじゃなくって…」
「ううん、いいのよ。私は本当にそう思うから。お湯入ったわよ?」
私は華音ちゃんの顔から目を逸らしてお風呂を促した。
「あ、ありがとねっ!じゃあアタシお風呂に入るね!」
華音ちゃんは下着を脱ぎ捨てて浴室に入った。
「はぁ〜。」
洗濯機を起動させながら私は大きな溜め息を吐いた。
とりあえず食事の用意をする。カルボナーラのソースを作ってパスタを茹でる。コンソメサラダとオニオンスープを作って華音ちゃんがお風呂から上がるのを待つ。
「ふ〜、いい湯だった♪くんくん、美味しそうな匂い…。」
「着替えは私の服を着ていいからね。でも下着は…ちょっとだけ我慢してね?」
「ありがと!アタシ、付けない、履かない派だから気にしなくていいよ!」
いや、気にするわ。ノーパンノーブラノープロブレムですか華音ちゃん?あなたの方がエッチよ、間違いなく。
「ねぇねぇノッカ。どれ着て良いの?」
「好きなので良いわ。ごめんね、色気のない服ばかりで。」
そうなのよね私、男っぽい服ばかりで可愛い服なんてほとんど無いのよね。それと言ったら、咲姫と買いに行った服とナオ君に会う時の服ぐらいしかないし。まあ、それを選んでくれれば有り難いかな。
「じゃーん♪似合ってる?」
華音ちゃんが選んだのは………整備用のツナギ!?なぜ敢えてそれを選ぶの?というかノーパンノーブラで着るものじゃないからソレ。
「華音ちゃん、ソレだけは止めて…エロいわ。」
「やっぱり?」
当然でしょ!大体初めて見たわ、そんな格好でツナギ着る人。てか、胸元閉めなさいって!いや…むしろ脱ぎなさい!…じゃなくて着替えなさい!
結局華音ちゃんは咲姫と買いに行った時の服を選んだ。ちょっと大きいけど、いいよね?
「それじゃあ食事にしましょう。」
「やった!アタシ腹ペッコペッコなのよね!」
ササッと席につく華音ちゃんの前にカルボナーラパスタとコンソメサラダとオニオンスープを並べる。途端に旺盛な食欲で食べ始めた。どうやら相当お腹が空いていたみたいね。満面の笑みで食べる彼女を見ていたら、ついつい私の口元も緩んでしまう。
「うん〜まいッ!!」
「そ、そう?それは良かったわ。」
「ノッカ…おかわりしてもイイ?」
「いいわよ。」
「やった!」
「随分食べるのね。」
「今日は朝から食べてなくってさ。アタシ一人暮らしで最近金欠で貧乏ちゃんなんだ♪」
「んで、さっきはバイトの面接に行って来たってわけ。」
「ちなみに何のバイトなの?」
「メイド喫茶“黒猫さんの黒魔法、たまに白魔法”。」
店名ながっ!?メイド喫茶ね……、確かに華音ちゃんにはピッタリかも。
「あそこの白いメイド服が着たくてさ、でもってネコ耳つけて白魔法つかって萌えてみたいな♥」
「そ、そう…、それはいいわね…。」
何言ってるのかよく分からないけど、楽しそうね。
「あ、でも、黒はダメだよ!黒ってのは邪悪で下品な色だからノッカも気を付けなよ?」
き、聞いてないしそんな事…。まいったわ私、黒結構好きだけど…。
「黒髪とかダメ?」
「ダメッ!!」
即答…。私思いっきり黒髪なんだけど…。
「今からコーヒー煎れようとしているんだけど…」
「ヤダッ!ミルクがイイっ!!ホットで♪」
あーそう…。
私は妙に白にこだわる華音ちゃんにホットミルクを出してあげた。私はコーヒーを飲もうとしたけど、ジッと見る彼女の目線に負けて仕方なくカフェオレに作り変えた。
