表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校一のインフルエンサーは、わたしのガチ恋リスナー  作者: ほりりん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/11

プロローグ 【定期】今夜も生きて歌ってます

 金曜日、二十一時五十分。


 わたしの六畳間は、この時間だけ「楽屋」と呼ばれる。呼んでいるのはわたしだけだけど。


 カーテンは二重。壁には吸音材がわりの毛布。学習机の上には、お年玉とバイト代と投げ銭の積立から生まれたコンデンサーマイク。その隣で、ノートパソコンのファンが離陸前の飛行機みたいにうなっている。


 配信ソフトを立ち上げる。画面の中に、女の子がひとり現れる。


 紫がかった黒髪のロング。月の髪飾り。白い花――夜顔をあしらった、夜空みたいな衣装。


 わたしがウェブカメラの前で首をかしげると、画面の中の彼女も、同じ角度で首をかしげた。


 ――夜顔ルネ。


 チャンネル登録者、二十八万四千人。歌ってみたのバズから生まれた、個人勢VTuber。顔出しなし、本名非公開、年齢非公開。プロフィール欄に書いてあるのは「夜にだけ咲く花です」の一行だけ。


 そしてその中身が、わたし。


 野々原すみれ、十六歳。日中の主な生息地は教室の窓際、特技は気配の消去、口癖は(小声で)「あ、大丈夫です」。


 我ながら、詐欺だと思う。


 二十一時五十八分。待機画面に切り替える。コメント欄が、ぽつ、ぽつ、と灯りはじめる。


『待機』『まちー』『金曜きた』『一週間これのために生きてた』『初見です、緊張します』


 初見さん、緊張するのはこっちだよ。毎週してるよ。


 深呼吸。吸って、止めて、吐く。吐いた息のいちばん最後に、昼間のわたしを混ぜて捨てる。


 二十二時、ちょうど。


 配信開始。


「――こんばんは。夜にだけ咲くほうの花、夜顔ルネです」


 わたしの喉から、わたしじゃない声が出る。


 低すぎず、甘すぎず、夜の温度にちょうどいい声。昼間、購買で「あ、大丈夫です」しか言えない喉と同じ喉から出ているとは、製造元のわたしですら信じがたい。


「金曜二十二時になりました。今週も皆さん、無事に夜ふかしのお時間です。おつかれさまでした。えらい。全員えらい。出席取りませんけど、全員に出席点あげます」


『こんルネ〜』『こんルネ』『出席点助かる』『単位ください』『こんルネです』


 コメント欄が滝みたいに流れていく。同接、三千二百。四千。金曜の夜ふかしたちが、灯りに集まる羽虫……じゃなくて、そう、夜に咲く花のまわりに集まってくる。


「単位はあげられませんが歌ならあげられます。今夜は歌枠です。が、その前にですね、聞いてください。ルネ、今週、人生で初めて『タピオカの入ってないタピオカミルクティー』を買いました」


『ん?』『どゆこと』『事件』


「新作がただのミルクティーだったんですよ。タピオカ店なのにあえてタピオカなしキャンペーンという謎期間中だったみたいで。喉が完全にタピオカの態勢で待ってるのに、来ない。吸っても吸っても、来ない。皆さん、この絶望わかりますか。改札でICカードが反応しないときの三倍くらいの絶望です」


『わかるwww』『改札の絶望を基準にするな』『タピ難民』『かわいそうで草』


「というわけで今夜の一曲目は、喉にタピオカが来なかった悲しみを込めて――嘘です、普通に歌います。じゃあ、いこうか」


 BGMをフェードアウト。イントラの音源を流す。


 マイクとの距離、こぶし一個ぶん。


 息を、吸う。


 ――歌っているあいだのことを、わたしはうまく言葉にできない。


 ただ、教室で三十デシベルしか出ないわたしの声が、ここでは天井を抜けていく。六畳間の天井なんて最初からないみたいに、夜の上のほうまで、まっすぐ。誰にも届かない昼間のぶんまで、ぜんぶ。


 一曲目を歌い終えると、コメント欄が一拍だけ静まって、それから、決壊した。


『うわ』『鳥肌たった』『これが無料でいいのか』『残業ぜんぶ溶けた』『はー好き』『生きててよかった』


 流れていく文字の速さで、みんなの息づかいを測る。速い夜は、いい夜だ。


 そして――流れの中に、それは今夜も、あった。


『さいた』


 ひらがな三文字、ひとつだけ。


 ID・よるのひまわり、さん。


 先に断っておくと、同接四千の配信者が、コメント欄のひとりのIDを覚えているなんてことは、普通はない。流れるコメントは川だ。川の水を一滴ずつ覚える人間はいない。現にわたしは、毎週来てくれている常連さんの名前だって、ぜんぶは言えない。ごめんなさい。


 でも、この人だけは、事情が違う。


 ひとつ。名前の横に、メン限――月額メンバーシップの継続バッジがついている。それも、およそ一年前、登録一万人の記念にメン限を開設した、その初日に入ってくれた組の色。個人勢のメンバーなんて数百人の世界だから、初日組の名前は嫌でも視界に馴染む。


 ふたつ。こっちが本題だ。


 去年の冬、風邪をこじらせたまま歌枠に挑んで、二曲目の途中で声が裏返り、音を止めた夜があった。ごめんなさい、今夜はうまく咲けませんでした――そう言って、いつもの半分で配信を閉じた、わたしの配信人生でいちばんの失敗放送。


 その夜のコメント欄の、いちばん最後に、それは置かれていたのだ。


『さいてたよ』


 咲けなかった夜に――咲いてたよ、と言われた。


 風邪で弱っていたせいもあってか、妙に染みて、画面の前でちょっと泣いた。


 そして、次の金曜からだ。この人が、歌が終わるたびに『さいた』の三文字を置いていくようになったのは。まるで、あの冬の夜の続きを、ずっとしてくれているみたいに。


 歌のあとの『さいた』、ただそれだけの人。名前も、顔も、年齢も、どんな一週間を過ごして金曜の夜にたどり着いたのかも、わたしは何ひとつ知らない。


 それでも――この『さいた』がある夜と、ない夜とでは、わたしの歌の着地点が、ちょっとだけ違う。


 三曲、四曲。合間の雑談。リクエスト。二十三時二十分。


「――はい、というわけで、今夜の夜顔はこのへんで閉じます。来週も金曜二十二時、いつもの場所で咲いてますので。夜ふかしのみんな、ちゃんと水分とって、ちゃんと寝ること。……おやすみなさい。いい夢を。夜顔ルネでした」


 配信終了ボタン。


 同接四千六百人ぶんの夜が、ぷつん、と切れる。


 六畳間が戻ってくる。毛布の壁。ファンの音。喉の奥に、心地いい疲労。


 ヘッドホンを外すと同時に、スマホが震えた。妹・こむぎのメッセージ。


『三曲目の高いとこよかった。タピオカのくだりは三十点。あと風呂まだなら先入っていい?』


 採点が辛い。リスナー第一号の実妹は今夜も手厳しい。『どうぞ』とだけ返して、わたしは機材の電源を落とす。


 画面の中の夜顔ルネが、消える。


 鏡に映るのは、前髪の長い、地味な女子高生がひとり。


 これでいい。


 夜顔は夜にだけ咲いて、朝が来たらしぼむ花だ。昼間のわたしは、道端のすみれ。誰にも摘まれず、誰にも気づかれず、ひっそり生えているのが仕事。二十八万人の夜と、出席番号二十五番の昼は、絶対に交わらない。


 交わらないはず、だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