62☆受けて立つんですけど
「あなたねぇ! いくら明日がオフだからって、他チームの選手とこんな時間にいちゃいちゃしていいと思ってるのっ!」
るなは顔を真っ赤にして怒鳴った。それがピンク色の妄想からくる羞恥心からなのか、それとも込み上げる怒りからなのかは自分でも分からない。
一方、スマホの向こうの真鈴は、急に沸騰しだしたるなに困惑しているようだ。受話口の奥からコンコンとドアを叩く音が小さく響くなか、『え、え?』と狼狽を隠せずにいる。
「なんなのよ! 私のことバカにしてるの? 『気持ち悪いって思わないでください』とか『るなさん一筋ですから』とかなんとか言ってたくせに、言ってるそばから元カノ連れ込んでいちゃいちゃしてるじゃないのよ! 私がヤキモチ妬く? 思い上がりもいい加減にして! そんなにエッチなことしたいなら、私なんかにかまってないで好きな子と好きなことすれば?」
気付けば、わなわなとベッドシーツを握りしめていた。 スピーカーの向こうで真鈴が沈黙した。静寂が重くのしかかり、少し言い過ぎたか……と胸が痛んだが、溢れ出た言葉を止めることはもう叶わない。
「あなたがどこで誰と何しようが、もともと私には関係ないから! ただ、あなたが信じてって言うから私は……」
『るなさん、ストップ』
歯止めの利かなくなったるなを、沈黙していた真鈴の静かな声が遮った。勢いで「なによっ!」と返し、荒い息を吐き出す。
『……なんかエッチな妄想してるみたいですけど、モエカとはゲームしてただけですよ? 今さっき来たばかりですし。それに、元カノ元カノって言ってますけど、元カノって……』
必死に弁明する真鈴。なんだかニヤついているようにも聞こえる。それが、るなのイラ立ちを後押ししてくるので、噛みつくように言葉を被せた。
「はぁ? ゲームぅ? そんな嘘が通用すると思ってるの? だったらパンツがどうのってなんなのよ! それとも、いいレディがおもらししたとでも言うわけぇ?」
『だから、それはぁ……』
真鈴が小さくため息交じりに言うと、あちらのバスルームの扉が開くガチャッという金属音が響いた。
『はい、モエカ。るなさんに、今あたしたちが何してたか説明して?』
真鈴の声が遠ざかり、ガサガサという雑音が混じる。代わりに『えーっ! るにゃキャットとお電話してたのー?』と弾むモエカの声が、一気に近付いてきた。
『やっほー! 今ねぇ、ガルプロやってたよーぉ』
「が……ガルプロ……?」
『うん! 先週発売した、今年度バージョンのだよー。選手選んで、さぁプレイボール! ってとこで、真鈴ちゃんが急にお電話するって言い出したからぁ。1試合終わってからにしてよーって言ったのにさーぁ……』
るなは頭に昇っていた血液が、一気に引いていくのを感じた。途中からモエカの話が耳に入って来ない。くらくらめまいすらしてきた。
ガルプロとは、『実況! ガールズプロ野球』という、野球ファンなら誰でも知っているオンラインゲーム。発祥は日本のプロ野球だが、今では日本だけでなくセシアナ女子野球バージョンも大ヒットを記録している。 レジェンド選手から期待のルーキーまで自由に編成することができ、選手の表情や独特のプレイスタイルまでそっくりに再現されているのが売りの、野球好きなら誰もが知っている大人気ソフトである。
るなは片手を額に当て、意識が遠のくのを必死で堪える。電話の奥では、モエカの後ろで『次は? やって、そのあとは?』と冷ややかに促す真鈴の気配が伝わってきた。
『はい、モエカ? んで、なんでパンツ濡れちゃったか、るなさんに説明して?』
『だってさぁ、真鈴ちゃんが悪いんだよー? モエカが先にるにゃキャット選んだら真鈴ちゃんてば急に立ち上がってさぁ。モエカ、びっくりしてジュースこぼしちゃったんだよぉ。モエカ悪くないからねーぇ?』
ゲーム? ジュース? るなの顔面は信号機のように、赤から青へと変わっていく。あまりの恥ずかしさに、自らの早とちりが現実でありますように……と願ってしまうほど、脳内回路はショート寸前だった。
モエカはぶつぶつと真鈴に不満を吐き続けている。真鈴は真鈴で笑いを堪えるように息を漏らしながら、『そういうことです』と受話口を代わった。
『理解していただけました?』
「……う、うん……」
『るなさんがいやらしい妄想でヒドいこと言ったの、今回だけは許してあげますけど……あたしのこと、ぜーんぜん信用してくれてないのショックだなぁ』
ショックと口にしているわりに、真鈴はニヤけを隠せずにいる。るなの止まりかけた心臓が再び動き出す。
「だ、だって紛らわしいじゃない! 過去の行いが悪いから誤解されてもしょうがないでしょー!」
『おっと、逆ギレですか?』
るなは気付けば、枕を拳でぼすぼすと殴り続けていた。真鈴の煽るようないじるような言い方に、自覚しながらも逆ギレを押し通す。
「ごめんって言ってるでしょ!」
『言ってないですよ? ごめんどころか余計に責められた気がするんですけどー? 傷つくなぁ』
「分かった分かった。はいはい、ごめんってば」
『まったくもう……。謝罪の気持ちがあるなら、モエカの相手しに来てもらえません? あたし、ゲームって苦手なんです。るなさんはお兄さんいるから、ゲームしたことあるでしょう?』
るなは枕を叩き続けていた拳をピタリと止めた。
確かに、スタイリッシュな真鈴がコントローラーを握ってゲーム画面に夢中になっている姿は想像がつかないし、全く似合わない。
逆に自分は、幼い頃から兄に負けじと、練習のない日はよくテレビの前に張り付いて対戦していた。 友達の中では無敵の強さを誇っていたが、兄にはちっとも敵わなかった苦い記憶が頭をよぎる。得意だからこそ、負けず嫌いの血がふつふつと騒ぎ出していた。
「いいよ? 今から行く」
『お? そうこなくっちゃ! モエカ、るなさんが対戦しにきてくれるってー』
モエカの『やったー!』という無邪気な声が音割れを起こした。耳がキーンと痛い。
高校時代のバッテリー。神月真鈴専門キャッチャー。そして、元カノ……。
真鈴の部屋に押しかけて来たモエカ。そんな彼女を今でも大切に思う真鈴。自分もまだ、真鈴のどこに地雷があるのか分からないが、2人の関係に興味がないと言ったら嘘になる。
部屋番号を聞き、るなは通話切断ボタンをむぎゅぎゅっと強めにタップした。Tシャツに着替え、開き直って戦場へ向かう。




