40☆探したんですけど
北島球団が属するノースリーグと、南島球団が属するサザンリーグに別れているセシアナリーグには、年2試合のお祭りがある。
ファン投票により、ポジション別の人気選手を選出。球団の垣根を超え、ノースチームとサザンチームに別れ、スター選手たちが熱闘を繰り広げる。
その『セシアナオールスターゲーム』が、明日から始まる。
投票は1カ月前に締めきっているので、それ以降に移籍しているるなは対象外。監督推薦枠や選手間投票もあるのだが、ショートは花型選手が多い。るなはつかの間の休日のほうが有難かった。
というのも、るなはそろそろ引っ越しをしなければならないのだ。球団が用意してくれたシャニータウンホテルは1カ月のみの契約。あと1週間で引っ越し先を決めなければならない……。
「すいません、ヒカル先輩。せっかくのお休みなのに」
部屋探しを手伝ってくれるのはヒカル。車があるし英語が堪能なので心強い。本拠地であるオーシャンドームからバスで移動できる距離の物件を絞って数件回ることにした。
「いいのいいの。かわいい妹の頼みだもん。交流戦までは5日もあるし、トレーニングばかりじゃなくて気分転換も必要だしね」
「かわいい妹って言ったら、また真鈴がぷりぷりしますよ? 『かわいい後輩でしょ!』って」
「ふふっ。どっちも同じくらいかわいいんだけどなぁ」
ファン投票ダントツ1位の真鈴には、部屋探しの件は内緒だ。今頃、サザンチームの人気選手たちと合同練習していることだろう。
「オールスターが終わったら、すぐ交流戦が始まるじゃないですか。今年はノースの主催で1か月ずっと北島にいるってことだから、やっぱ賃貸よりマンスリーマンションがいいですかねぇ? 11月には日本に帰るんだし」
「来シーズンもセシアナにいるなら、マンスリーのほうが割高よ。オフに離れるのは3カ月だけなんだし、賃貸のほうが選べる幅も広くていいと思うけど? 7割は球団が負担してくれるんでしょ?」
「はい。ヒカル先輩がそう言うんなら賃貸にします!」
昼食を挟み、2人は6件回った。結局、移動時間と利便性を最優先で、少しお高めの新築高層マンションに決定。リゾートシティらしい家具も備え付けなので、家電や家具も買う手間が省ける。あまり部屋には帰らないので、底層の1LDKを選んだ。
オーシャンドームまではバスを乗り継がねばならないが、徒歩10分程度のところにドルフィンズの寮がある。寮生用の送迎バスに便乗してもいいとマネージャーのトウコの許可が降りたので、アクセスも心配なさそうだ。朝食も寮で食べてもいいわよと言われたが、やはり魚介メインなので、こちらは遠慮する。
「あぁ、ヒカル先輩に来てもらって、ほんとに良かったぁ!」
助手席で大きく伸びをしながら、るなは心底からの溜息をついた。窓の外を流れるリゾートシティの街並みは、夕陽を浴びてオレンジ色に輝いている。
「契約書とかちんぷんかんぷんですもん。日本ではずっと寮生活だったから、賃貸契約なんてしたことなかったし。御礼に夕飯おごらせてください! 何食べたいですか?」
「これくらい、お安い御用よ。んー、じゃあイタリアンレストランでも行く? シーフード中心だけど、ピザならるなの食べれるものもあるでしょ」
「行きます行きます!」
ヒカルの運転する車は、都会の喧騒を離れ、海岸沿いの1本道へと入った。
右手に広がるのは、宝石を撒き散らしたように煌めく海。潮風がわずかに車内に入り込み、南国の夜の香りを運んでくる。
「試合でこっちのほうに来た時に、先輩に連れて来てもらったことがあってね。すごくおいしいし雰囲気もいいから、選手も結構利用してるんですって」
40分ほどのドライブを経て到着したのは、波打ち際にせり出すように建てられた、邸宅のようなレストラン。一歩足を踏み入れると、磨き上げられた大理石の床に、るなの履き古したスニーカーが微かな音を立てた。
「いらっしゃいませ」
店員は二人の顔を見るなり、確認作業もそこそこに「こちらへどうぞ」と恭しく一礼した。顔パスとはさすがだ。尊敬の眼差しでヒカルの背中を追うるな。
広い店内はパーテーションを上手く活用されており、客席のほとんどが半個室になっていた。なるほど、選手たちが利用しやすいわけだ……と納得する。
案内されたのは、店の一番奥。突き当たりの大きな両開きの扉だった。
