39☆泊まるんですけど
ヒカルの運転で、シャニータウンホテルに4日ぶりに帰ってきたるなと真鈴。
長い年月が真鈴をツンデレ状態にしているらしく、甘えたいのに強がってしまう妙なテンションの会話が車内で繰り広げられた。
ホテルの駐車場。トランクから2人分の荷物を取り出するな。しばしの別れを惜しむ義姉妹の姿を横目で捉える。
「次の対戦は交流戦挟むから、ちょっと先になるね。それまでには足治ってるだろうから、また会えるの楽しみにしてる」
「……もう同じ手は使わないから」
「そうね。ルナイダーは、るなにしか扱えない。今度はストレートで勝負してほしいな」
「生意気言わないで? あたしのストレートを、ヒカルの細腕で打てるわけないでしょ」
「ふふっ、分かんないよ? 打撃は腕力じゃないんだから。るなにうつつ抜かしてるエースさん、せいぜい肩を鈍らせないでね」
ぽんっと左腕を叩かれた真鈴が、ヒカルのその手を掴む。嫌味のひとつも言いたいのだろうが、真鈴は悲しげな瞳を揺らすだけで言葉が出て来ないようだ。ヒカルも心情を察したようで、その手を払うことはしなかった。
「ヒカル先輩」
るなはお節介をやくつもりで、真鈴のバッグをヒカルに差し出した。
「重いんで、こっち持ってもらえません?」
困ったように笑い、ヒカルは「はいはい。お部屋に運べばいいのね?」と受け取った。
7階に着き、るなはスマホでロックを解除する。ヒカルに礼を告げて別れようと振り返った。真鈴と目が合った。なにやらもじもじしている。
「る、るなさん? 荷物置いたら……こっち来ませんか?」
「えー、私もう寝るよ? 真鈴のおもりで疲れたもん」
ヒカルがぷっと吹き出す。
「冗談冗談。ちょっとだけね? 疲れてるのはほんとだから。ヒカル先輩も少し休んでから帰りませんか?」
「うーん……そうね。ちょっとだけお邪魔しようかな?」
チラッと見上げる姉に「す、好きにすれば?」とツンデレ妹が目を逸らす。
あー、そういうこと? と、るなは苦笑する。素直に『休んでいって』と言えないから、自分を利用したのだ。マウンド上では決して見せない挙動不審っぷりがおかしくて、るなは「すぐ行くねー」と自室へ入った。
わざと時間を空け、るなは隣の扉をノックする。「どーぞー」と、低く機嫌悪そうな返事が返ってきた。
中ではふくれっ面の真鈴がベッドに、テレビに向いているヒカルがソファに腰かけていた。ちょうどスポーツニュースコーナーが始まるところで、オープニングテーマが流れ出す。
「るなさん、ずいぶん遅くないですか? シャワーでも浴びてたんですか? もう15分も経ってますけど」
「えー? そう? シャワーは球場で浴びてきたし、荷物の整理してただけだけどー?」
「……ったく、わざとらしい……」
バレバレだった。ボー読みだったらしい。一緒にいたいくせに、いざ2人きりになると気まずかったのだろう。知らんぷりをし「お待たせしましたー」とヒカルの隣に座る。
コーナーの冒頭、グラウンドに姿を現した際の真鈴が映った。映像だと加工しなくてもキラキラ音が聞こえそうだ。大歓声の中、マウンドへ上がっていく。
「なんかさー、全然違うように見えるよねぇ……」
「るなさん? 何が言いたいのか分かりませんけど、失礼な目でこっち見ないでください」
「失礼な目ってなによー。そっちのほうが私に失礼でしょうが」
言い合う2人を見て「仲いいねぇ」とヒカルが笑う。しかし、その笑顔は一瞬で険しくなる。
ヒカルの打球が腿に当たり、マウンドで苦悶の表情を浮かべる真鈴が映った。英語なのでるなにはナレーションも球場の罵声も分からないが、口調でいい言葉でないことだけは伝わってくる。
「……イヤだなぁ。エゴサーチするつもりはないけど、熱狂的な神月真鈴ファンを敵に回しちゃったよね……」
「プレイ中のケガなんて、故意じゃない限りどっちも悪くないですよ! 真鈴だって打撲だけで済んだんだから、叩いてくるやつがいても無視してくださいね?」
「まぁね……。分かってはいるけど……」
画面は、ベンチへ下がっていく真鈴を顔面蒼白で見送るヒカルの姿も映していた。その延長上に、同じ方向を不安げに見つめるるなが小さくいた。
「ちょっとちょっと、るなさーん! なんですか、あの顔! おやつのプリン取られて泣きそうな子供みたいじゃないですかーぁ。あははははっ」
