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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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64/104

64☆寝ちゃったんですけど

 

「……ねぇ、モエカはこれやるの初めて?」

「ううん? 去年のも一昨年のも持ってるよ? るにゃキャットは?」

「じゅ、13年ぶりくらいかなー……」


 遠い目をするるな。そんなるなを見ながら、モエカは「すごぉい! 小学生の頃からやってないのにー?」と座ったままベッドでぴょんぴょん跳ねる。


「なんでそんな強いのー? ほんとに久しぶりぃ?」

「ほんとだってば……。ほら、次始まるよ?」


 疑いの眼差しに気付かぬふりをし、るなはテレビに向き直る。画面のマウンドには、ドルフィンズのユニフォームを身に纏った神月真鈴が上がっていた。


「あー、真鈴ちゃんだー! 真鈴ちゃん頑張れー!」


 モエカがキャッキャと手を叩く。インターバル中なのか、真鈴が鉄アレイを置き、「ちょっと見せて」とコントローラーを横取りした。

 真鈴が自分の能力値データを開いた。さすが、・球速・コントロール・パワー・スタミナ・奪三振能力・メンタルなどなど、どれをとってもSSクラスのモンスタースペックに設定されている。


「うわ、すご! 真鈴ちゃん、ゲームでも最強じゃん! これならモエカも勝てそー!」

「ふふ、まああたしだからねぇ」


 真鈴が満足げにコントローラーを返す。受け取ったモエカも嬉しそうに背筋を延ばした。

 しかし、操作するのはあくまでモエカだ……。


「いっけー! 真鈴ちゃーん」


 1回の裏。ピッチャーがCGの真鈴になったことで、るなの気まずさが更に増す。

 ド素人のモエカ相手にムキになるつもりはないが、手を抜くのも違うし、普通に負けたくはない。

 だが、例え自分が立てた配球や戦略を捨てたとしても、ゲームセンスとリアルプロ野球選手の動体視力はどこへやらのモエカに負けるほうが難しい……。


「そうだったぁ。真鈴ちゃん、ストレートしか投げられないんだったぁ」

「ちょっとモエカ? あたし、フォークも投げられるって……あっ!」


 ど真ん中の145キロのストレート。るなは容赦なく打ち返し、打球はレフトスタンドへ吸い込まれていった。


「あーっ! 真鈴ちゃんが打たれたー!」

「ちょっとぉ、モエカぁ……。あたし、今年はまだホームラン打たれてないんだけどぉ」


 がっかりするモエカと真鈴。CGの真鈴が画面上で、マウンドの土を蹴り上げた。「こんなことしないって、あたし」と、本物がムッと口を尖らす。


「まぁまぁ、ゲームだからね……」


 宥めながら、ゲームなのにゲームにならないなぁ……と深いため息をつくるな。この調子だと、意地悪で容赦のない兄と対戦しているほうがまだスリリングで楽しい。

 ……その後の展開は、惨劇としか言いようがなかった。 モエカの投げる球は、コントロールが定まらずど真ん中に来るか、あからさまなボール球かの二択だった。るなはど真ん中に来た球を逃さず、ジャストミートのコマンドを正確に合わせて引っ張り続けた。

 カンッ、カンッ、カンッ! と、軽快な打球音が部屋に響き渡る。ソロホームラン、ツーランホームラン、タイムリースリーベース……。 画面上のスコアボードの数字が、面白いように増えていく。


「あーっ! 真鈴ちゃんがまた打たれたー! なんでぇ?」

「だから、真ん中に投げたら打たれるって言ったでしょーが。あたしが打たれるの見てらんないから、ピッチャー交代、ピッチャー交代ー」

「真鈴ちゃん、もっと頑張ってよぉ! じゃあ今度は端っこに投げる!」

「端っこに投げたら、またフォアボールになるよ? もっとストライクゾーンに寄せて、こう……」


 いつの間にか筋トレそっちのけでモエカに指示を出す真鈴と、ふぐのように頬をふくらませっぱなしのモエカがタッグを組みだした。モエカが必死にカーソルを画面の端に動かすが、コントロールの技術ゲージを合わせられないため、結局球は大きく外れるか、吸い寄せられるように真ん中へ戻ってくる。そこをるなが容赦なく痛打する。


