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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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34/39

34☆来ちゃったんですけど

 


 ナイターは投低打高のフォレストビーナスを相手に、投高打低のドルフィンズが9対8で大健闘。惜しくも9回裏で逆転され敗北したが、相手のくせ者キャッチャーであるヒカルの配球から8点取れただけで、るなの悔しさは半減していた。

 とはいえ、やはり黒星が多いドルフィンズ。今日のるなは5打席で2安打、2打点といえど、チームの課題はまだまだ山積みである。


「ふぃー……。お疲れ、るな。やっぱ食えないわぁ、有沢。んでも勉強にもなる。1点差で2連敗してるから、最終日こそ勝ちたいね」


 ビジターロッカールーム。ヒカルを褒められて誇らしく思うるなの隣で、サエはプロテクターを整理しながらため息をついた。

 試合後、気持ちを切り替えてさっさとシャワーを浴びたるなはすでにほぼ帰り支度が済んでいる。一方のサエは、まだユニフォームのまま。汗と制汗スプレーの匂いが混じっていた。


「お疲れ様です、サエさん。ほんと、昨日も今日もあとちょっとって感じなんですけどね。……もしかして、今までリホと明日の打ち合わせだったんですか?」

「そ。急遽のスライド登板だからか、リホが珍しく前のめりでね。いつもは私の配球に首振ることはなかったのに、今日の打ち合わせは積極的に意見出してくれたよ。おかげでいい感じにまとまったと思う。去年も今年もリホはまだメロナドーム無敗だし、気合い入ってるみたい」

「そうですか! それは頼もしいですねー。私もリホの印象ちょっと変わりました。2人だと、意外と喋ってくれるんですよね。表情には出さないけど、熱いもの持ってるってゆーか」

「うんうん。るなも明日も期待してるかんね? んじゃ、シャワー行ってくるわ。お疲れー」


 ひらひらと手を振り、サエはロッカールームを出て行った。るなはスポーツバッグを担ぎ、ロッカーの扉を閉める。

 最後にマナーモードを解除したスマホをポケットに入れようとしたところで、兄からメッセージが届いていることに気付いた。


『るにゃ、おつかれちゃん。ツーベースん時、二塁回ったとこでこけかけてたけど足ひねってないか? お兄ちゃんは心配だぞ』


 ……うちの兄意外の誰でもない文章だ……。るなは唇を尖らせ、廊下を歩きながら返信する。


『ご心配どうも。こけかけてないしひねってもいないから安心して。あとその呼び方やめてって言ってるでしょ!』


 ふんっと送信ボタンを押す。すかさず返信が来た。


『なんで? かわいいじゃん。そのかわいい妹の勇姿を見届けに来てくれた優しいお兄様は、メロナドームホテル最上階のレストランで待ってるから、身支度終わったら飯食おうぜ!』

「えぇーっ!」


 思わず大きな声を出してしまった。前を歩いていた外国人選手が驚いて振り返った。

 セシアナに来る日が決まったと連絡をよこしてきたのは、つい2日前のことだ。まさかこんなにも早く、しかもすでにホテルにいるとは……。


「もうっ、相変わらず勝手なんだから……」


 独り言も吐きたくなる。るなは足を速め、一度荷物を1111号室に置いてから、最上階レストランへ向かった。


 *


 エレベーターで最上階へ。扉が開くと、そこは一面ガラス張りの展望レストラン。「お待ち合わせですか?」とタキシードの店員に声をかけられ、るなは兄の名で予約があるか尋ねた。


「おうっ、久しぶり! 思ったより早かったな」


 通された個室で、固定された左手を上げたのは兄の春平。向かいの席には、兄と半年前に籍を入れたばかりのリカコ。「久しぶり」と笑顔で会釈してきた。


「リカコさん、お待たせしました。お久しぶりです」

「おいおい、俺にはー?」

「あぁ、お兄ちゃんも久しぶりぃ」

「おっと? 照れ隠しかぁ? ほんとはお兄ちゃんに会えて嬉ションしそうなくせにぃ」

「はぁ? しないし! こんな高級レストランで下品なこと言わないでよねっ。恥ずかしい」

「素直じゃねぇなぁ。ワイフの前だからって強がんなくてもいいのに」


 そうは言っても、春平はご機嫌な笑顔が貼り付いたまま。テーブルに置かれているワイングラスのおかげもあるかもしれないが、なんだかんだ妹に会えたことが嬉しくてたまらないのはバレバレだ。照れ隠しにも程がある。