「ところで…」
「ホワイトチョコでッ!!」
いや…まだ何も言ってないし。それでもちゃんとホワイトチョコを出してあげる私。
「あ、そうだ!アタシ…」
「お豆腐なら無いわよッ!!今切らしているからッ!!」
今度は私が先手を取った。
「何言ってんのノッカ?」
「いや、なんでもないわ。今のは忘れて。で、何?」
「お願いがあるんだけど……ノッカのベース、ちょっとだけやらせて〜?」
華音ちゃんはホワイトチョコをくわえながら両手を合わせてお願いのポーズを作る。なんかカワイイ…。
「いいわ。私ので良ければ。」
「やったね!」
華音ちゃんは飛び跳ねる様に席を立つと私の愛機“Warwick Streamer LX4”を手に取った。
「どう?カッコイイ?」
「うん、カッコイイわ。何か弾いてみて。」
以外と様になってる華音ちゃんに感心しながら私は何か弾いてもらうようにリクエストした。
「エヘヘ、じゃあちょっとだけ。」
そばにあったピックを手に取って彼女は弦を弾き始めた。
♪〜♪〜♪〜
“31文字で終わった愛
燃えて尽きた炎が儚く消えた
アタシの瞳に映るのは割れたグラス
風を受けて扉が軋んでいた
恐らくその後は何もない
もちろん前にも何もない
あるのは失望と…絶望
アタシは立ち尽くしていた”
「凄いじゃない!華音ちゃん!さすがベースヴォーカルだわ!」
「むふふぅ〜もっと褒めるがいい!」
いいなぁ華音ちゃんは、楽しそうで。
「そうそう、さっき私が華音ちゃんに聞こうとしたことがあったんだけど…いいかな?」
「なぁに?」
私は切り出す。
「華音ちゃんはどうしてバンドをやろうと思ったの?」
「よくぞ聞いたっ!よくぞ聞いたぁっ!!」
なにこのテンションは!?そして何故2回言ったのそのセリフ?私はぽかんと口を開けて華音ちゃんの話を待つ。
「アタシ高校生の時に友達に連れられて、とあるライブを見に行ったのよね!」
「うんうん。」
「そのライブで演っていたバンドにスッゴイ衝撃受けてさ、アタシも演ってみたいってなったの!」
へえ〜、どんなバンドだったんだろう?
この後私はもの凄く驚愕してしまう。なぜなら…
「何ていうバンドだったの?」
「ラ・モールってバンド!今は解散しちゃったらしいんだけどね。」
「な!?」
「ノッカ、知ってるの?」
「ううん、聞いたことがある…だけ。」
いや、知ってるもなにも…。そのバンドは昔私が演っていたんだけど…。まいったわ、どうしよう?
そんな私の心境をよそに、華音ちゃんは興奮したように続ける。
「それでそれで、そのバンドにいたベーシストがスッゴイカッコよくて、もう憧れだったの!名前はレイスっていうんだけど。」
それ…、私よ。
「でも、ヴォーカルもカッコよくて、好きだったんだよね!ちなみに名前はバンシーっていうの。二人とも女の子で、アタシも演るしかないって思ったのよね!」
その子は私の…。
華音ちゃんが喋れば喋るほど私の過去の事象が高速でフラッシュバックするのを体全体で感じた。肌の感触、血の味、叫び声、フレグランスの香り、闇の光…。何故?何故なの?どうして今更になって……、私は決別したはずなのに何故?
「アタシはベースから弾き始めたんだけど、ヴォーカルも捨てがたいなぁってなって、だからくっつけてベースヴォーカルにしちゃえって!アタシ天才でしょ?憧れのベーシストとヴォーカリストを目指して………ノッカ?…聞いてる?」
はっ!?
