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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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91/105

91☆一緒に見たいんですけど

 



「いた……っ! いたいたーっ!」

「え? どこが痛いんですか? 食べすぎちゃったかなぁ。お手洗い、行って来ます?」

「違う、違ーう!」


 るなはわたわたと海面を指さすが、その先には雨粒が作る寂しげな波紋が広がっているだけで、海の住人たちの気配はすでに消え去っている。


「も、もしかして……」

「そう! いたのっ! いたのっ! 2匹、ざばーって!」

「えー……!」


 真鈴はデッキの端まで駆け、手すりから大きく身を乗り出す。微動だにしないその背は、後ろから見ても呆然としているのが分かる。

 雨に抗うことなく力なく立ち尽くす真鈴。ついさっきまでのオーラはどこへやら、捨て犬のように肩を落とした。

 そんな真鈴の背を見つめていたるなも、ひさしから出て隣へ歩み寄る。魚料理は苦手だが、今度はるなが振りかぶる。


「あ……あれ?」


 ぽちゃっ……と控えめな水音を立てた、るなの放った地魚。大きく左に曲線を描きながらくるくる回って水面に落ちていった。


「……るなさん、もっと遠くに飛ばさないと……」

「お、おかしいなぁ……。振りかぶったら、つい変化球になっちゃった。えへ、えへへ……」


 間髪入れずに2匹目を投じる。……が、今度は真っ直ぐ飛んだ後、カクッと斜めに落ちて行く軌道。推定飛距離、30メートル。


「ルナイダー……ですか?」

「あ、あれ? 指引っかけたつもりないんだけど……今度こそ、今度こそ!」

「お魚、あと1匹しか……」

「分かってるって。任せて!」


 ずぶ濡れになった2人は、最後の魚に願いを託す。深呼吸し、るなはセットポジションに入った。


「行っけーぇ!」


 サイドスローから高々と舞い上がるラストフィッシュ。るなの叫びも虚しく、大きな虹のような放物線を描き、2匹目とほぼ同じ白波の合間にぽちゃりと落水……。


「……あ……」


 真鈴はラストフィッシュが消えたポイントから、ゆっくりと視線をるなへ向けた。おずおず見上げると目が合い、しばし見つめ合う。真鈴が何か言おうと口を開きかけたので、るなはすかさず両手をバタつかせた。


「だだだ、だってお魚だよっ? ボールじゃないんだよ? 真鈴みたいな人間離れしたピッチャーならともかく、普通は飛ばない、普通は飛ばないの! 真鈴がおかしいのー!」

「……ですよね」


 真鈴はしょんぼり項垂れた。『一緒に見られると』という言い伝えなのに、目撃したのはるなだけだ。がっかりしないわけがない……。


「ごめん……。お魚、もうちょっともらえないか聞いてくるよ」


 個室へ戻ろうと踏み出した瞬間、がっしりと腕を掴まれた。


「真鈴?」


 振り返り、雨に濡れて俯いたままの真鈴の顔を覗き込む。水滴が滴る前髪の隙間から見えた口元は、少し緩んでいるように見える。


「いいんです」

「え? でも……」

「また来ましょう。今度はシーズンオフにゆっくりと」


 言い切り、真鈴は顔を上げた。『我慢』という言葉が似合わないくせに、作り笑顔は『あたしは我慢しています』と物語っている。いくら勝利の女神でも、さすがに自然の力には抗えないらしい。びしょびしょの前髪をかき上げると、「よしっ」と大股でずんずん踵を返していく。


「また今度のお楽しみですね。さーさ、風邪ひいたら困るし、シャワーを浴びましょう。コテージなんだから乾燥機くらい……」

「ま、待って! 真鈴」

「るなさん入らないなら、あたしがお先に入らせてもらいますよ? あーぁ、すっかり冷えちゃったなぁ」

「待ってってば!」


 呼び止める声も虚しく、『我慢』を決めた真鈴はひさしの中まで戻って行った。るなは海面を見つめたまま、目が離せなかった。

 なぜなら……。


「イル……」


 鉛色の波間から、1匹のイルカがひょっこり顔を出していたのだ。あちらもつぶらな瞳で、じっとるなを見つめている。口角が上がっているので、まるでるなに笑いかけているようだった。


「るなさーぁん? もう諦めて入らないと、ほんとに風邪ひきますよー?」


 室内から、何も知らない真鈴の声が響く。もう一度デッキに呼び寄せようと口を開きかけたところで、イルカはちゃぷんと潜ってしまった。

 最後に『バイバイ』とでも言うかのように、一瞬だけ尾ヒレを水面に見せて……。


「もうっ、るなさんてばぁ」

「あ……うん。そうだね」


 るなは黙っておくことにした。言えば真鈴は余計にがっかりするだろう。

 ひさしの下で、もう一度海へ振り返る。海面には何も見えなかった。日没の近付いた海原が広がっているだけだ。もしかしたら、都合のいい幻だったのかもしれない。

 もしそうだとしてもそうでなかったとしても……。


「はい、バスタオル。やっぱり、るなさんが先に入ってください。るなさんが風邪ひいたら大変ですからね」


 ふかふかのタオルを手渡してくれる、この温かい存在と……。


「ありがと。ねぇ、真鈴」

「はい? なんですか?」


 今度こそ、一緒に見たいから……。




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