41☆場違いなんですけど
案内されたのは、建物の最上階にあたる3階のシーサイドデッキ席。
オーシャンビューでありながらパーテーションやグリーンカーテンで仕切られているため、夜の海を独り占めしているようなプライベート空間になっていた。
ウッドデッキに、純白のテーブルクロスがよく映える。1人がけのソファのようなふかふかの座面に腰を下ろすと、物件探しのためにラフな服装で来てしまった羞恥心に襲われた。
「ヒカルせんぱーい……。なんか私、場違いじゃないですか? 下の人たちみたいな奇麗な格好で来ればよかったぁ」
「あははっ。あれはパーティーだもん。決起集会だっけ? オールスターは『球宴』だから、前夜祭ってとこよね。私だって私服なんだから、恥ずかしがることないって」
「うー……そうですかぁ?」
そうは言っても、ヒカルは私服のセンスからして違う。かろうじて救いになっているのは、隣や周りの席からこちらが見えないということだ。
ヒカルが慣れた口調でオーダーしてくれた。料理が運ばれてくる間、絶景とシャンパンを堪能する。
「引っ越しはいつする? 都合があえば車出すけど」
「嬉しいですけど、それはさすがに申し訳ないですよ。家具も家電もないから、段ボールに積めさえすればすぐ終わりますから。いざとなったらマネージャーとかチームメイトに頼みます」
「そっか。頼もしいチームメイトもいるしね」
階下でドッと笑いと拍手が起きる。選手たちがビーチで何か始めたらしい。いきなり賑やかになりだした。
「リホのことですか? あの子、クールで物静かなイメージありますけど、意外と人一倍ストイックで負けず嫌いだし、根はかなり熱い子なんですよ。あ、でも、ル・ビリーヌのメロンパンを教えてくれたのはあの子で、メロンパンの話ししてると、ちょっとだけニコッとするのがかわいいんです」
「あははっ。そうなんだ? 確かに、マウンドでも全く無表情だもんね。インタビューでも淡々としてるし。ギャップ萌えってやつかぁ」
「そうそう。さっき、私が『誰だっけ?』って顔してた時、ちょっとだけ恥ずかしそうにしてたの気付きました? マウンドでは頼もしいのに、そういうとこがやっぱ女の子ですよねぇ」
「あぁ、私が頼もしいって言ったのは、吉永さんじゃなくて……」
ヒカルが腰を浮かせ、そっと階下を覗く。るなもグラスを置き、木製の手すりの先を覗いてみた。
階下のパーティールームに続くプライベートビーチは、眩いばかりのライトアップに照らされていた。談笑している人もいれば、スマホで写真を撮っている人もいる。
その光景は、まるで映画のワンシーンか、あるいはファッション誌のグラビア撮影のようだった。
「どこに行っても大人気ね。お姉ちゃん、妬いちゃうなぁ」
ヒカルが珍しくおどけた。視線を辿ると、白馬の王子様のような真鈴が、波打ち際で撮影に応じていた。
普段はマウンドで冷徹なまでの闘志を見せる真鈴だが、今はエースとしての風格を漂わせた余裕の微笑みを浮かべている。
「……頼もしいって、もしかして真鈴のことですか? ヒカル先輩のことになると、すぐムキになったりテンパったりするのに?」
「ふふっ。不器用なのよ。愛情のキャッチボールが下手なの。あの子の中には『変化球』がないから。……でも、るなにとっては頼もしい存在じゃなくて?」
「んー……どうかなぁ……。こうやって傍から見てるとかっこいいんですけど、2人になると、別人というかカリスマ性がゼロになるというか……」
「あらあら、ヒドい言い方ねぇ。振り向いてほしくて必死なのよ。ほら、鳥でも動物でも、求婚する時はオスがダンスしてみたり、プレゼントしたりするでしょ? あの子なりのやり方で頑張ってるんだと思うけどな」
るなは、真鈴がクジャクのように羽根を広げダンスをする姿を想像して、ぷっと吹き出す。そんな想像など知るはずもない真鈴は、雑誌の切り抜きのようなスマイルで、月明かりと夜の海をバックに、完璧な角度で自撮りに応じていた。
今階下で見せている姿は、リーグを代表する看板選手としての、近寄りがたいほどの美しさとカリスマ性に満ちている。
真鈴は次々とせがまれる写真撮影に、嫌な顔一つせず応じていた。波打ち際ギリギリまで下がり、背後に広がる夜の海と、ライトアップされたレストランの灯りを構図に取り入れる。
その立ち居振る舞い一つ一つが洗練されており、周囲の選手たちからは「綺麗……」「さすが神月真鈴」と感嘆の声が漏れているのが、風に乗って3階まで聞こえて来た。
オールスターに選抜されている人気選手たちでさえ、真鈴は憧れの存在なのだ。るなだってその輝きは眩しいほどに感じている。
だが、自分にとっては……。
「……私、やっぱり場違いだったかな……」
ポツリと漏らしたるなの言葉にヒカルは「ふふっ」と笑って、背もたれに身を預けた。
「服装のこと? それとも、真鈴のこと?」
「……どっちもですかね。私にはオシャレなお店も服も、真鈴の隣も似合わないですもん」
「そう? るなはそう思ってても、あの子はそうは思ってないみたいよ?」
ヒカルが「見て」と視線を促してくる。るなはもう一度下の真鈴を注視した。
撮影を一通り終え1人になった瞬間、真鈴はスマホの画面を愛おしそうに見つめた。そして、少しだけ寂しそうな表情で夜空を見上げた。。
「……真鈴、るなに会いたがってる顔ね。きっとこの綺麗な景色と写真を撮りたかったのは、あそこにいる選手たちじゃなくて、あなたなんだと思う」
ヒカルの言葉に、るなの胸がトクンと鳴った。
真鈴がもう一度スマホを構えた。誰かにメッセージを送ろうとしているのか、その白い指先が忙しなく動いている。直後、るなのスマホが震えた。
『るなさん、今何をしてますか? ちゃんと夕飯は食べましたか? 今日はご飯作れなくてごめんなさい。明日のオールスター、頑張るのであたしだけを見ていてくださいねー!』
添えられた写真は、海をバックにドヤ顔する真鈴。るなは思わず吹き出し、隣のヒカルに画面を見せた。
「ふふっ、ほらね? あれだけ素晴らしい選手や奇麗な選手がいても、考えることはあなたのことなのよ」
ビーチの賑わいが遠ざかっていく。それぞれ写真撮影を終えて部屋に戻っていくのだろう。
エースは独り、月を眺めていた。誰かが真鈴を呼んだ。一歩踏み出した瞬間、こちらを見上げた気がして、るなは慌てて顔を引っ込めた。
「ば、バレたかな……。今、こっち向いた気がしたんですけど……」
「大丈夫じゃない? あっちから見たら、手すりに付いてる照明で逆光だもん。いくら愛の力でも、さすがに見えてないよ」
「なんですか、愛の力ってぇ……」
今日のヒカルは、やたら茶化してくる。るなはぽすんと座り直し、浅いため息をついてからシャンパンを一気に流し込んだ。
それから、ヒカルがオーダーしてくれた料理が次々運ばれて来た。料理はどれもおいしく、ヒカルとの昔話にも花が咲いた。
5日間のうちに荷物をまとめて引っ越せねばだ。オールスターが終われば、ノースリーグとの交流戦が待っている。しばらく南島には戻って来ない。新居は少しお預けだ。
るなはヒカルとの会話に時間も忘れ、目まぐるしいセシアナ生活のつかの間の休日を堪能した。




