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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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33/39

33☆約束なんですけど

 



「だから、顔も見たくないんじゃないかな……。登板回避するほどにね」


 話終わると、ヒカルは深くシートにもたれた。

 愛情の分だけ憎しみも大きくなってしまった。すぐ飽きてしまうという周囲の印象とは裏腹で、執着が強いのは捨てられる恐怖に怯えていただけなのかもしれない。


「……気付いてたんですね。真鈴の登板回避の理由……」

「あはっ。あの子のしそうなことだもん。5年間だけだけど、ほぼ毎日一緒にいたのよ? ワガママなあの子の悪いとこよね。プライドが高いから、無様な姿は見せたくないんでしょ。……るなには違うみたいだけど」


 ヒカルがちらりとこちらを向く。車窓の外からは、公園で遊ぶ子供たちの楽しそうな笑い声が響いていた。


「真鈴はね、プライド高いくせに甘えん坊さんなの。完璧な投球を追求してるから、傷つくのが怖い。天才には違わないけど、本当はものすごく研究してるし、葛藤もしてる。だから、自分を受け止めてくれる理解者が欲しいの。弱さを見せられる、『お姉ちゃん』がね……」


 真っすぐ見つめられ、るなはようやくヒカルの眼差しの意味に気付く。心臓がドクンと嫌な音を立てた。

 パズルがはまっていく。

 満たされない寂しさ。

 抜け出せない孤独感。

 愛情を求める先は……。

 真鈴が日本人ばかりに手を出していた理由は、意識的か無意識か……。


「私は……ヒカル先輩の代わり……?」


 ヒカルはすかさず首を振る。


「ううん、違う。るなはるなだよ。誰でもいいわけじゃない。るなだから、甘えてるんだと思う」


 その漆黒の瞳には、嘘もお世辞も感じられない。今や敵となったヒカルだが、プライベートはこうして温かいままだ。

 ヒカルの頷きと首振りには、説得力がある。それは、表情だけで会話が出来るバッテリーだったからこその安心感。

 だがヒカルに飢え、悶えていた真鈴は……。


「るなはさ……真鈴のお姉ちゃんにならなくていいと思うの」

「……でも、真鈴が求めてるのはお姉ちゃん的な存在なんですよね?」

「うん。それはそうなんだけどさ。あの子の中には、まだ中学生の時の私がいる。あのムキになった顔見れば分かるよ。あの子にとって、姉は私しかいない。かわいそうに、縛られたままきっとそれは変わらない。憎しみもね……」


 ヒカルはコーヒーを飲み切り、ドリンクホルダーに戻した。「だからさ……」と言いながらエンジンをかける。


「あの子を……真鈴を、るなが守ってあげて? 私を憎むことがあの子の原動力なのだとしても、私はそれでかまわない。でも、今回みたいに私から逃げることは今後もあると思う。そのたびに不安定になるかもしれない。るなには真鈴を支えてほしいの。憎しみを超えて、いつか私に内角高めで勝負してほしい。……その時は、打ち返すけどね」


 ふふっ、といたずらな笑みを浮かべるヒカル。車はゆっくり車道へ合流する。

 子供たちの声が遠ざかっていく。るなにとってはヒカルとドライブモーニングした公園になったが、もしかすると、ヒカルにとっては真鈴との思い出の公園だったのかもしれない……。


「ヒカル先輩」

「なぁに?」


 ヒカルはただ、前だけを見つめている。その先には、遠くに小さく見えるメロナドーム。今夜も、るなとヒカルはあそこで戦う。


「……また、ご飯連れてってください。それと、先輩のお母さんが眠ってる海にも」

「うん。行こうね。母も喜ぶと思う。応援する選手がもう1人増えた、ってね。でも……」


 ヒカルは一度言葉を切った。赤信号で車を止めると、るなのほうを向いた。


「今度行く時は、真鈴にもちゃんと言っておいて? るなまで裏切りの対象になってほしくないの。私と密会してることを知ったら、あなたにまで見捨てられたと思い込むかもしれない。怒っても泣いても、ちゃんと私と会うことは伝えてから来てほしい。……ごめんね、姉のほうまでワガママで」


 その瞳は優しいのに、言葉は全てが懺悔のようだった。


「……ほんと、世話のかかる姉妹ですね。でも、ヒカル先輩にはお世話してもらいっぱなしだったし、ヒカル先輩の言う通りにして間違いだったことはなかったから、そうします」

「またまたぁ。そんなお世辞言っても、今日の配球は教えないんだからね?」

「お世辞じゃないですよー? ……あっ、そうだった。忘れないうちに、これ」


 るなはポケットから、柴犬モチーフのカードケースを取り出した。停車しているうちに渡そうと思ったのだが、あいにく信号はすぐに青に変わった。ヒカルは前に向き直る。


「あー、受け取るの、危うく忘れるとこだった。……ねぇ、るな。うちらの写真の後ろに、もう1枚入ってるの」

「写真ですか? 見てもいいんですか?」


 集合写真をそっとスライドさせてみた。確かにもう1枚、忍ばせるかのように入っていた。


「これ……」


 そこには黒髪でおかっぱの少女が、薄茶色の髪を2つ結びにした少女を、後ろから抱きしめている光景が写っていた。

 小学生の頃のヒカルと真鈴だ。新品なのか、まだシワ一つないぴかぴかのグローブを抱え、得意げに白い歯を見せて笑う真鈴と、そんな妹を後ろから抱きしめてお澄ましするヒカル……。


「るなのほうが似合ってるよね、おかっぱ。恥ずかしいんだけど、ちゃんと2人で写ってるのがこれくらいしかなくてさ」

「えー、おかっぱ似合うって言われても……。でも、2人ともいい顔してますね。ほんとに仲良かったんだなーって伝わってきます」

「これからはるなが守ってあげてね。真鈴がずっとカリスマでいられるように。約束だよ? もし真鈴を傷つけるようなことがあれば、るなでも許さないからね?」


 ……その言葉は、温かい約束のようにも、鋭い警告のようにも聞こえた。




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