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8章:ああ、俺のせいだ。全部俺が悪い。

俺はホテル内で帆乃風を探していた。

さっき階段でばったり彼女に会った後、部屋に向かって歩くこと10mくらいの地点で一枚のハンカチが床に落ちていたのを発見した。俺はそれに見覚えがあった。練習の時に汗を拭くのによく使っていたやつだ。そう、それは彼女の…帆乃風のモノだった。


「…やっぱ、那秧のところに行ったのか?」


俺はとりあえず中庭に向かうことにした。


中庭はひっそりと静まり返っていた。穏やかな風がさわさわと木々の葉を揺らしている。今日は月が出ていて夜の闇をほのかに照らしていた。


「いないな。もう部屋に戻っちまったかな?」


俺は辺りをきょろきょろ見ながら彼女を探す。


「ああ、いたいた。」


帆乃風と那秧だ。庭を照らすスポットライトから外れたところにいたから気が付くのが遅れた。俺はそこに近付こうとしたが、足を止める。何か様子がおかしかったからだ。俺は近くの木の陰に隠れて様子を伺うことにした。にわかに話声が聞こえてくる。


「私、初めて出会った時からナオ君の事が…」


「好きなの!」


おお!ついに告白したか帆乃風。でもまいったな…これじゃあ俺ただの盗み聞きだよ。しかも出るに出れないし。


俺は仕方なくその場にとどまり引き続き様子を伺う。

しかし那秧の口から出た言葉は残念なことに彼女の希望に応えるものではなかった。

それは帆乃風の胸を締め付けていたのと同時に、俺の胸も締め付けていた。それがたまらなく苦しくて、歯を食いしばってひたすら堪える俺。


それから彼女は最後に那秧に「ありがとう」を言うと、そのまま走り去ってしまった。


「……ッカやろ…。」


俺は自然と吐き出した。そして木の陰から姿を現す。


「バッカ野郎!!どうせ振るんならもっとマシな振り方しやがれッ!!」


「鋭士さんっ!?」


俺はハンカチを握り締めながらそれだけを那秧に言うと、そのまま帆乃風の後を追いかけた。



運がいいことに帆乃風はロビーの柱を背にうずくまるようにして座り込んでいた。


彼女は小さくなりながらただ目を閉じていた。


「…帆乃風。」


俺は一瞬ためらい、なんとか声をかける。帆乃風はそっと目を開いた。その瞳は潤んではいなかった。


「…鋭士さん…、見てたの?」


「ああ、すまない。偶然だったんだ。悪かったよ。」


しかし帆乃風は力なく首を横に振る。


「…悪くないわ。」


「そうか。…しかし那秧もひどい奴だな。それから、咲姫も。」


嘲りを混ぜた俺の言葉に帆乃風は目を大きく丸めて力強く横に首を振る。


「ナオ君を悪く言わないで!ナオ君はちゃんと応えてくれたわ!私の事、応えられないけど大切だって!大好きだって!はっきり応えてくれたわっ!それに、それにっ、咲姫だって!」


