49☆起こされたんですけど
るなはノックの音で目が覚めた。
キングサイズのベッドを降り、「はい……」と応答する。扉の向こうから「るなーぁ?」と籠もったサエの声が聞こえた。
「おはよ……。昨日はごめーん……」
扉を開けると、気まずそうに頭を下げるサエがいた。顔色は良さそうだ。
「おはようございます。体調はどうですか?」
「いやもう、それは全然大丈夫なんだけどさ……」
歯切れの悪いサエ。いつもの堂々たる面影はない。リビングへ促されたので、るなはおかっぱを手櫛で梳きながら後を追った。
昨日の修羅場が嘘のような眩しい朝日を取り入れたリビングに入ると、真鈴が優雅にコーヒーをすすっていた。扉の音で、こちらに向く。
「やぁ、るなさん。お目覚めですか? ぐっすりだったようなので、起こさないでおいたんですけど……」
真鈴がちらりとサエに視線を向けた。感じたサエは、クリオネのように両手をパタパタさせ、早口で言い訳しだした。
「いやいや、だって、無理だからっ。神月真鈴と2人きりでモーニングコーヒーとか無理だからっ。また具合悪くなりそうだからっ」
るなを盾にするが、全く隠れ着れていない。昨夜来た時はカーテンが閉め切られていたので気付かなかったが、ガラス張りのリビングが真鈴の白さをより引き立てている。寛ぐ姿さえ様になっていた。確かに神月真鈴ファンにとっては眩しすぎる光景かもしれない。
真鈴の斜向かいにちんまり座るサエ。入れてもらったのであろうコーヒーは、ほとんど減っていないようだ。「るなさんにも入れますね」とキッチンへ立つ真鈴を追いかけ、るなは小声で尋ねた。
「……イズミは?」
「1時間前くらいに帰りましたよ」
さらりと返し、真鈴は多機能そうなコーヒーメーカーのボタンを1つ推した。セットしたカップに、湯気を立たせたコーヒーが自動で注がれていく。
「え……泊まらせたの……?」
驚いたるなが問うと、注がれていくカップを見つめていた真鈴が肩をすくめた。
「いくらなんでも、あんな状態の女性を1人で帰せないでしょう。泊まったって言っても、あたしがちゃんと見張ってたので安心してください」
「えっ、じゃあ一睡もしてないの?」
「プリンセスを守るのがナイトの役目ですから。大丈夫です。明日までオフだし、交流戦の遠征一式は持ってきているので、今日はゆっくり寝ますよ」
八分目まで入ったカップを手に、真鈴がにっこり振り返った。背を押され、一緒にソファに戻る。サエのコーヒーが少し減っていた。
るなの前にカップを置くと、真鈴は朝食を作ると言って再びキッチンへ消えた。カリスマの手料理と聞いて、サエは感動半分、動揺半分で鼻息荒くるなに詰め寄る。
「ねぇ! 私にも作ってくれるってことは、私も食べていいってことだよね!」
「え? そうだと思いますけど?」
「うはぁ……。昨日やらかしたばっかなのに、神月真鈴ってどこまで神なのーぉ……」
ガックリ項垂れるサエ。昨夜のことは、ばっちり覚えているらしい。
るなは思い切って、イズミのことを切り出した。
「サエさん、今朝イズミに会いました?」
「ううん。私、ゲストルームに寝かしてもらってノンストップで寝てたみたいだし、さっき起きたとこだから。……ってか、本拠地近くに住んでるんだろうにイズミまで泊まらせてあげるなんて、カリスマはほんとどこまで神なんだろう……!」
姿は見えないのに、キッチンのほうへナムナム拝みだした。よく分からないが、とにかくサエは修羅場を知らないらしい。
朝まで2人きりだった真鈴とイズミ……。眠りに落ちる直前の嫌な想像が蘇ってくる……。
やがて、キッチンから香ばしいバターの香りとカリカリに焼けるベーコンの音がリビングに漂ってきた。
運ばれてきたのは、厚手のホットケーキにぷるぷるの卵焼きとカリカリベーコンを挟んだボリューム満天のホットケーキサンド。テーブルに並んだ瞬間、「おいしそー!」と2人の声が揃った。
「やばいっ……死ぬかも。明日死ぬのかも私……。いや、死後の世界なのか? ここはすでに天国なのか……?」