「どうしたの?怖い顔して?…もしかしてラ・モールのことあまり好きじゃなかった?」
「あ、いや…そのラ・モールのベーシストってどんな感じだったの?」
「えっ!?あ、ああ、赤のスペクターのベースを弾いてて、背丈はノッカくらいで結構スラッとしてて…でもフード被ってたし、口元を隠していたから素顔を見たことはないし、話をした事なんて一度もなかったなぁ。まあ、話はともかく、遠くからでも顔くらい見てみたかったなぁ…。」
いや、凄く近くで見てるわあなた。おまけにお釣りが来そうなくらい喋ってるし。
「あっ、そうそう!右上腕に死神のタトゥが彫ってあったんだ!あれがまたカッコよくって、アタシも彫ってみようかなって……お金があればだけど。」
これ以上隠してもしょうがないと思い、私は正体を明かす事にした。なぜか、私はこの娘には嘘を吐きたくなかったから。
「弾いていたのはこれでしょ?」
私はしまっておいた別のハードケースを出して彼女に見せる。フタを開けると真紅のボディに、ロングスケールの24フレット、スペクターのベースが横たわっていた。
「そうそう、コレコレ!でもなんでノッカがコレを持ってるの?」
「…まだわからないの?」
私は上着を脱いで右上腕をさらけだす。そこにあったのは巨大な鎌を持った死神のタトゥ。
「ノッカそれっ、アンタまさか!?」
「そうよ、私は元ラ・モールのベーシスト、当時の名前で言うとレイスよ。」
「本物!?」
私は無言で頷いた。
「………!」
無理もないわ、あれだけ好きだの憧れだの言っていた人物が、目の前にいて今まで会話していたんだから。案の定華音ちゃんは絶句してしまった。
「ごめんね、隠すつもりはなかったの。」
「お姉様って呼んでよろしいですか?」
「はい?」
「アタシのお姉様になって下さい!」
「華音ちゃん、意味が解らないんだけど?」
「アタシの事は華音でいいです、お姉様!」
「はあ…。」
彼女の眩しいくらいキラキラと輝く眼が私を困らせるに至る。何かおかしな事になっちゃったわね?私さっき言った事を少し後悔してるかも。
「ところでお姉様は一人暮らしなんですか?」
「え?…そうよ。」
「ぜひアタシをお側に置いて下さい!」
「へゃひ!?」
な、何言ってるのこの娘!?つい変な声が出ちゃったじゃない!
「それは出来ないわ。」
「そんな!アタシ、憧れのお姉様の側にいたいんです!お姉様と一緒にいたいんです!お姉様にゾッコンなんです!!」
「その呼び方はやめなさいっ!!」
私が強く怒鳴ると、彼女は目に涙を浮かべる。
「…お姉様はアタシの事が嫌いなの…ですか?」
ぽろぽろと涙をこぼして上目遣いに私をじっと見つめてくる。はぁ…まいったわね。
「…わかったわ、一緒にいていいから。ごめんね、怒鳴ったりして。お姉様でいいから泣かないで。」
私がそう言った途端に顔をキラキラさせる。
「本当ですか!?アタシ、嬉しいですお姉様っ!!」
がばっ!
ふわりとシャンプーの香りが漂ったかと思えば、なんといきなり彼女は私に抱き付いてきた。
「ちょっと!?華音!?やめなさいって!」
「大好きですお姉様っ!」
気が付けば唇を環状にして私の唇に近付けてくる。それだけは無理だからッ!
「やめろォッッ!!」
ガンッ!!
側にあった食卓の椅子を彼女の頭に振り下ろした。脚を残して粉々に砕けてしまった木製の椅子が辺りに散らばった。
しまった、私なんてことを…
「アタシの恋は〜お姉様と〜空を飛んでますぅ〜…」
バタッ!
「ちょっと!?華音!?しっかりしなさい!華音っ!!」
ダメだ、完全にブラックアウトしてしまった。仕方ないわね…、気が付くまでベッドに寝かせて置こう。
私は華音をベッドに横たえて溜息を吐いた。はぁ〜この娘と暮らすのかぁ、本当にまいったわね。
「…お姉様大好き…」
寝言で呟く彼女を見て私は頭を痛めた。
「大好き…か…。」
私だって…彼が…彼の事が……。
加えて込み上げる想いを拳を握りしめてじっと耐えた。
それから華音が目を覚ましたのは4時間後の午後5時。雨はいつの間にか上がっていた。
「目が覚めたようね。」
「お姉様…?アタシ…?」
華音はどうやら寝ぼけているようだった。
「頭の具合はどう?いきなり叩いちゃってゴメンね。お詫びに…」
「愛の接吻ですかッ!?」
「違うッ!!」
またしても飛び付いてくる華音の顔を、私は手の平で制した。
「雨も上がったし、、服も乾いたし、これから食事にでも行かない?」
「行くッ!行きますッ!お姉様っ!!」
キラキラと眼を輝かせて喜びを表現する華音。
「じゃあ服着替えたら行くわよ。早くしなさい。」
「はい!お姉様っ!」
ちなみに私もさっき着替えてみたのよ。これでも一応女なんだから可愛い服着たいしね。
「……お姉様、恥ずかしいからあんまり見つめないで下さい。」
そう言われて振り向くと、全裸にブラを噛み締めた姿の華音が悦な表情を見せている。
「見つめていないから!早く着替えなさいッ!!」
私は華音の服を彼女に投げ付けた。全くこの娘は!