「ひ、ひどーい! 人が心配してるのに、そんな言い方ないでしょー! ヒカルせんぱーい、なんか言ってやってくださいよー」
「うわぁ、そうやって上の人を盾にするとこも子供っぽーい。褒めてるんですよ? かわいいって言ってるんですからね?」
「全然褒めてなーい! 嬉しくなーい!」
わちゃわちゃする2人の横で、変わったリホのピッチングも、じっと見つめ続けるヒカル。研究熱心なのか、ただ画面に向いているだけで心ここにあらずなのか……。
口を引き結んでいるヒカルの横顔に、るなはある提案を持ちかけた。
「ねぇ、ヒカル先輩。今日は私の部屋に泊まっていきません?」
「えっ!」
ヒカルよりも先に反応したのは真鈴。身を乗りだし、「ダメに決まってるでしょう!」と両手をバタつかせ出す。本人はキョトン顔で振り向いた。
「うーん。もう遅いから、泊めてくれるのは助かるけど……」
「ダメっ! ヒカルも何言ってんの? そんなのダメに決まってるでしょー!」
なぜか猛反対している真鈴に、年上2人の視線が集まる。
「なんでよ? 私の部屋なんだから、別に真鈴が反対することじゃないでしょ?」
「ダメって言ったらダメです! 2人で寝るなんて絶対許しません!」
「別にあなたに許してもらわなくたって寝るもん! ねーっ、ヒカルせんぱーい」
るなはヒカルにもたれかかり、肩に頬ずりする。そこへ殺人現場でも目撃したかのような表情の真鈴が「こらーっ!」と割って入った。
「なによぉ! 久しぶりの再会なんだから、割り込まないでよねー!」
「あたしだって久しぶりです! るなさんよりずっと、ずーっと久しぶりなんですー!」
「あれれー? 真鈴ってば、私と寝たいからヒカル先輩に嫉妬してたんだと思ったら、ヒカル先輩と寝たくて、私に嫉妬してたんだーぁ?」
わざと意地悪く言う。真鈴の白い肌が、カーッと赤くなっていく。もたれかかったヒカルの肩が震えた。笑いを堪えているらしい。
「ち、違います! ヒカルとは久しぶりに会ったって言いたかっただけです。あたしが一緒に寝たいのはるなさんです!」
「三振取れなかったじゃーん。まぁ、そもそも約束はしなかったけど」
「意地悪ばっかり言ってると、明日からお夕飯作りませんからね? いいんですか? 明日はコロッケにしようと思ってたんですけど?」
「え! コロッケ?」
るなの目が輝く。ヒカルの肩の震えが大きくなった。
「あははっ。ほんとに仲がいいね、2人は。いいじゃない、るな。真鈴と一緒に寝てあげたら? 足が痛くて眠れないかもしれないし」
ヒカルが、るなのおかっぱをゆっくり撫でる。「えー!」と甘えた声を出し、どさくさに紛れて太腿にころんと頭を乗せた。
「あらら。るなったら甘えん坊ね。こういうのは真鈴にやってあげて?」
「イヤです。ヒカル先輩の膝がいいです。あぁ、やっぱりお姉ちゃんほしかったなぁ」
「ほんと? なったらなったで、私みたいなお姉ちゃん、いらないって言うかもしれないよ? ……真鈴みたいに」
ヒカルがちらりと真鈴に向く。真鈴の動きが止まった。るなはダメ押しにかかった。
「真鈴。いらないなら、ヒカル先輩、もらっていい?」
「……もらうとかあげるとか、姉妹はそんなんじゃありませんよ」
「じゃあ、真鈴のお姉ちゃんなの?」
「……当たり前でしょう」
真鈴の頬が更に赤くなる。照れくさいのか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。るなにしか届かない小声で「素直じゃないんだから……」とヒカルが呟いたのが聞こえた。
「真鈴もおいで?」
ヒカルがぽんぽんと膝を叩く。意地より欲求が勝ったらしく、真鈴はニヤケる2人と視線を逸らしながらソファの下へ座った。るなと逆の腿に頬をくっつける。
「やっぱり泊めてもらおうかな。3人で寝る?」
ヒカルの提案に、真鈴が勢いよく顔を上げた。
「賛成! あたしが真ん中」
「えー、やだぁ。ヒカル先輩の隣がいーいー」
「ダメです。るなさんもあたしの隣!」
「やーよ! ヒカル先輩と寝ないんなら、自分の部屋帰るー」
「それもダメですよぉ。あたしはるなさんとも一緒に寝たいんです」
「なにそのわがままぁ」
両腿の上で言い合う2人に「ケンカしないのー」とヒカルが優しく叱りつける。
長かった義姉妹の冬……。
雪解けを成功させたるなは真鈴とのじゃんけんに勝ち、ヒカルを挟んで寝ることにも成功したのだった。




