59☆見つけたんですけど
夕食会場に真鈴の姿はなかった。
チームメイトたちの中には、敗戦の悔しさ以外の気まずさが流れていた。誰1人真鈴の名を口にする者はいない。
るなはるなでモヤつきはあるが、空腹とそれは別物。ホテル自慢の肉料理をこれでもかと堪能した。おかげでナルミとサエには呆れ顔をされた。
部屋に戻り、るなはベッドへ転がった瞬間飛び跳ねた。抱きつかれた勢いで負った打ち身が存在感を増す。
明日は休養を言い渡された。後に引きずらないためには致し方ないが、軽傷といえどアスリートに打撲を負わせたのだ。謝罪の一言もないとは有り得ない。今になってモエカの行動にじわじわ腹が立ってきた。
「あー、もうっ」
モヤつきに加え、イラつきまでもがるなの腹を刺激する。気分転換に夜風にでも当たりに行こうか……。るなはキャップとスマホだけ手にし、部屋を出た。
ホテルの周りはシンと静まり返っていた。郊外にぽつんと立つホテルとあって、商店や住宅などはほとんど見当たらない。
ここまで人気がないのならキャップはいらなかったかな? とつばを上げる。三日月がくっきりと浮かんでいた。雲1つなく、星もたくさん瞬いている。
るなはしばらく夜空を見上げながら歩いた。遮る建物もすれ違う人も車もない。たまに吹く夜風が心地よかった。
「……コンビニ?」
遠くにぽつりと灯りが見えた。グリーンとオレンジの看板は、シャニータウンホテルに隣接されたコンビニと同じデザインだ。夏の虫のように吸い込まれるるな。入店チャイムが、眩しいほどの店内に響き渡った。
「……ラッシャッセー……」
眠たげな店員がるなを一瞥した。日本人と見て『いらっしゃいませ』と言ったつもりなのだろう。何を買うとも決まっていないるなは、当てもなく店内をぶらつきだした。
コンビニがあること自体が不思議なほど静かな町。時刻はそろそろ23時ということもあり、客の姿は当然……。
と、失礼な先入観が過ぎったところで、見慣れた横顔が、アイスコーナーをじっと覗き込んでいるのが目に入った。
キャップを目深に被ったその人物は、平たく並べられたアイスクリームを吟味しているようだ。酪農が盛んな北島では、きっとアイスクリームもおいしいのだろう。るなは気付かれないよう、そっと背後に回る。
「リーホっ」
呼ばれたリホの肩が、びくっと跳ねた。ようやく心が決まったのであろう棒状のアイスを1つ掴んでいたが、パッと手から放した。大きなお目々をまん丸に開いて振り返る。
「る、るなさんでしたか……。驚かさないでください……」
「あははっ。ごめんごめん。リホでもびっくりするんだね。いつも冷静だから、どんなリアクションするのかなーって思って」
「……私だって、驚かされれば驚きます」
ふー、と肩で息を吐くリホ。その肩越しに、リホが手にしかけたバーアイスがある。るなはそれをひょいと掴み、パッケージをまじまじ見つめた。
英語で書かれているが、牛とイチゴのイラストからイチゴミルク味を想像する。「これ、おいしそうだね!」とるなが差し出すと、リホはなんのことだかというように目を逸らした。
「……おいしくないの?」
「い、いえ……おいしい……と、思います……」
「食べたことないの?」
「いえ、あの……」
リホはごにょごにょと歯切れ悪くフェイドアウトした。店内BGMは、南国独特のご機嫌な音楽が流れている。不思議に思い、るなはズバッと切り込んだ。
「もしかして、アイス食べるの恥ずかしいとか思ってる?」
リホがちらっと上目使いしてきた。かわいい。おずおず頷く。かわいい。るなは黙って同じ物をもう1つ手に取り、リホを連れてレジへ向かった。
スマホで支払い、店を出たところで「はい」とリホに1つ手渡す。リホは大きなお目々をまた大きく見開き、ぱちぱちと何度も瞬きした。
「どしたの? 溶けちゃうから、早く食べよ?」
アイスを握らせ、るなは店の脇の花壇に腰かける。躊躇なくパッケージを開き、大口でかぶりついた。
そんなるなを、リホが信じられないものを見るような目で見つめていた。子供の頃は、練習のあとの買い食いが楽しみのひとつだったるなにとっては、外で食べることはなんの抵抗もない。
しかし、リホは見るからにそういうイメージのキャラではない。育ちも良さそうだし、チームメイトとわーきゃーする性格でもない。
