44☆燃えてきたんですけど
オールスター2戦目。
今日はノースリーグ主催なので、試合は北島にあるアクアドームで行われる。
荷造りの目度もつき、サエに『リホが登板するから応援に行こう』と声をかけられたるなは、内心リホよりもイズミのピッチングが気になったので「ぜひ」と誘いを受けた。
ハイウェイを走ること2時間。高速バスがアクアドーム最寄りの停留所に滑り込むと、そこには北島の象徴であり、現王者・アクアマリンの城がそびえ立っていた。
「……すごっ! テーマパークみたい。本物はやっぱり迫力がハンパないですね……」
バスを降りたるなは、迫り来るような圧倒的存在感にため息をついた。
セシアナで最強を誇るチームの本拠地は、その名の通り巨大な宝石が海に浮かんでいるかのような、なだらかな曲線美を持つ純白のドーム球場だった。外壁には特殊な透過性素材が使われているのか、南国の強い陽を浴びて真珠のような虹色の光を放っている。
停留所から球場ゲートまではファンでごった返しているが、ここまで混めば逆に選手だとバレずに済む。るなとサエは一般客の流れを途中で抜け、関係者専用口に選手証を提示して入場した。
一歩足を踏み入れれば、そこは球場というよりは高級ホテルのエントランス。床には大理石が敷き詰められ、吹き抜けの天井からは野球ボールを模したクリスタルシャンデリアが吊り下げられている。最強のチームは財源力もあるのだと見せつけられているようだ。
「サエさん、荒崎泉って対戦したことありますよね?」
ドームの中通路を歩きながら、るなは問いかけた。内装の豪華さに反比例するように、るなの胸のうちは冷めていた。どれほど箱を飾り立てたところで、戦うのは結局、昨日自分に炭酸水を浴びせてきたような生身の人間でしかない。
るなたち以外にも、オールスターを観戦しに来た選手たちがぞろぞろと関係者席を目指す。高卒八年目のサエは、すれ違う他球団の選手に器用に会釈を返しながらるなを先導した。
「あぁ、何度かあるある。高校ん時もあったけど、私は昔から苦手なタイプ。いかにも性格悪そうな目つきしてるし、なんかこう……どす黒いオーラが出てるっつーかさ」
るなは思わず吹き出した。
「分かります! 真鈴とは別の意味で、近寄りがたいオーラがにじみ出てますよねー」
「そうそう、それそれ! まぁ神月真鈴は神だからしょうがないけどね」
「……サエさん、ほんと真鈴のこと好きですよね」
「好きじゃないあんたがおかしいの! 羨ましいよ。球界のカリスマに言い寄られてみたいなぁ」
サエは「あーぁ」という、羨望とも恍惚とも取れるため息をついた。『あいつ、私のタオルをくんくんして帰ったんですよ』なんて口が裂けても言えない。チーム内周知の事実以外にも振り回されているるなにとっては、まさに『知らぬが仏』である。
「……色々大変なんですけどねぇ……」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も?」
るなは話題を逸らすように、通路途中のモニターに顔を向けた。
そこには、今日の先発メンバーが映し出されている。昨日に引き続き、ズラリと人気選手が並ぶ中、あまり関わりたくない『イズミ・アラサキ』の表示……。
つられてモニターに視線を移したサエが、思い出したように言う。
「あー、そういえばイズミってさ、実力はあるのにるなを意識しすぎなんじゃないかって思うくらい、インタビューは『夕海るなはー』『夕海るなをー』ばっかだったよねぇ。ものすごいライバル視だなーって当時ドン引きしてたわぁ。承認欲求モンスターなのかねぇ」
傍から見てもそう見えるのか……と、るなは気が重くなる。誰かに強く意識されるということは、プレッシャーを背負わされることでもあるからだ。
「……内緒にしといてほしいんですけど、実は昨日バッタリ会った時に、炭酸水ぶっかけられたんです。未だに私のことライバル視してるみたいで。一度勝つまで続くんですかね、これ……」
告白すると同時に、るなの脳裏に昨夜の冷たい感覚が蘇った。情けないやら腹が立つやらで、声が少しだけ尖る。
「おやおや、モテるねぇ。神月真鈴だけでなく、イズミまでるなしか頭にないってわけかぁ」
「もうっ、茶化さないでくださいよぉ」
るなは頬を膨らませた。真面目に相談しているのに、サエの言葉は嫌味にすら聞こえる。