 るなは春平の隣に座る。明日も試合なので1杯だけ、とるなもワインを注文し、3人は再会の乾杯をした。


「それで? いつこっちに来たの?」

「今朝だよ。ちょっと観光して、ナイター見て」

「えー。さっきの試合、現地で見てたってことー?」


 るなはあからさまに嫌な顔をする。


「なんだよぉ。俺が応援に来たから2打点もあげられたんだろ? 欲張って三塁行こうとして慌てて戻る小動物みたいなるにゃちゃんもバッチリ見てたから安心しな」

「ムカつくー」


 左手に固定された白いギプスが痛々しいが、持ち前の楽天的な性格が、その重苦しさを反転させる春平。兄妹のやり取りを微笑ましく見守りながら、リカコは甲斐甲斐しく料理を取り分けていた。

 オフでも薄化粧のるなにとって、バッチリメイクのリカコは近寄りがたい。『女』を強調する、谷間丸見せの洋服のセンスも有り得ない。だがそれは、自分自身の持っていないものを持つ女性への嫉妬なのか……と思う時もある。


「もう、しゅんくん? るなちゃんは試合で疲れてるんだから、からかうのはそれくらいにしたら? お医者様にはアルコール控えるように言われてるんだし、ワインもそれで最後ね」

「おいおい、まだ2杯だぞ? こっちは試合ないんだから、もうちょっと飲んだって……」

「はいはい。嬉しいのは分かったから、ご飯もちゃんと食べてね?」


 リカコはそう言って、るなの視線にも躊躇なく春平の口に前菜を突っ込んだ。いくら利き手の左が使えないとはいえ、フォークなら右手でも難しくないだろうに……。新婚だから見逃してやるか、とるなは見て見ぬふりをした。


「ところでお兄ちゃん、登板復帰はシーズン終板ギリギリって読んだけど……」

「あー、うん。全治2ヶ月だって。そっからリハビリと筋力調整入れたら、シーズンギリギリにはなるわな。しゃーない、今までケガなくローテ守ってきたけど、勤続疲労みたいなもんだし」

「そっかぁ……。鋼の心臓だけど、身体は鋼じゃないもんね」

「ピッチャーとして、褒め言葉と取ってやんよ。……んで、こっちのエースの神月真鈴とはどうなったん? なんか、明日の当番スキップなんだってな。生で見るの楽しみにしてたんだけど、まさかるなのスライダー教室が絡んでんじゃねぇだろうなぁ」


 るなはワインを吹きそうになった。

 ルナイダーを教えてくれとせがまれた際、兄に色々と相談はしていた。だが、新聞記者であるリカコの耳にどこまで入ってしまったのかと焦る。

 るなの心配が視線に出てしまったのか、リカコは首を傾げて笑った。


「安心して? 仮にもしゅんくんの妹のるなちゃんが矢面に立つような記事にはしないから」

「……どういう意味ですか?」

「そんなに構えないで? 記者としてじゃなく、るなちゃんは私の妹でもあるんだから色々知りたいだけ」


 柔和な笑みを浮かべてはいるが、その瞳の奥には記者特有の『真実を知りたい』という鋭さがにじみ出ていた。整ったその美貌が、更に近寄りがたさを増幅させる。

 やはりこの人は信用仕切れない……。るなは話を逸らした。


「お兄ちゃん、ヒカル先輩って覚えてる? 私が大学2年ん時バッテリー組んでた」

「ヒカル? んー……名前は忘れたけど、2こ上の垂れ目の子だっけ? もしかして、今日あっちのキャッチャーやってた有沢ってそう?」

「そうそう! 有沢ひかる先輩。お互い、こっち来てたの知らなくてさ。強い味方だった人が敵になるの、結構しんどいねぇ。お兄ちゃんもなんかそんなエピソードあったよね?」

