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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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35/39

35☆交わせたんですけど

 


「リカ、悪いけどやめてあげてくんないかな」


 春平が待ったをかけた。リカコの頬筋が一瞬引きつった。


「うちの妹も、一応プロだからさ。顔の知れ渡ってる有名人がどこそれ構わず写真撮られるのは気分のいいもんじゃない。リカのことは信用してるけど、その画像がどこでどう悪用されて、るなに不利なネタになるか分かんねぇ時代だかんな。俺もるなの立場なら、消してくれって頼むわ」


 それは兄としてだけではなく、一プロ野球選手としての発言でもあった。だが、言葉に詰っていたるなにとっては、頼もしい兄の救いの手だった。


「……ごめんごめん。じゃあこの写真はここで消すわ。それでいいでしょ?」


 リカコは2人にスマホを向け、削除ボタンをタップした。兄の春平はホッとした表情で「悪いな」と軽く謝罪を入れているが、るなはまだ心中穏やかではなかった。


「ねぇ、そういえばさっきしゅんくんが言ってた、るなちゃんのスライダー教室ってなぁに?」


 話を逸らしてきた。リカコは甘い声を出し、るなのほうではなく春平のほうに身を乗り出している。大きく開いた襟ぐりから、たわわな胸の谷間が見えた。


「あぁ、あれ? うちの妹はすげぇんだよ。セシアナのカリスマに、変化球を教えてくれって頼まれてさぁ……」

「ちょっと、お兄ちゃん!」

「なんだよ、誇らしいことじゃねぇか。それくらいはいいだろ?」

「ダメ! 日本で使い物にならなくなった私に頭を下げたなんて、真鈴のイメージだって下がるし」

「そっかぁ? お兄ちゃんは嬉しいんだけどなぁ。スーパースターといえど、凡人でちんちくりんなるにゃに教わろうとするなんて、アスリートの鏡だなって俺は思うよ」

「ダメなものはダメなの! ……リカコさん、悪いけど今のも忘れてください」


 兄に相談なんかするんじゃなかった……と後悔するるな。リカコは笑顔で「あら、残念」と口にはしたが、るなにはその笑顔さえも『いいネタを掴んだ』という笑いにしか見えなくなってきた。


「入団がほぼ同期だし、るなちゃんは、神月真鈴とは仲がいいの? 球種の研究とか、食事もしたりするの?」

「……チームメイトですから。普通に」

「そうなんだぁ。有名人なわりに、神月真鈴のプライベートって全く漏れてこないから、てっきり凄すぎて誰も近寄れないんだと思ってた。じゃあ、チームの仲でも人気者なの?」

「……自分のことならともかく、チームメイトのことをべらべら喋れませんので」


 またムキになりそうなので、余計な話はしないのが一番だ。タイミングよく、デザートが来た。さっさと食べて退席したいるなは、上にメロンパン生地を乗せたメロンパフェを黙々と口に運ぶ。