だが、その軽口のおかげで、昨日から腹の底に溜まっていた不快感が少しだけ薄らいでいくのを感じた。
「おっと、イズミのホームでこんな話ししてたら、どこで本人の耳に入るか分かんないからやめとこ」
散々喋ったあげく、二人はやっと口を噤んだ。突き当たりで『north』『southern』と左右に矢印が貼られており、案内に従って右へ曲がる。
重厚な自動ドアが開くと、そこは一般席とは完全に隔離されたサザンリーグ選手席だった。全面ガラス張りの視界の先には、アクアマリンのチームカラーであるライトブルーの人工芝が、照明を反射して眩いほどに輝いている。
室内はすでに20人ほどが着席していた。冷房の効いた静寂の中に、これから始まる祭の期待と高揚感が漂っている。
程なくしてオープニングセレモニーが始まり、球宴独特の祭が始まった。
リホは4回裏から登場。3番手でマウンドに上がると、『RIHO LOVE『とピンク色のボードが掲げられた。ピッチャーとしての才能もさることながら、アイドル顔負けの容姿が人気なのだ。
「やっぱ無表情だな……。オールスターはお祭りなんだから、ちょっとはファンサービスで笑えばいいのに」
観客のラブコールに背を向け、リホはいつものように淡々とゴロアウトを取っていく。登場からベンチへ退くまで一度もファンに顔向けせずなので、サザンチームのメンバーから『ファンサービスしろ』と苦笑いで観客席を指指された。
それでもリホはリホ。振り返ってぺこりと丁寧なお辞儀をしただけ。天然なのかわざとなのか、ツッコむ選手たちの隣で、マウンドと同じ表情のまま試合の行方を見守る。
「そこもリホの人気の秘訣なんじゃないですか? マウンドで表情を変えない選手は珍しくないですけど、かわいい顔してるのに笑わないって、ある意味神秘的なのかも」
「神秘的? 神月真鈴に勝てる神はいないでしょ」
「またぁ……。どんだけですか、サエさん」
ツッコむと、サエは「えへへっ」と照れ笑いした。真鈴のプライベートの顔を知るるなにとって、彼女は神でも神秘的でもない。ただの、わがままで寂しがり屋で甘えん坊な少女だ。
「おっ、小悪魔ちゃんのお出ましだ」
サエの言葉通り、小悪魔のように含み笑いを浮かべるイズミがマウンドへ向かった。ライトブルーのユニフォームに『north』のゼッケン。サエの話だとオールスターには初出場。それも、他チーム選手の欠場による繰り上がり選抜らしい。
「まぁ、繰り上がりでも出場出来ない私が言うなって感じだけどね」
ぺろっと舌を出すサエ。なんともコメントしがたいが、「キャッチャーは枠が少ないですしね」と流しておいた。
投球練習を終え、サザンチームの攻撃が始まる。るなは浅く座り直し、少し身を乗り出すようにグラウンドを見つめた。
るなの記憶のイズミのボールは、ナイフで切り裂くように盾に落ちて行くのが特徴的だった。フォームも軌道も、高校の時とあまり変化はない。
ただ……。
「えぐっ! あれあれ、あの身体に近いボールばっかでせめて来るんだよねぇ、あいつー。インコースの落ちるボールって分かってても、落ちる角度とクイックモーションが変わるから打ちにくいったらありゃしない!」
サエがうににっと歯軋りする。強気なピッチングは未だ健在らしい。
確かにサエの言う通り、イズミの球種はほとんどがバッターの身体すれすれを行くが、ストライクゾーンの狭いるなには、落ちるボールはそれほど難しくない。そして、投球のタイミングをずらしてきても、小柄で大振りしないるなは調整しやすいのだ。
「相性ってありますもんね。サエさんの分も、交流戦は私が打ちますよ」
「おぉ? 頼もしいこと言ってくれるー。だよね、身体の相性はあるよねぇ」
「……なんか、誤解を生む表現に聞こえるから『身体の』って付けるのやめてください」
苦笑いし、るなはイズミの投球に集中する。あちらが自分を意識してくる以上、負けるわけにはいかない。
オールスターが終われば、まもなく交流戦が始まる。アクアマリンとの対戦は3試合だけだが、イズミと当たる確率は高い。そうでなくとも、最強チームが待ち受けているのだ。
気迫のこもった投球を見せつけ、イズミは5回の表を投げきった。8年ぶりに対戦するイズミを目に焼き付けたるなは、絶対負けない……! と静かに闘志を燃やすのだった。