家を出てから歩いて繁華街に着いた私達。雨上がりのせいか、空気が澄んでいて、遠くでは夕暮れの太陽がビルの向こう側に消えようとしていた。
「それで、それで、お姉様は何処に行くんですか?」
さっきからテンション上がりっぱなしの華音。
「料理の美味しい居酒屋があるの。私達のバンドがよく行く所よ。………お願いだから腕に抱き付くのはやめなさい。」
まるで磁石のようにくっついてくる華音を引き剥がしながら、居酒屋“天地海”に向かう。
「エヘヘ、お姉様といっぱい飲んで……酔った勢いで……愛の証を築いて…その後は激しく…キャ〜!!」
……私、今この娘を凄く叩きたいわ。
やれやれと溜め息を吐きながら横断歩道で信号を待つ。そこで私は道路の向こう側の建物に掛かっていた、ある人影に目を向けた。
あ……、あの男は!?まさかっ!?
その建物の壁によしかかって立っていたのは、そう、私がよく知っている男、ラ・モールのギタリスト……
にわかに体がわなわなと震え出した。
「お姉様?どうかしたんですか?」
華音の呼び掛けに私は我にかえった。
「ううん、何でもない…の……。」
華音に笑みを見せて誤魔化し再び向こうに目を向けたが、そこにはもう誰もいなかった。何だったの今のは?気のせいだというの?私は幻覚でも見たというの?いや…見間違えなんかじゃない、確かにあの男だった。でも何故今更…?
「お姉様!早く早く!」
「ええ…。」
疑問が解けないまま私は天地海に向かった。
居酒屋内はそれほど混雑していなかった。いつもは満席に近い状態で、バンドではよく個室を好んで飲むから待たされる事が多々あったが、今日はすんなりと個室に入る事が出来た。
「やあ、帆乃風ちゃんじゃない!」
従業員の一人に声をかけられる。
「どうも、こんばんは。」
そうそう私、とある理由でこの居酒屋では従業員、客問わず有名人なのよ。
「珍しいね!今日は二人?その娘は誰?」
「この娘は、かの……」
「アタシはフィアンセよ!」
「はい?」
まただわ……もうッ、この娘は!
「お姉様はアタシと愛の赤い糸でむがっもごっ!?」
「ただの連れですので!」
「は、はあ…。」
私は華音の口を塞ぎながらそそくさと個室に入ってアルコールと料理を適当に注文した。
「華音、お願いだから誤解を生むような発言はしないでね。」
「何を言っているんですかお姉様!誤解なんてとんでもない、さっき言った事は嘘偽りのない事実なんですよ!」
「嘘偽りよッ!!」
即答した私に対して、みるみるうちに顔を曇らせていく華音。困った娘ね…。
「ごめんね華音。フィアンセってのはちょっとあれだけど、私はあなたのこと大好きだ…から、そんな顔しないで、ね?」
何言っているの私。
「あ、アタシこそゴメンなさい。アタシ、お姉様を愛し過ぎたばかりについ行き過ぎてしまっちゃって……。でも、それでも、アタシはお姉様のことを思うと悶え苦しくて……所詮アタシにはお姉様を愛する事など罪なのですか?許されないのですか?アタシの愛は叶わぬ愛なのですか?」
はぁ…その質問、私にどう答えろって言うの!?というか何この会話?ここが個室で助かったわ。仕方ないわね。
「あなたと同じよ。」
「お姉様?」
「華音、私にだって愛はあったのよ…。」
「お姉様がアタシと同じ?愛はあった?何の事ですか?」
届いたカクテルを一口だけ口にして、私は絞り出すように話を始める。
「私もね、とある一人の人を好きになってしまったのよ。」
「そんなッ!」
いや、そこで落胆しないで。
「ん、ん。それで、いつも彼の事が気になって、気が付けばボンヤリと考えていたわ。あまりにも夢中になり過ぎて夜も眠れなくなるほどに。ベースが弾けなくなるほどに。車のアクセルとブレーキを間違えるほどに。」
「あ、危なッ!?」
「そして私はついに溜め込んだ想いを彼に伝えたのよ!“あなたが好きです”って!」
私は無意識に立ち上がっていた。
「お、お姉様!?」
ゴクリと華音の喉が鳴った。
しかし私はへなへなと座った。
「好きな人がいたの。私じゃない人がね。彼も私と同じで彼女に夢中なの。だからもういいのよ。私の一人愛劇は幕を閉じたわ。それがつい3日前のこと。」
「そんなことがあったんですか…。ちなみに彼って誰なんですか?」
「ナオ君♥」
「うそーん!?」
派手なリアクションの華音。とりあえず落ち着いてね?
