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学校一のインフルエンサーは、わたしのガチ恋リスナー  作者: ほりりん


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第1話 【悲報】学校一の有名人、わたしの隣に住み着く

 月曜日の朝がこの世に存在する理由を、わたしはまだ誰からも説明されていない。


 四月も終わりに近い汐見坂高校、二年二組。窓際の後ろから三番目が、現在のわたしの生息地だ。窓際後方――教室という名のサバンナにおける、水場から遠い、安全な茂み。


 登校して、席について、前髪を三ミリ下ろす。これでわたしの擬態は完了する。


 野々原すみれの学校生活は、省エネ運転を旨とする。発言はしない。当てられたら最小音量で答える。移動教室は群れの最後尾。放課後はまっすぐ帰宅。以上。二十八万人の夜を守るためには、昼の消費電力を限界まで下げる必要があるのだ。


 ……というのは半分言い訳で、単にわたしは、昔から人前で声が出ない。


 マイクを通さないわたしの声は、三歩ぶんの空気も震わせられない。小学校の音読で「聞こえませーん」を食らい続けた人間は、やがて「聞かせない」側に転職する。合理的なキャリアチェンジである。


 そんなわたしの茂みの平和が崩壊したのは、一時間目前のホームルームだった。


「――席替えするぞー」


 担任が、出席簿の角で教卓をこつんと叩いた。教室の空気が、ざわ、と粟立つ。


 席替え。


 学校行事の中で、もっとも運要素の強いガチャである。しかも引き直し不可、効果期間およそ二か月、爆死しても補償なし。


 いや、待ってほしい。わたしは現状維持でいいのだ。窓際後方の茂み。あの物件を手放したくない。頼む。運命。わたしはおまえに何も望まない。何も奪わないでくれ。


「はい、前から順番に引けー」


 くじの箱が回ってくる。祈りながら引いた紙には『19』。


 貼り出された座席表と照合する。……窓際、後ろから二番目。


 勝った。


 実質、現状維持。むしろ一列後退して、防御力は上がった。今日のわたしの運勢、たぶん大吉。帰りにコンビニで新作スイーツを買おう。今夜の雑談のネタにもなるし。


 と、浮かれていた。


 浮かれていたので、教室の中央で発生していた、もうひとつのガチャ結果に気づくのが遅れた。


「えー、うそ、ひまりん窓際!?」


「いいなー、隣の人」


「隣、誰? 20番の隣、誰!?」


 ……ん?


 20番?


 わたし、19番。窓際の後ろから二番目。


 その隣というと。20番?


 顔を上げた。


 教室の視線という視線が、即席の矢印になって、一点を指していた。わたしの右隣の席。そこへ向かって、ひとりの女の子が歩いてくる。


 教室の照明は今朝も同じ蛍光灯のはずなのに、その子の周りだけ、光の当たり方が違った。


 ゆるく巻かれた明るい髪が、歩くたびに揺れる。制服は全員と同じはずなのに、着ている次元が違う。雑誌から切り抜かれた人が、間違ってこの教室に貼りつけられたみたいな――。


 南ひまり。


 みなみ・ひまり。活動名「ひまりん」。


 中一で読者モデルにスカウトされ、現在は雑誌の専属モデル。SNSの総フォロワー八十三万人。学校の最寄り駅にこの人の広告が貼られたことがあり、その日は駅が軽く渋滞した。歩くインフラ障害。それが南ひまりという存在である。


 同じクラスになって三週間。会話したことはない。当然だ。あっちは太陽系の中心で、こっちは道端の雑草。公転軌道どころか、所属する図鑑が違う。


 その南ひまりが。


 わたしの隣の席に、鞄を置いた。


「よろしくね」


 と、教室全体に向けるような柔らかい声で言ってから――彼女はこちらを向いた。


 向いて。


 わたしの顔を見て。


 一秒、固まった。


 ……え、なに。前髪の間から目が合った? 合ってないよね? わたし今、擬態中だよね?


 南ひまりは、その一秒の硬直のあと――ふ、と息を吐くように笑った。


 教室向けの柔らかい笑顔じゃなかった。もっと、なんというか、圧力鍋の蓋がゆるむみたいな。長く探していた落とし物が、思ってもみなかった引き出しから出てきたときみたいな。


「――見つけた」


 え?


「野々原、すみれちゃん。だよね」


 フルネームで呼ばれた。


 入学以来、教師以外にフルネームで呼ばれた記憶がない。というか南ひまりがわたしの名前を知っている事実が、すでに軽微な超常現象である。


「あ……はい。えっと……よろしく、お願いします……」


 声、ちっちゃ。自分でも引くほど、ちっちゃ。金曜の夜、四千六百人の同接に向かって「全員に出席点あげます」とか言っていた喉と同一の器官とは思えない。


 でも南ひまりは、聞き返さなかった。


「うん。よろしくね、すみれちゃん」


 息継ぎみたいに自然に、呼び捨て――じゃない、ちゃん付け。距離感のギアを三段くらい飛ばした呼び方に、教室のあちこちから「ひまりんもう仲良し?」「え、知り合い?」というさざめきが立つ。


 わたしは曖昧に頷いて、前を向いた。心臓がうるさい。


 大丈夫。落ち着け、野々原すみれ。


 隣の席になっただけだ。二か月経てば次の席替えが来る。それまで省エネ運転を続ければいい。有名人は有名人同士の生態系で生きていくのだから、雑草に構う時間なんて、三日ももたずに――


「ねえ、すみれちゃん」


 もたなかった。三日どころか、三分だった。


「次って移動教室だよね? 音楽室ってどっち側の棟か教えてほしいな。わたし、いっつも誰かについてくだけで覚えてなくて」


「……えっと、北棟の、三階……」


「そっか、北棟かあ。……ん、よし」


 南ひまりは頷いて、それから、当然の続きみたいに言った。


「じゃ、一緒に行こ?」


 ……。


 …………。


 どうして、そうなる?

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