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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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29/39

29☆夢じゃないんですけど

 


 るなは、母の夢を見ていた。

 何度も見たことのある、同じ夢。兄を追いかけて転んだ幼いるなを、母が優しく抱き起こしてくれる。

 びぇーんと泣くるなの背を、『痛かったねぇ?』と摩る母。温かくていい香りがする。泣き疲れてうとうとすると、腕枕をしてくれる。

 白く透き通った首筋と、柔らかい薄茶色の髪が……。

 薄茶色……?

 霞んで見えたのだろうか? るなは目をこすった。のっそり身を起こす。全貌が明らかになる。


「……え?」


 母の腕枕ではなかった……。

 隣で眠っていたのは真鈴だった。頭の上に疑問符が並んだ。るなは混乱しながら、眠る前の記憶を遡ろうとした。


「ん……。るなさん、起きました……?」


 真鈴が薄っすら目を開けた。なぜ一緒に寝てるのか思い出せずにいるるなは、ボーっとしながら部屋を見渡した。


「……へ? ここ、どこ? なんで真鈴がいんの?」

「あたしの部屋ですよ。覚えてないんですか?」


 真鈴はゆっくり身を起こし、んーっと大きく伸びをした。ぱちぱちと瞬きするるなの顔を覗き込む。


「大丈夫ですよ。何もしてませんので安心してください。るなさんが寝ちゃったので、あたしも一緒に二度寝してただけです」

「二度寝……?」


 言われてようやく思い出す。震える真鈴を落ち着かせるために、膝枕をしていたのだった。10分だけ、と言ったが真鈴が眠ってしまったので、もう少しそっとしておいてやろうとして……。


「あたしとしたことが、もったいないことしちゃいました。せっかくるなさんが膝枕してくれてたのに、すっかり寝ちゃってたんですもん。急に膝が動いたから目が覚めて、そしたら今度はるなさんが寝ちゃってました」

「え、え、えー……」


 まさか、自分のほうが寝こけてしまうなんて……。


「嘘っ! どれくらい? 今何時?」

「ぐっすりでしたよ? あたしがコンビニ行ってたのも知らないでしょう? 夕飯も食べてないのに、よく眠れましたねぇ」


 くすくす笑われて、るなは頬が熱くなっていくのを感じた。思い出したように腹の虫が鳴る。


「起きたら一緒に食べようと思って、サンドイッチ買って来ました。セシアンコーヒーとフルーツティーも買ってきましたけど、どっちがいいですか?」

「ふ、フルーツティー……」

「了解です」


 真鈴はにっこり笑って、ベッドから降りて行った。手櫛でおかっぱを梳きながら、どこまでが夢だったのだろう……と回想する。

 もしかして、ヒカルが怖いと震えていたのも夢だったのだろうか……。

 ……ならいいのだが、そんな真鈴を落ち着かせるために膝枕をしていたのだ。夢ならよかったのに……と現実をもどかしく思う。


「ほら、るなさんも手を洗ってきてください。あたしもお腹空いてるんですから」

「あ、あー……うん」


 言われるがまま洗面所で顔と手を洗う。寝ぼけ顔の自分と目が合った。鏡に備え付けのデジタル時計は、午前2時を記していた。

 おずおずソファに座る。真鈴はるなの前にサンドイッチとペットボトルのフルーツティーを置き、自分も隣に座った。


「るなさんはたまごサンドとミックスサンドでいいでしょう? フルーツサンドもありますけど、最後に食べてくださいね」


 子供じゃあるまいし……。と言いそうになって飲み込む。「ありがと」だけにしておいた。夢ではなかったが、今の真鈴が通常モードだったからだ。

 落ち着いたら話す、と言われたが、掘り起こさないほうがいいような気もする……。


「るなさんは、やっぱりママっ子だったんですか?」

「……ママっ子?」


 唐突な質問。るなは聞き返しながらたまごサンドを頬張った。


「だって、あたしが腕枕してあげよーかなーと思って、るなさんの頭の下に腕を入れたら『お母さん……』って抱きついて来たんですよ? いやぁ、かわいかったなぁ。口が半開きじゃなければ、思わずチューしちゃってましたよ」

「んぐっ!」


 るなは思いっきりむせ込んだ。にやにやと頬の緩みを隠せない真鈴が「大丈夫ですかぁ?」とペットボトルを差し出してきた。引ったくり、一気飲みする。


「はぁー……苦しかったぁ。ちょっと、嘘でしょっ? 私、そんなこと……」

「嘘なんかじゃないですよ? かわいいからそのまま寝顔見てたら、あたしも二度寝しちゃってて。あー、またもったいないことしたなぁ。なんで動画撮っておかなかったんだろ」

「やめなさいっ」


 むくれたるなは、真鈴のペットボトルを奪い取った。まだ一口も飲んでいないそれを一気に飲み干す。


「あー! あたしのコーヒーがぁ。ちょっとるなさーん」

「真鈴が悪い」

「どこがですかっ。……まったくもう……」


 飲料ゼロになったテーブルに食べかけのサンドイッチを置き、真鈴はぶつぶつ言いながらお湯を沸かし始めた。口の中の水分をだいぶ持っていかれるが、空腹には勝てないるなは、すでに最後の一切れを手にしていた。


「インスタントですけどいいですよね? ……ってか、るなさんにはもう選ぶ権利はないですけど」

「はぁーい。インスタントでいいでぇーす」


 素直に待つこと3分。ホテル備え付けのカップに注がれたコーヒーが置かれた。真鈴はようやく腰をすえ、ちびちびとコーヒーをすすりだした。


「食べ終わったら、話しますね」

「ん? 何を?」

「あたしとヒカルの話です。今なら……るなさんになら、話せそうなので……」


 真鈴はカップをカチャリと置いた。

 フルーツサンドの後のブラックコーヒーは、思ったよりも苦く感じる。無言で食べ始めた真鈴の横顔は、マウンド上で戦う神月真鈴を思い出させた……。




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