だが、明らかに葛藤が見て取れる。ぱちくりと瞬きの間に、自分の手中とるなを見比べているからだ。『食べたい』と『みっともない』が戦っている、といったところだろうか……。
「溶けちゃうよ?」
るなは半分まで減ったバーアイスをふりふりする。それでも一歩が出ないリホの手を強引に引き、自分の隣に座らせた。
おとなしく座ったリホからアイスを奪い、中身だけ返す。こうなればもう『持って帰る』という手段はなくなった。リホは辺りを慎重に見渡し、誰もいないことを確認してからるなに向いた。
「あの……このことは内緒に……」
「え? なんで?」
「なんでって……」
少なくとも1つ年上のるながしていることに『みっともないので』とは言えないのだろう。リホは答えにつまった。
じれったくなったるなは「分かった。2人だけの秘密ね」と笑顔で返す。
「いただきます……」
「どうぞどうぞ。おいしいよ?」
小さな口でかぷっとかじるリホ。美人さんはアイスを食べている姿さえ絵になる。あまりじぃっと見ていては食べにくいだろうと思い、るなは星空を見上げながらかぶりついた。
「ランニングの帰りだったんです……」
リホが唐突につぶやいた。るなは木の棒になったゴミをパッケージに戻しながら「うん?」とリホに向く。
「いつも買ってるわけじゃないんです。先発の前日だけ……それも、ちゃんと筋トレとランニング終えてから……」
罪悪感から来るのだろうか。リホは聞いてもいないのに言い訳をしだした。もっとも、ランニングすらしていないるなからすれば、罪悪感がないことに罪悪感だ。
「リホはほんとに真面目だね。いいじゃん、アイスくらい」
「太りやすいので……。るなさんが羨ましいです」
「そっかぁ。私は太りにくいから筋肉も付きにくくて。お互い、無い物ねだりだね」
「『お互い』、ですか……。私は羨ましいことだらけですけど……」
「だらけ?」
意外に思った。常に冷静沈着で無表情なリホが、他人を、それも自分を羨んでいるなんて……。
言って気まずくなったのか、リホは俯いてちびちび食べ進める。寡黙なリホが漏らすくらいだ。よっぽど気に触ったのだろう。
そういえばメロンパンを買って渡した時も、嬉しさと戸惑いが感じられた。本当は甘い物が好きなのだろう。だが、太りやすいから手放しで喜べなかったのかもしれない。
「ごめん……。体質って人それぞれだもんね。リホは単にストイックなんじゃなくて、太りやすいから人一倍身体動かしたり食事気を付けたりしてるんだよね」
「え……あ、いえ。私こそ……」
言いかけ、リホは口を噤んだ。見つめていては続きを促しているようなので、るなは「まぁ、みんな色々あるよね」と話を切り上げた。
リホはイチゴミルクアイスを噛みしめるかのように、1口づつちびちびとかじっている。先発の前日に食べるということは『ご褒美』というより、『ガソリン代わり』といったところか。それが肉やバナナでないのが、普通の24歳女子らしくてかわいい。
リホはただのストイックではなく、常に自分と戦っている。真鈴のような天才だって、食事にはかなり気を遣っている。好き嫌いを言って、食べたいものを食べたいだけ食べているのは自分くらいだ……。
「……あっ」
そんなことを考えながら空を見上げていたるなの口に、突然リホが食べかけのアイスを突っ込んできた。とっさに「んむっ!」とおまぬけな声が漏れる。キャップを目深に被り直すリホ。小声で何か言っている。
「ちょっとー! なに? どうしたの、急に」
「す、すみません……! るなさんも下向いてくださいっ」
今度はキャップのつばをぐいっと下げられた。何が何だか目を白黒させていると、2人の前に1台のクロスバイクが止まった。
コンビニの駐車場で目深にキャップを被り俯く2人。無理矢理下げられたつばの端に、クロスバイクから降りるスニーカーが見えた。
迂闊だった。辺りは静かだったのに、クロスバイクの音に気づけなかった。リホの慌てようからするに、リホとこの人物は目が合ってしまったのかもしれない。
2人が固まったまま沈黙していると、スニーカーはゆっくり近付いてきた。るなの前で止まる。るなはごくりと唾を飲んだ。
「るにゃキャットの人ぉ?」
覗き込んできたその人物は、目が合うなりぱぁっと花咲くような笑顔を見せた。