「あーぁ……」


 高校時代のバッテリーが、そろって肩を落とした。心底がっかりしているのが見て取れる。

 なにせ、1回裏が終わった時点で、スコア表示は『23ー0』。ここまで大量リードしてしまうと、勝っているとはいえ、るなだって面白みは激減する。


「……ねえ、もうやめる?」


 るなが気を遣って尋ねると、モエカは頬をぱんぱんに膨らませ、コントローラーをベッドに放り投げた。


「ふんだ! どーせ小学校以来やってないっての、嘘なんでしょー! こんなに上手いわけないもん! 嘘つくずるい人とは遊んであげないもん!」

「はぁ? 嘘じゃないしっ」


 ベッドにひっくり返り、子供のようにだだをこねるモエカ。自分はただ、真鈴に頼まれてゲームの相手をしに来ただけだ。なのに嘘つき呼ばわりされ、るなはムッとしてコントローラーを雑に置いた。すかさず真鈴が宥めに入る。


「るなさんもモエカも落ち着いて? るなさん、これって確か『イージーモード』ってのがありましたよね? 対戦選手の能力値によって、オートで投げたり打ったりできるモードが」

「あるけど……それじゃあ真鈴が投げ続ける限り、うちのバッターはほとんど打ち取られるじゃないのよ」

「てへっ。最強でごめんなさいっ」


 わざと戯けた真鈴は、モエカが投げ出したコントローラーでイージーモードに設定変更した。こうなるともはやAIと戦っているようなもの。

 それでも、モエカと戦うよりはましか……と、るなもコントローラーを握り直す。


「ほら、モエカ。あとはこのボタン押せば打てるよ?」

「……ほんと? 真鈴ちゃん、ありがとー」


 モエカは再びコントローラーを握ると、真鈴にぴったりくっついて座り直した。まるで自分が『卑劣な敵』ではないか。

 3回の裏が終わる頃には、スコアは『25ー3』と、常に真剣勝負のるなにとっては屈辱的な失点もあった。

  試合時間はすでに30分を経過している。オートではあるが得点が入ったことによって、モエカのご機嫌は急上昇。真鈴も安心して筋トレを再開している。

 逆に、おもしろくなくなってきたのはるなのほう。もはや誰と戦っているのか分からない。かといってオートを解除すれば試合は一方的になり、モエカのご機嫌が傾く。

 真鈴も真鈴だ。モエカの御守りをるなに任せ、自分は筋トレに励んでいる。たまにモエカが「見て見てー」と呼べば振り向き、娘かペットのように「すごいねぇ」と褒めている。

 オートだからっ! Aボタンを押せば勝手にうまいこと投げてくれて、Bボタン押せば勝手にうまいことスウィングしてくれるオートだから!


「……ほら、モエカの番だよ?」


 お化けスタミナの神月真鈴がマウンドに上がった5回の裏。るなチームの打者がバッターボックスに入っても、CG真鈴はセットポジションのまま微動だにしない。


「モエカぁ? 早く投げ……」


 るなが覗き込むと、モエカは今にも瞼が閉じそうなとろんとした顔で「あ……うん……」とコントローラーを握り直した。


「眠くなったんならやめる? もう12時半過ぎたし……」

「やめなぁい……らって、もうひゅぐ……」


 呂律の回らない声で返事をしながら、モエカの体はゆっくりと横に傾いていった。


「あ、ちょっと……!」


 るなが手を延ばす間もなく、モエカはコントローラーを手から滑り落とし、そのまま真鈴のベッドへと倒れ込んだ。

 どこまでマイペースなのだろう。どこまでお子さまなのだろう。羨ましいほどに素直で、恨めしいほどに純粋なモエカ……。


「ねえ、寝ちゃったんだけど……」


 床で腕立て伏せをしていた真鈴に視線を促した。「え?」と上体を起こした真鈴はベッドを覗き込む。


「おやおや。これまた人のベッドで、気持ちよさそうに寝てくれちゃって……」


 真鈴は愛おしそうに笑みを浮かべるとコントローラーを拾い上げ、ぽかんと口を開けたままのモエカにそっとタオルケットをかけてやった。

 るなはその姿に、ヒカルの姿を重ねていた。ヒカルが義妹である真鈴を見つめる際、こんな穏やかな微笑みを向けていた。手がかかるけどかわいい。かけがえのない存在……。

 何しに来たんだろう……と急に虚しくなった。気合いを入れて乗り込んだはずなのに、残されたのは深い脱力感。明日はどうせスタメン落ちだ。とっとと帰ってたっぷり寝てやろう。るなが『試合中止』のボタンを推すと、一気に静寂が訪れた。

 小さな寝息だけが、静かな部屋に響き始める。るなはコントローラーをテーブルに置き、「帰るね」と真鈴の背に告げた。



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