サエがカトラリーを持ったまま、ぶつぶつと唱えている。手料理を食べ慣れているるなは、ギコギコと不器用ながらも切り分けて大口でかぶりつく。
サエは一切れ食べるごとに「カリスマ天才……!」と、甘塩っぱい朝食に感激していた。
「アリサに車を頼みましたんで、2時間後くらいに迎えに来ます。それまでゆっくり過ごしてくださいね」
手料理を堪能した2人は、満腹でソファにフーッともたれかかる。それを見て満足げに微笑む真鈴は、ホットケーキサンドの皿を下げて行った。
遠くで食器洗浄器の作動音がする。サエは半身を起こし、るなに問いかけた。
「ところで、アリサって誰?」
「付き人の金髪美人さんですよ」
「あー、あの人か。羨ましいなぁ。付き人持てる財力も、神月真鈴のそばにいられる職業も……」
確かに、とるなも頷く。ただしるなの場合は、ご飯を作ってくれる付き人を雇える財力が欲しいというだけである。真鈴に雇われる妄想でもしているのか、サエはコーヒー片手に口元を緩ませていた。
食器の片付けが終わった真鈴の計らいで、サエはシャワーを借りることになった。憧れのカリスマに至れり尽くせりでいちいち感動するサエがリビングを出ると、真鈴はるなにぴったりくっついて座った。
「……広いんだから、もうちょっとあっち行ってよ」
「いいじゃないですかぁ。ここ、あたしんちですよ? どこに座ろうが、あたしの勝手でしょう。ナイトはいつだって、プリンセスを御守りできるとこにいないとです」
なぜかツッコむ気が起きず、るなはお尻半分だけ離れた。サエとアリサが来れば、聞き出すチャンスはなくなる。長い足を持て余すかのように組み替える真鈴に、思い切って尋ねた。
「……ねぇ、イズミと何話したの?」
ストレートな質問に真鈴は驚いたように目を丸くしたが、すぐにふっとからかうような笑みを浮かべた。
「……まぁ、るなさんが心配するようなことは話してませんよ」
「私が心配するようなことって?」
真鈴の顔から笑みが消えた。深掘りしてくると予想しなかったのだろう。沈黙が永荒れる。るなの鼓動が加速していく。
「イズミとも……その……したことあるの……?」
絞り出した質問だが、すぐに後悔の波がるなを襲った。聞きたかったけど聞きたくなかった答えが返ってくるまでに、何十分も経った気がした。
「……だとしたら、軽蔑しますか?」
切れ長の目がすっと細まった。質問を質問で返す焦げちゃ色の瞳が、るなを試しているように感じた。
「他にも……何人もいるんでしょ?」
「……そのうちの1人ってだけです。イズミが特別なわけじゃない」
気付けばるなは、ルームウェアの裾をギュッと握りしめていた。目を逸らしたいのに逸らせない。胸が苦しい。
答えに偽りはないのだろうが、真鈴の口から聞きたかったのはイエスでもノーでもなく……。
遊び人だと知っていたはずなのに。自分だって騙されて襲われかけたことがあるのに。
自分は今更、何を聞いているんだろう。何を知りたいんだろう。何て言ってほしいんだろう……。
真鈴も目を逸らさなかった。るなの質問から逃げないという意思表示だろうか。
「あと……昨日、何て言ったの?」
「あれですか? ……『愛してます』って言っただけです」
「嘘。私だってさすがにアイラブユーくらいは分かるもん」
苦笑いし、真鈴はやれやれと肩を竦めた。
「今日は質問が多いんですね。そんなにあたしのことが知りたいんですか?」
「そうじゃなくてさぁ……」
「じゃあ、そんなにあたしのことが分からないんですか?」
急に冷たい表情で見つめられ、るなは押し黙った。
自分こそ自分が分からない。真鈴がそっと指を絡めてきた。るなは振り払おうとはしなかった。
「……意地悪な聞き方しましたね。ごめんなさい」
真鈴は指を解き「おかわり入れてきますね」とカップを手に立ち上がった。『待って』と引き留めたかった自分がいる。
結局、全てひらひらと交わされた気がする。それはるなを傷付けないためか。嫌われたくないからか。過去の自分を消し去りたいからか。
それとも、隠し通したいからか……。