声を荒げる帆乃風を前に、俺はそばにあった長椅子に座り込む。


「そうだな…じゃあ、俺が悪い。俺が軽々しく「大丈夫だ」なんて無責任な事言うからこんな事になっちまったな…。」


帆乃風の顔を見るわけでもなく、俺はあさっての方向を向いてボッソリと呟いた。


「鋭士さんも悪くなんかないわっ!私の事を思って応援してくれたし、私、無責任だなんて思ってなんかない!悪いのはわた…」


俺は椅子から立ち上がり彼女の言いかけた言葉を止めるように、帆乃風の口元に手を当てる。


「そういうことにしておいてくれよ、な?そうじゃないと辛いだろ。帆乃風、お前は悪くない。何一つ悪くなんかないぜ。悪いのは俺だ。本当にすまなった…。」


「鋭士さん…?」


少し驚いた表情の帆乃風に、俺は力強く頷く。


「ああ、俺のせいだ。全部俺が悪い。」


そこで俺は通路で拾ったハンカチを彼女の手の中に押し込んだ。


「鋭士さんが…、鋭士さんが、大丈夫って言うから、応えてくれるって言うから…だから、だから私は…わた…し……」


ついに耐えられなくなったのか、帆乃風の目から大きな涙がこぼれる。


「そうだ。それでいいんだ…。」


「ふっ、うっううう…」


その涙で濡れた顔を見るのが辛くて苦しかった。俺はただひたすら泣く帆乃風の横にしゃがんで頭を撫でてやることしか出来なかった。



その後俺は帆乃風を部屋に戻し、咲姫に任せて一旦ホテルを出てコンビニへ向かった。夜食としてサンドイッチと飲み物を買ってまたホテルへ戻る。


「那秧〜、起きてるか〜?寝てても起こすからな〜。」


部屋に着くなり俺は那秧を呼ぶ。案の定那秧はベッドに潜り込む寸前だった。


「どうしたんですか?」


那秧は驚いた顔でベッドから出てくる。


「運動して疲れたろ?まあ、これでも食えよ。夜食だ。」


テーブルにサンドイッチとコーヒー牛乳を並べる。


「はあ…?…いただきます。」


なんとも間の抜けた声を出してサンドイッチをむさぼり始める那秧。

俺は無言でお茶を飲みながらそんな那秧をチラッと一瞥する。


「鋭士さんは食べないんですか?」


「俺はいいよ。それより早く食っちまえよ?俺は今からソレがマズくなる話をしようと思ってるから。」


「へ!?」


それから2分後。


那秧は溜息混じりにコーヒー牛乳を一口飲む。


「帆乃風さんはあの後どうだったんですか?何か言ってました?」


「いーや。何も言ってないぜ?ハンカチ返してあとは咲姫に任せたよ。」


俺もクイっとお茶を一口飲む。


「咲姫さんに!?…咲姫さんは何か言ってましたか?」


咲姫の名前を出した途端に慌てふためく那秧。


「さあな。俺はそれっきりで戻っちまったからな。」


「…僕、咲姫さんに嫌われちゃったかもしれないです。」


「お前、まずそれかよ?自分はあんな最悪な振り方しておいて、自分の事を先に気にするのかよ?帆乃風はずっとお前の事が好きだったんだぞ?」


「鋭士さんは知ってたんですか?」


「俺どころか皆知ってるよ。知らなかったのはお前くらいだ。」


「そんな…教えてくれたら、あんなに傷つけなくて済んだかもしれないのに。」


そう言う那秧の頭を、俺は鷲掴みにして力強く握る。


「じゃあ、お前の今の気持ちを俺から咲姫に言ってやろうか!?」


「痛い痛いっ!…すみません!…でも、僕は最悪な振り方したとは思えないんですけど?」


はぁ〜。

俺は那秧の頭を開放して溜息をつく。


「あのなあ、あれじゃあ帆乃風はお前の事を恨めないだろ。アイツは自分を責めるか、咲姫を責めるかしかできねぇじゃねぇかよ!しかも話を聞けば咲姫を恨むつもりもないらしいぜ?だから今のアイツはもう自分自身を呪うことしか出来ねぇんだよ!…振る時の鉄則はあれこれ言い訳しないで、自分を憎ませるように振ってやるのが礼儀ってもんだぜ?」


「で、でも僕は、帆乃風さんに嘘つきたくなかったんです!ちゃんと僕の気持ちを正直に答えたかったんです!……そりゃあ、僕は鈍いし傷つけたと思いますよ。憎まれるのは別に良いですけど、でもだからって憎ませるために嘘をつくなんて…。好きな人が咲姫さんだって悟られたのはまずかったかもしれないけど、嘘ついてごまかしたら余計傷つけちゃいますよ。僕はそんなの嫌です。」


そっか…そうだよな。オマエは正直な奴だもんな。でもな…


「そういうの、馬鹿正直って言うんだぞ…?全くこんなののどこがいいんだ、帆乃風は…。あんだけアプローチされててわからないって、どんだけ鈍いんだよ?一体帆乃風のどこが不満なんだよお前?」


「帆乃風さんは…」


そこで那秧は一呼吸置く。


「帆乃風さんは、僕にとってお姉さんみたいな人なんです。バンドでもドラムの事を色々と教えてくれるし、いつも助けてくれます。仕事もいい仕事をしてるし、力もあるし、美人で綺麗だし、ベースを弾くところもカッコ良いし。…とにかく、こんなダサい僕なんかと付き合ったって到底釣り合うわけないですよ!」


半分ふて腐れたように吐き捨てる那秧。


「…じゃあ、咲姫はどうなんだ?」


俺は意を決してそれを聞いてみる。


「咲姫さんは…会った時から好きです。一目惚れなんです。バンドで一緒にいるうちに彼女の明るくて元気な顔を見てると、楽しくなるし。上手く言えないですけど、一緒にいて安心できるんです!だから…僕は咲姫さんが好きなんです。」


聞かなきゃ良かったな…。聞くべきじゃなかった。なんなんだこの胸の痛みは?

俺だって…俺だって、アイツの事が…。


「そうか…。わかったよ。ただ、帆乃風の件については俺が何とかしようと思ってるからな。いかんせん、アイツにお前への告白の相談受けて応援していたのは紛れもなく俺だからさ。」


「…そうだったんですか。」


「俺に何が出来るか分からんが、このままだとバンドがバラバラになり兼ねないからな。だからお前も馬鹿正直は止めてちょっとは合わせろよ?」


「分かりました。すみません、鋭士さん。僕なんかの為に…。」


「気にすんな。さ、もう遅いから寝るぞ。」


俺は複雑な気持ちを殺せずにベッドに潜り込んだ。

まいったな、まさか那秧が咲姫の事を好きだなんて…。俺が何とかするとか言っちゃったけど、正直どうしていいか分からない。バンドのこともあるし、悪い方に転ばなければいいんだが…。


この分だと今日は一睡も出来なさそうだな…。


俺は目を閉じながらも眠れない夜をベッドで過ごした。



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