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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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46/58

46☆気持ち悪いんですけど

 


 現れたのは、派手なショッキングピンクのミニドレスを身にまとったイズミ。

 るなは思わず「うげっ」と声が漏れた。るなを見下ろす顔には殺意すら感じたが、「イズミじゃないか」と言う渉には、淑女のような笑顔を向けた。


「偶然ですね。みなさまお揃いで。私はオールスターの打ち上げに1人で来たんですけど、みなさまはどういうお集まり?」


 イズミが猫なで声を出しながら、強引にるなの左隣に座ってきた。ゆったりめといえど、ボックス席は4人がけだ。3人並ぶとくっつかざるを得ない。


「1人で打ち上げって……やっぱり友達いなさそうだもんね」


 るながイズミにしか聞こえない小声でぼそっと言うと、「はーぁ?」と睨んできた。


「真鈴と食事をしてたら、たまたま夕海くんたちがいてね。一緒にどうだいと誘ったんだよ。イズミ、夕海くんたちとは面識あるのか?」

「はい! 高校時代のよきライバルです。ねーっ、夕海るなさーん」


 イズミがまた左足を踏みつけてこようとしたので、るなはサッと避けた。


「そうだったのか。君たちが高校生の頃となると、真鈴に一番手をやいていた時期だったから日本の女子野球までは見ていられなかった頃だ。久しぶりだろうから、イズミも一緒にどうだ?」

「もちろんです! うわぁ、嬉しい。久しぶりに夕海るなさんや真鈴とお食事なんてー」


 イズミは「ねー」とるなの肩に頬を寄せた。左腕だけゾワッと鳥肌が立つ。昨日、炭酸水を吹きかけられた事実を曝露してやろうかとも思ったが、せっかくの親子の再会の場を乱してもいけないのでグッと堪えた。


「え? ちょっと待って? 真鈴、もしかして夕海るな……さんのお肉、切ってあげてるの?」


 るな越しに身を乗り出したイズミに今気付いたかのような真鈴は「え? うん」とさらりと返した。

 イズミが息を飲むのが聞こえた。丁寧に切り分け「はい、よく噛んで食べてくださいねー」とフォークを手渡す真鈴を、信じられないものを見るような目で見た。


「こ……子供じゃないんだからっ! 天下の神月真鈴にカットさせるだなんて……! 夕海るな……さん、あなた、どんな神経してるの!」


 イズミの拳が、テーブルの下でわなわなと震えているのが分かった。るなはわざとしれっと「いつもやってくれるよ?」と笑顔で返す。


「は、はぁー? 真鈴も真鈴よっ! なんでこんなクソガ……夕海るなさんを甘やかしてるの? あなたのプライドは……」

「プライド? 今はるなさんにおいしいものをおいしく食べてもらうプライドを持ってるつもりだけど?」


 真鈴が屈託なく返したので、るなは心の中でほくそ笑んだ。イズミが絶句している間に、ちゃっかり真鈴側におしりを寄せる。


「か、監督! いいんですか? 監督の目の届かないところに行ったら、真鈴は変な女にそそのかされてますよ!」


 猫を被っていたイズミの声が、どんどん大きくなっていく。渉は一度困ったように苦笑したが、優雅に肉をカットしながら顔を上げた。


「んー……。少なくとも、真鈴が女遊びをしなくなったようだし、親としては夕海くんと仲良くしてもらっていたほうが安心だがな」


 冗談なのか本気なのか、渉は「あははっ」と肉を頬張る。娘の『女遊び』をどこまで把握しているのかは知らないが、あるいは全てのクレームが耳に入っていたのかもしれない。

 イズミの歯軋りの音が聞こえてきそうだ。


「それで? 楽しくやってるのはいいんだが、しっかりトレーニングと練習も欠かしてないだろうな?」


 渉の目が、カラーグラスの奥で光ったように見えた。真鈴も引き締まった表情で答える。


「もちろん。食事だって、パパの言いつけをちゃんと守って、バランスのいいメニューを自炊してる。ねっ、るなさん」

「え? う、うん。真鈴ってばすんごい手際いいし、色んなものを短時間で作れるからすごいです。どれもおいしいし、正直胃袋掴まれちゃってます」


 言葉は渉に向けてではあるが、左のイズミからマウント返しがきた。


「あら、私だって真鈴を味わったことくらいあるけど?」


 真鈴の手が止まる。首を傾げ、「イズミに作ったことあったっけ?」と尋ねた。


「料理じゃないわよ。『真鈴を』って言ったでしょ?」


 るなは「ぶふっ!」と口の中の肉を吹き出しそうになった。渉の肉がフォークからころんと落ちる。首を傾げたままの真鈴を熱のこもった瞳で見つめながら、イズミは頬を赤らめてるなの耳元で囁いた。


「あなたはまだクソガキだからないでしょうけど、真鈴ってばとっても情熱的なのよ? そこら辺の男どもよりもハイテクニックなの。投球と同じでコントロールが上手で、指使いが激しいのに繊細なのよねぇ。舌先なんて、別の生き物みたいで……。あぁ、思い出しただけで濡れてきちゃう……」


 はぁ……とイズミの熱い吐息が耳元を霞める。るなは全身にアレルギーのような拒否反応を感じた。フォークを置いて立ち上がろうとした瞬間、今まで固まっていたサエが動いた。


「うっ……き、気持ち悪い……」


 サエが口元を覆った。今まで真っ赤だった顔は、すっかり真っ青だ。


「えっ! さ、サエさんっ? トイレ、トイレ行きましょう!」

「……は、吐きそう……。もうダ……」


 言い終わらないうちに、サエは紫色の液体を豪快に戻した……。一度は静まりかけたステーキの鉄板が、ジュワーっと音を立てた。

 赤かったのは緊張ではなく、酒に弱かったからだったようだ。いや、緊張があったから、それを払拭しようとしてワインを呷ったのかもしれない。イズミの強烈な登場で、サエへの気遣いができなかったのを反省してももう遅い……。

 幸か不幸かほとんど空腹だったので被害は少なかったが、しばらくこの店には来れないな……と思いながら洗面台でサエをうがいさせた。



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