「異性だけど、同じピッチャーとしては神月真鈴は俺もすげぇと思う。日本語話せるんだろ? ちょっと時間作って会わせてくれよ」

「お兄ちゃんまで……。無理言わないで。ニュース見たんでしょ? 真鈴は肩に違和感があるから休んでるの」

「なんだよぉ。お前がバッティングで悩んでた時、俺のチームメイトに相談乗ってもらっただろ? たまにはお兄ちゃんのお願いきけっての」

「それとこれとは別! ……ごちそうさま」


 るなに断られた春平はデザートも愛妻にアーンしてもらい、面白いほどすぐにご機嫌を直した。

 その春平が会計をし、3人はレストランを後にする。エレベーターを待っている間、リカコは春平にぺたぺたしていたが、視線はるなにちらちら向いていた。

 ……やはり好きになれない。男子校育ちで恋愛経験の少ない兄のことだ、顔と色気に引かれて結婚したに違いない……。


「俺たちは5階なんだ。るなは?」


 エレベーターに乗り込み、春平は5階のボタンを押した。るなは「11階」と言いながら自分で押す。


「そういえば、お兄ちゃんたちいつまでいるの?」

「ここは明後日チェックアウト。その後は転々と観光するけど、るなの試合はもう1試合くらい見たいな」

「いいよ、来なくてぇ」

「おいこら、俺が観に行って負けたことないだろ? 勝利のプリンスに失礼だぞ」

「あるよ! 今日も負けたじゃんか」


 チン、という音と共に11階のランプが点灯する。扉が開くのと同時に、春平が「おやすみ。頑張れよ?」とるなのおかっぱをぐしゃぐしゃにした。


「もー! やめてよっ。じゃーね!」


 手を振り払ってエレベーターを降りたるなに、レーザービームのような視線が突き刺さった。


「……るなさん、その方は……」


 1111号室の扉の前で、ロングTシャツにスパッツ姿の真鈴が立っていた。切れ長の目を左右に動かし、るなと春平を見比べているようだ。

 面倒なので、エレベーターが早く降りてくれないかなぁ……と焦る。だが、扉はなかなか閉まらない。おかしいと思いよく見れば、リカコが扉を押さえていた。


「すごーい! 神月真鈴さんですよね? 私、るなさんの姉のリカコと言いますぅ」


 るなと春平を押しのけ、リカコは颯爽と真鈴に駆け寄る。真鈴は兄がいることしか知らないので、困惑気味に一度るなへ視線をよこした。るなも慌てて駆け寄る。


「ま、真鈴! えっとえっと、お兄ちゃんの奥さんなの! ごめんね、肩があれなのに……。えっとえーっと、あれだよね? 私のあれをあれしに来てくれたんだよね?」


 必死に早口で嘘を並べ立てようとするが、逆に追い払おうとしているのがバレバレになってくる。

 敏感に察したリカコが、甘えた声で真鈴に尋ねた。


「お2人は仲がいいんですかぁ? お部屋に訪ねて来るほどですもんね。一緒に食事とかもするんですか? 私たち、明日もここに泊まってますんで、よかったらご一緒出来ませんかぁ?」

「ちょっと、リカコさん! 真鈴は肩の調子が……」

「いいでしょう? チームメイトだからご飯も一緒に食べるって、るなちゃんもさっき言ってたじゃない。肩が調子悪くても、ご飯はどっちみち食べるんだから。春平くんも、真鈴さんとピッチングの話ししたいって言ってたんですよ。ねぇ、しゅんくん?」


 リカコの笑顔にか、思わぬ形で遭遇した神月真鈴にか、春平は頬を赤らめて「う、うん!」と頷く。

 女たちの腹の探り合いも気付かぬ鈍感男はさておき、真鈴とリカコは、るなの言動をじっと観察している。どう転がすのが正解なのか、深意を計っているのだ。


「残念ですけど、また別の機会にでもいいですか?」


 口を開いたのは真鈴。少し首を傾け、営業用スマイルで続けた。


「お兄さん、お姉さん、るなさんにはいつもお世話になっているのに申し訳ないんですが、ちょっと休養が必要なのでまた今度ご一緒させてください。そのお詫びにと言ってはなんですが、明日の試合、最前列を用意させてもらいますが、いかがですか?」


 テレビでインタビューを受けている時の真鈴のようだった。爽やかに淡々と、丁重に断りつつ詫びも用意する。これは並大抵の選手では真似できない変わり身だ。

 しかし、その提案に「う……」とるなの声が漏れた。


「えぇー! や、やだやだぁ。お兄ちゃんが最前列で見てるなんてやだぁ」


 思わず駄々っ子のようになってしまった。真鈴と春平が笑いを堪えているのが分かる。るなは顔から火が出そうになり、口を覆った。

 丁重に断られたにも関わらず、リカコはもう一歩ぐいっと真鈴に近付く。高身長の真鈴に上目使いで尋ねた。


「残念だわぁ。せっかくお食事しながらお話し伺いたかったのに……。もしかして、あまり会食はお好きじゃないんですか? 交友関係も全くベールに包まれたままだし」

「お姉さん、ご存じですか? スターは少しミステリアスなほうが魅力的なんですよ?」


 鋭く突っ込もうとするリカコと、それをひらりと交わす真鈴。2人は笑顔で会話しているが、それはどちらも作られた笑顔だ。


「ふふ、確かにそうですね。るなちゃんも見習わなきゃね。今朝みたいに、車といえどキャップだけでお出かけは無防備よ?」

「今朝……?」


 るなの心臓が跳ねる。真鈴がこちらを向いた。『どこか行ったんですか?』という顔で見下ろしてくる。


「リカ、その話はもう……。神月さん、すいません。俺も話ししてみたかったけど、調子崩してる時は身体休ませるのが一番ですもんね。もう1試合見て帰りたかったんで、チケットお願いします」


 ピッチャーとして理解のある春平が割って入った。いつもより若干緊張気味のへらへら顔でぺこっと頭を下げる。真鈴は向き直り「もちろんです」と微笑んだ。


「スタッフから、るなさんに電子チケット送ってもらいますので、楽しみにしていてください。……るなさん、例の物持って来たんですけど、溶けちゃうので早めに冷凍庫へ入れてくださいね」


 例の物? と真鈴の手元を見る。何も持ってなどいなかった。フェイクだ。まだバクバクする心臓が、『ここから早く立ち去れ』と促してくる。


「あー、あぁ、そうそう。ありがと、真鈴。お兄ちゃんもじゃあね! リカコさんもおやすみなさーい」


 止まったままのエレベーターに春平を押し戻し、今にも舌打ちが聞こえてきそうなリカコに手を振る。図太いリカコのことだ。戻って来ないとも限らないので、そそくさと1111号室の扉を開けた。


「るなさん? 聞きたいことが」


 真鈴が扉に足をかけた。声のトーンが低い。まずい。『今朝』という単語に、完全に引っかかっている。

 真鈴は怪しんでいる。今朝、どこへ行ったのかを……。





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