「そりゃプロに入ればあるよ。学生は転校でもしない限りないけどな。俺ん時はあれだよ、うちの4番バッターだった……」


 しばらく、兄妹の昔話と野球談議が続いた。リカコは会話には混ざらず、しかし相変わらず合間にアーンは繰り広げられている。


「お待たせしました」


 3人の手と口を止めたのは、るな用に春平が注文した料理が運ばれて来た瞬間だった。

 一見、特盛りのカレーピラフのように見えた。だがカレーではない、別のスパイシーな香りがする。食欲をかき立てられる香りだ。茶褐色のライスには、色とりどりの豆と野菜がたっぷり入っていた。


「うちらはもちろんセシアナ料理コースにしたけど、るにゃはお子ちゃまだから魚介類じゃない料理を頼んでおいてやったぞ? てっぺんに旗が立ってないのが残念だが。あぁ、俺ってなんて優しい兄貴なんだろう」

「……優しいだけならいいんだけどねぇ」

「あん? 何か言ったか?」

「ううん? ありがと! いっただっきまーす」


 平皿でエベレストのごとく聳え立つ飯にスプーンを入れ、るなはそのスパイシーな刺激に舌鼓を打つ。「あれって4人前よね?」と春平に尋ねるリカコの驚きもよそに、るなは着々と飯の山を切り崩していく。

 一言も二言も余計だが、なんだかんだ気を遣ってくれる兄との会食。お互いにシーズンオフでも時間が合うことは少ないので、たった1人の兄との時間も悪くないな、とるなはスプーンを置いた。

 紙ナプキンで口を拭うと、リカコはギョッとした表情で「もう食べたの?」と言った。


「こいつ、昔から大食いの早食いなんだよ。4つも下なのに、俺と張り合って食ってたもんな? もうアラサーの俺は今以上に食事制限してるっつーのに、羨ましいもんだよ」

「いいじゃない、試合の後なんだし。ねぇ、るなちゃん?」


 どうしても『記事ネタ探り』という先入観が、フィルターをかけてしまう。さっっきからるなの肩を持ってくれているのは分かるのだが、るなは素直にその言葉を受け取れずにいた。


「普段は食事はどうしてるの? しゅんくんから、魚介類が苦手だから日本のレトルト食を送ったって聞いたけど、まさかアスリートが毎日レトルトってわけじゃないでしょう?」


 ほら、来た……! と身構える。ワインを一口含み、るなは落ち着いて返した。


「球場のケイタリングで、日替わりスムージーとプロテインバーとかでやり過ごしてますよ。あとは、チームメイトが付くってくれたり、時間がある時は外にも行きますし……」

「そうなんだぁ。確かに、チームメイトではないけど、今朝もお出かけしてたみたいだしね」


 リカコはそう言うと、スマホの画面をチラリと見せてきた。

 そこには、白い車から降りる、るなとヒカルの姿が写っていた。まるで、隠し撮りのゴシップ記事のようだ。


「さっき言ってたるなちゃんの大学時代の先輩、有沢ひかる。今はフォレストビーナスの1軍。それまでは移籍後ケガ続きで2軍だったみたいね。るなちゃんが知らなくても当然かぁ」

「……なんで撮ったんですか?」


 るなの語気が強まる。


「リカコさん、プライベートでお兄ちゃんと来たんですよね? お仕事でもないのに、ネタ探しみたいなことやめてください」

「ネタ探しだなんてやだなぁ。怖い顔しないで? 職業病で、つい撮っちゃっただけよ」

「さっき『記者としてじゃなく、妹でもあるから色々知りたいだけ』って言いましたよね? 知りたいなら直接聞けばいいだけですよね? こんな風にこそこそ撮るのやめてくださいよ」

「別に悪いことしてたわけじゃないんでしょう? 大学の時の先輩とドライブしてた写真を撮っただけで、そんなにムキにならなくてもいいじゃない」


 るなが押し黙ると、リカコは微妙に口角を上げた。ムキになってる自覚はある。図星に言い返す言葉が見つからず、るなは唇を噛んだ。

 他チーム選手との交流など珍しくもないが、ヒカルとは『誰にも内緒で』とお忍びで会ったのだ。

 それは、世間の目というよりも、むしろ後ろめたい相手がいるから……。



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