29☆夢じゃないんですけど
るなは、母の夢を見ていた。
何度も見たことのある、同じ夢。兄を追いかけて転んだ幼いるなを、母が優しく抱き起こしてくれる。
びぇーんと泣くるなの背を、『痛かったねぇ?』と摩る母。温かくていい香りがする。泣き疲れてうとうとすると、腕枕をしてくれる。
白く透き通った首筋と、柔らかい薄茶色の髪が……。
薄茶色……?
霞んで見えたのだろうか? るなは目をこすった。のっそり身を起こす。全貌が明らかになる。
「……え?」
母の腕枕ではなかった……。
隣で眠っていたのは真鈴だった。頭の上に疑問符が並んだ。るなは混乱しながら、眠る前の記憶を遡ろうとした。
「ん……。るなさん、起きました……?」
真鈴が薄っすら目を開けた。なぜ一緒に寝てるのか思い出せずにいるるなは、ボーっとしながら部屋を見渡した。
「……へ? ここ、どこ? なんで真鈴がいんの?」
「あたしの部屋ですよ。覚えてないんですか?」
真鈴はゆっくり身を起こし、んーっと大きく伸びをした。ぱちぱちと瞬きするるなの顔を覗き込む。
「大丈夫ですよ。何もしてませんので安心してください。るなさんが寝ちゃったので、あたしも一緒に二度寝してただけです」
「二度寝……?」
言われてようやく思い出す。震える真鈴を落ち着かせるために、膝枕をしていたのだった。10分だけ、と言ったが真鈴が眠ってしまったので、もう少しそっとしておいてやろうとして……。
「あたしとしたことが、もったいないことしちゃいました。せっかくるなさんが膝枕してくれてたのに、すっかり寝ちゃってたんですもん。急に膝が動いたから目が覚めて、そしたら今度はるなさんが寝ちゃってました」
「え、え、えー……」
まさか、自分のほうが寝こけてしまうなんて……。
「嘘っ! どれくらい? 今何時?」
「ぐっすりでしたよ? あたしがコンビニ行ってたのも知らないでしょう? 夕飯も食べてないのに、よく眠れましたねぇ」
くすくす笑われて、るなは頬が熱くなっていくのを感じた。思い出したように腹の虫が鳴る。
「起きたら一緒に食べようと思って、サンドイッチ買って来ました。セシアンコーヒーとフルーツティーも買ってきましたけど、どっちがいいですか?」
「ふ、フルーツティー……」
「了解です」
真鈴はにっこり笑って、ベッドから降りて行った。手櫛でおかっぱを梳きながら、どこまでが夢だったのだろう……と回想する。
もしかして、ヒカルが怖いと震えていたのも夢だったのだろうか……。
……ならいいのだが、そんな真鈴を落ち着かせるために膝枕をしていたのだ。夢ならよかったのに……と現実をもどかしく思う。
「ほら、るなさんも手を洗ってきてください。あたしもお腹空いてるんですから」
「あ、あー……うん」
言われるがまま洗面所で顔と手を洗う。寝ぼけ顔の自分と目が合った。鏡に備え付けのデジタル時計は、午前2時を記していた。
おずおずソファに座る。真鈴はるなの前にサンドイッチとペットボトルのフルーツティーを置き、自分も隣に座った。
「るなさんはたまごサンドとミックスサンドでいいでしょう? フルーツサンドもありますけど、最後に食べてくださいね」
子供じゃあるまいし……。と言いそうになって飲み込む。「ありがと」だけにしておいた。夢ではなかったが、今の真鈴が通常モードだったからだ。
落ち着いたら話す、と言われたが、掘り起こさないほうがいいような気もする……。
「るなさんは、やっぱりママっ子だったんですか?」
「……ママっ子?」
唐突な質問。るなは聞き返しながらたまごサンドを頬張った。
「だって、あたしが腕枕してあげよーかなーと思って、るなさんの頭の下に腕を入れたら『お母さん……』って抱きついて来たんですよ? いやぁ、かわいかったなぁ。口が半開きじゃなければ、思わずチューしちゃってましたよ」
「んぐっ!」
るなは思いっきりむせ込んだ。にやにやと頬の緩みを隠せない真鈴が「大丈夫ですかぁ?」とペットボトルを差し出してきた。引ったくり、一気飲みする。
「はぁー……苦しかったぁ。ちょっと、嘘でしょっ? 私、そんなこと……」
「嘘なんかじゃないですよ? かわいいからそのまま寝顔見てたら、あたしも二度寝しちゃってて。あー、またもったいないことしたなぁ。なんで動画撮っておかなかったんだろ」
「やめなさいっ」
むくれたるなは、真鈴のペットボトルを奪い取った。まだ一口も飲んでいないそれを一気に飲み干す。
「あー! あたしのコーヒーがぁ。ちょっとるなさーん」
「真鈴が悪い」
「どこがですかっ。……まったくもう……」
飲料ゼロになったテーブルに食べかけのサンドイッチを置き、真鈴はぶつぶつ言いながらお湯を沸かし始めた。口の中の水分をだいぶ持っていかれるが、空腹には勝てないるなは、すでに最後の一切れを手にしていた。
「インスタントですけどいいですよね? ……ってか、るなさんにはもう選ぶ権利はないですけど」
「はぁーい。インスタントでいいでぇーす」
素直に待つこと3分。ホテル備え付けのカップに注がれたコーヒーが置かれた。真鈴はようやく腰をすえ、ちびちびとコーヒーをすすりだした。
「食べ終わったら、話しますね」
「ん? 何を?」
「あたしとヒカルの話です。今なら……るなさんになら、話せそうなので……」
真鈴はカップをカチャリと置いた。
フルーツサンドの後のブラックコーヒーは、思ったよりも苦く感じる。無言で食べ始めた真鈴の横顔は、マウンド上で戦う神月真鈴を思い出させた……。