「……あれ?」
ヒカルが少し首を傾げる。扉の向こうからは、にぎやかに談笑する声が漏れ聞こえてきていた。
明らかにパーティールームだ。車内で電話した際、『2名で』と予約したのをるなも聞いている。
「あの、有沢で、2名で予約してたんですけど……」
ヒカルが言い終わらないうちに、店員が重厚な扉を開け放った。
「あれ……るなさん?」
背後から呼ばれて振り返る。濃紺地にアヤメ柄が鮮やかな浴衣を纏った美しい女性が、大きな瞳をぱちくりさせて立っていた。
誰……? るなはまじまじ見つめる。態度で分からないと諭した女性が「リホです」と恥ずかしそうに首を竦めた。
「え、えーっ! リホ?」
言われてみれば、声はリホそのものだ。普段はメイクなどしなくても整った顔をしているのに、今日はフルメイクなので更にアイドル度が増している。
思えば、るなはリホのトレーニングウェアかユニフォーム姿しか見たことがない。同性のるなでさえ色気を感じる。思わずうっとりしてしまった。
「るなさんも、決起集会に?」
「……え? 決起集会?」
聞き返しながら部屋を覗く。そこでは、艶やかにドレスアップした女性たちの、立食パーティーが行われていた。
ガラス張りの向こう、月明かりに照らされたプライベートビーチを背景に、サザンリーグを代表するスター選手たちが勢ぞろいしていたのだ。
ある者はリホのように日本の風情を感じさせる浴衣を、またある者は現地のトレンドを反映した鮮やかなドレスを纏い、グラスを片手に笑い合っている。
それは、戦場であるマウンドやダイヤモンドで見せる厳しさとは無縁の、選ばれた者だけが許されるパーティー会場であった……。
テレビクルーや取材陣の姿もある。年に1度の祭典に向けて、メディアもインタビューを行っているようだ。
「あらら、よりによって……」
ヒカルが苦笑する。ケガから最近1軍登録されたヒカルもまた、投票外選手だ。
そんなことよりも……。
「ヒカル先輩……。真鈴に見つかったら面倒だから、店を変えませんか?」
「うーん、それはさすがにお店に失礼だから、屋上のデッキ席にしてもらおうか。ここでパーティーしてるのに、わざわざ3階まで上がって来ないだろうし、デッキ席なら下からはなかなか見えないから。……吉永さん、悪いけどここであったことは内緒ね?」
耳打ちするヒカルに、リホは「分かりました」と素直に頷いて部屋へ入っていった。
謝罪する店員が確認を取りに行く。待っている間、るなはちょっとだけ室内を覗いてみた。
華やかな光に満ちた室内。色取り取りのカクテルドレスや柔らかなチュールが揺れる中、一角だけ鋭い輝きを放っていた。
話の輪の中心に立つ彼女は、目映いばかりのオールホワイトのセットアップに身を包んでいる。ゆったりとしたワイドパンツは、一歩踏み出すごとに優雅なラインを描き、シルクの棒タイブラウスは、あえて結ばず長く垂らすことで、中性的な色気を演出していた。
代わる代わる話しかける選手たち。プロ中のプロを集めたパーティーだというのに、まるで彼女のためのパーティーにお呼ばれしたゲストのよう。1人1人に眩しい笑顔で対応すると、みな頬を染めていく。
普段は敵ばかり。だが、彼女のフェロモンが、選手たちを『女』に戻していく。
それだけ、神月真鈴という選手は、別格なのだ……。
改めて、真鈴の魅力と人気ぶりを思い知る。映画か絵本の中のような目の前の光景に、るなの目は釘付けになっていた。
「王子様みたいね……」
ハッと我に返る。るなの心の中を、ヒカルが代弁した。るなは慌てて扉の影に顔を引っ込めた。
「大丈夫。夜はるなのところに帰ってくるんだから」
「……え? 変な言い方しないでくださいよぉ」
「だって、るなが寂しそうな顔してたから。『自分じゃ不釣り合いだ』ってね」
……図星だ。くせ者、恐るべし。
「真鈴はるなのこと大好きなんだから、自信を持って?」
「いやいや、真鈴はお姉ちゃんっこでしょー。ヒカル先輩のことが大好きじゃないですか」
「ううん。私は『姉』だもん。でも、るなはるなだから。真鈴がふさわしいと認めたんだから、ふさわしいの」
なんだか励まされ出した。
「有沢様」
店員が戻ってきた。希望通り、デッキ席を用意してくれたとのこと。
最後にチラッと振り返る。るなたちに気付くことなく談笑を続ける真鈴の横顔が遠い存在のように思えた。