「ナオちんの好きな彼女って?」
「…咲姫。」
「ブッ殺す!!」
「やめなさい。」
立ち上がった華音の両肩を押さえ込んで強引に座らせた。
「しかし酷いですね、ナオちんも咲姫も!アタシ、ナオちんにかなりジェラっちゃうな!お姉様の愛を踏みにじるなんて、許せないです!」
「いいのよ、二人とも何も悪くないわ。悪いのは二人の間に入ろうとした私の方なんだから。」
カクテルの氷がカラリと音を鳴らした。
「お姉様…。」
「今頃二人は…きっと…。」
「今日はパァッと飲みましょう!ね、お姉様!!」
華音が無垢な笑顔を見せてカクテルを煽った。
「そうね…ありがとね華音。」
「じゃあお姉様とアタシの同棲祝いに乾杯!!」
「ハハ……乾杯。」
☆☆☆
もう何杯飲んだんだろう?さすがにそろそろ苦しくなってきたわ。
華音もウォッカを相当飲んでいて、へべれけの一歩手前といった状態だった。
「華音?大丈夫?」
「るぁいじょ〜ぶぃ、お姉しゃま♪あ、アタシトイレ〜。」
ふらふらとトイレに向かっていった華音。大丈夫かな?
とりあえずタバコに火を着けた私は、水のグラスを頼んで彼女の戻りを待つ事にした。
しかし、10分、15分経っても華音はトイレから出てこない。まさかトイレで寝てるんじゃないでしょうね?私は席を立ってトイレに向かった。
「華音?大丈夫?」
トイレはガランとしていて人の気配はまるで無かった。本当に寝てるのかな?おもむろにトイレの個室の扉をノックしてみたが、私は愕然としてしまった。なぜなら扉には鍵が掛かっていなくて、便座の蓋にはシュシュがポツンと残されていたからだ。そのシュシュは紛れもなく彼女…華音のものだった。どういうこと?あの娘何処に行ったの?なんだろうやな予感がする。胸騒ぎがする。そのシュシュを手に取って急いで個室に戻った。
遅かった。テーブルに置いてあったはずの華音の携帯が無くなっていた。さらには私のまで。誰が?一体何の為に?華音は何処?どうなっているの?
「あの〜帆乃風ちゃん?」
従業員の人が私に尋ねた。
「はい?」
「手紙を預かっているんだけど、…はいコレ。」
従業員の人が私に手紙を渡した。私はそれよりも先に華音のことを聞く。
「私の連れは…華音は何処?」
「ああ、あの娘なら別のお客様と出ていったよ?酷く潰れてぐったりしていておんぶされてたなぁ。聞いてなかったのかい?」
私は手紙を開けた。そこにはこう書かれていた。
“造船所跡地に来い。誰にも連絡はするな。一人で来るか、それを形見にするか、よく考えろ。”
私は彼女のシュシュを握り締めて天地海を後にした。




