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学校一のインフルエンサーは、わたしのガチ恋リスナー  作者: ほりりん


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6/12

第5話 【急募】わたしが二人になる方法

 結論から言うと、その夜の配信は、無事に終わった。


 無事に、というのは、放送事故を起こさなかったという意味であって、わたしの内心はずっと消防車が走っていた。


 一曲目の前奏で『南ひまり』の登録名がないかが視界でチラつき、二曲目のサビで『睡眠導入姫』が脳裏をよぎって音程が二ミリ揺れ、雑談パートでは「最近あった面白いこと」を話そうとして、面白いことの全部に南ひまりが登場するため使用可能なエピソードがゼロになった。タピオカの貯金があってよかった。


 コメント欄に、彼女らしきIDは、なかった。


 まあ、そうか。有名人が表のアカウントで推しの配信に現れたら、それだけでコメント欄の空気が変わってしまう。あの人はたぶん、そういう影響力の使い方をしない人だ。この四日間で、それくらいはわかってきた。


 配信の最後、いつものように、流れる文字の中に『さいた』の三文字が、今夜も咲いた。


 よるのひまわりさん。今夜もいた。


 なぜだろう。いつもよりすこしだけ、その三文字に、見られている気がした。


    *


「――お姉ちゃん、それ、詰んでない?」


 日曜の夜。夕食のテーブルで経過報告を聞いた妹・こむぎの第一声が、それだった。


 野々原こむぎ、中学三年生。夜顔ルネのチャンネル登録者第一号にして、身内ゆえに遠慮という機能が搭載されていない、最古参にして最辛口のリスナーである。


「詰んでないよ。まだ何も起きてない」


「起きてるでしょ。整理するよ?」こむぎは箸をこちらに向けた。行儀が悪い。「一、学校一の有名人が、なぜかお姉ちゃんに構ってくる。二、その人はお姉ちゃんの配信のガチファン。三、本人は目の前の地味な女が中身だと知らない。……これ、何て言うか知ってる?」


「……何て言うの」


「時限爆弾」


 ぐうの音も出なかった。


「向こうが気づく前に距離取るか、一生気づかれない自信をつけるか、どっちかにしなよ。中途半端がいちばん爆発するんだから」


「距離、取ろうとはしてるんだよ。取ろうとはしてるんだけど……向こうの推進力が、こっちの逃走力を上回ってて……」


「フォロワー八十三万の推進力に、同接四千が勝てるわけないでしょ」


「その換算式はおかしい」


 おかしいけど、敗北感だけは正確に伝わった。


    *


 そして、連休の明けた月曜日。


 時限爆弾は、連休を挟んでも出力を落とすことなく、朝のホームルーム前から元気に稼働していた。


「すみれちゃん、おはよ! ね、これ見て!」


 登校して、席について、前髪を三ミリ下ろす暇もなく、右隣からスマホの画面が差し出された。


 画面の中では、切り抜き動画が再生されていた。


 紫がかった黒髪の、月の髪飾りの女の子が、歌の合間に「全員に出席点あげます」と言っている。テロップ付き。【神対応】夜顔ルネ、夜ふかしリスナー全員を進級させる――というタイトルまで付いて、再生数は十二万回。


 わたしだ。


 どこからどう見ても、先週金曜のわたしだった。


「これこれ、この人がルネちゃん! かわいくない? 声、やばくない?」


「……や、ばい、ね……」


 やばい。語彙が消滅した。何がやばいって、この状況の全部がやばい。本人に本人の切り抜きを見せて感想を求める行為に、まだ人類は名前をつけていないと思う。


「でしょ!? あ、ならこっちも見て、歌のやつ。イヤホン半分こしよ」


 言うが早いか、南ひまりはワイヤレスイヤホンの片方を、当然のようにわたしの手のひらに乗せた。距離が近い。物理的にも情報的にも近い。


 逃げ場のないまま、耳に入れる。


 再生される。


 ――わたしの歌が、わたしの右耳に流れ込んでくる。左耳には、教室のざわめき。真横には、その歌に合わせて小さく口ずさむ、南ひまりの横顔。


 地獄である。


 種類のわからない地獄だけど、とにかく地獄であることだけは確かだった。心拍数のログを取られたら一発でバレる。スマートウォッチをしていなくてよかった。


「……ね、すごいでしょ」


 曲が終わって、南ひまりはイヤホンを外しながら、囁くみたいに言った。


「わたしね、いつかルネちゃんに、直接言いたいことがあるんだ」


「……い、言いたい、こと」


「うん。ファンレター……じゃなくて、おたよりも考えたんだけど、なんか、まだ出せてなくて。言葉が、まとまらなくて」


 南ひまりは、スマホの画面の中の夜顔ルネを、そっと撫でるように見た。


 八十三万人の前で完璧に笑う人の目が、その一瞬だけ、ただの夜ふかしの女の子の目になった。


 ――だめだ。


 これ以上この話題の半径にいたら、わたしの心臓か国家機密か、どちらかが先に決壊する。話題を変えよう。天気。課題。購買の新作。なんでもいい。口を開きかけた、そのとき。


「あ、そうだ」


 南ひまりが、ぱっと顔を上げた。


 嫌な予感がした。この四日間で学習した。この人の「あ、そうだ」は、こっちの防衛計画を更地にする号砲である。


「今週の金曜さ、すみれちゃん、うち来ない?」


「……へ?」


「ルネちゃんの歌枠、一緒に見よ? リアタイで!」


 ……。


 …………。


 ……あの。


 配信中のわたしは、どこにいればいいんですか?

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