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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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27/38

27☆痛いんですけど

 


 試合前の全体ミーティング。監督から、本日のスタメンが発表された。8番、ショート。るなに与えられた役割は、繋いでトップバッターに戻すことだ。

 独特の高揚感と緊張が入り混じる中、次回は明後日に先発予定のエース様は呑気に途中から入ってきた。ミーティング中だというのに、口笛を吹きながら、当たり前のようにるなの隣に来る。なんともマイペースである。


「るーなさんっ」

「……しーっ。まだミーティング中」

「るなさんなら大丈夫、大丈夫。あたしはもう練習終わったんで、モニタールームからるなさんに愛のパワーを送り続けますね」


 斜め前にいたコーチからも「しーっ」と注意を受ける真鈴。全く響いてる様子はなく、今度はあくびをしている。

 昨夜のるなのモヤ付きなど知るはずもない真鈴は、今朝も変わらずるなにぺったり。るなもるなで、妙なゴシップ記事に惑わされるのはやめよう、となんとか気持ちを切り替えた。


 *


 試合中、るなはずっとヒカルの横顔を見つめていた。やはりぬかりのない配球。ピッチャー側は、一度も首を振ることなくヒカルの要求に応じている。

 投げやすいに違いない……。小学生でピッチャーを始めてから、るなはヒカルほど相性のよいキャッチャーと組んだことがない。もしも自分がまだピッチャーを辞めていなければ、きっと相手チームのピッチャーに嫉妬していたことだろう。

 隣でタブレット入力に忙しくしているサエが耳打ちしてきた。


「るなの言った通り、ありゃくせ者だね。なんであんな選手が2軍にいたんだろうと思って調べたら、一昨年入団してからケガ続きだったみたい。まぁ華奢だもんなぁ」

「ケガだったんですか……。先輩は大学時代から細身でした」

「プロなら猶更だよ。キャッチャーなんて身体張って押さえるのが仕事みたいなもんなんだから、もっと筋肉付けないと」


 そうは言われても、ヒカルもるなも筋肉が付きにくい体質なのだ。その点についても、ヒカルと話が合う。大学時代、2人で必死に筋トレしてもなかなか付かない悩みを共有していた。

 プロアスリートにとって、ケガをしやすい体質は致命的だ。るなはその分、持ち前の俊敏さに加え、身体を柔軟に使える術を、自然と身に着けることが出来ていた。

 だが、ポジション的に一番ケガをしやすいヒカルは、柔軟性だけではどうにもならない。


「よっし! るな、行っといでー」


 ノーアウト2塁。チャンスでるなに打順が回って来た。ネクストバッターズサークルから、ゆっくりバッターボックスえと向かう。


「ストレートとフォーク、どっちがいい?」


 とんでもないことをヒカルが尋ねてきた。しゃがんでいるヒカルを見下ろすのは初めてだ。るなは苦笑いして「どっちでも」と答える。


「そう? せっかく選ばせてあげようと思ったのになぁ」

「心理戦には引っかかりませんよ。ちゃんと自分の目で見極めます」


 るなはマウンドに向いた。背後でヒカルが「あら、かっこいい」と笑った。


 *


 送りバントを成功させたるなの検討も虚しく、その回にドルフィンズが得点することは出来なかった。

 結局1対0で逃げ切られ、3連戦の初戦はフォレストビーナスに軍配が上がった。

 チームメイトたちがメロナドームホテルへ引き上げて行く。るなもバッグを担ぎ、たった今終わったばかりの試合の動画をタブレットで見直しながら廊下を歩いていた。


「るーなっ」


 ホテルへと続く渡り廊下へ差しかかったところで名お呼ばれ、るなは顔を上げた。

 私服に着替えたヒカルが手を振っていた。試合に負けたのは悔しいが、ヒカルとゆっくり話がしたかったので、たった今悔しさは吹き飛んだ。


「ヒカル先輩! お疲れ様でした。先輩のリード、相変わらず食えませんね。敵ながらあっぱれです」

「あははっ、敵かぁ。そうだよね、なんか変な感じ。ねぇ、夕飯まだでしょ? よかったらこれから行かない? もちろん、魚介類意外よ」

「さすが先輩、覚えててくれたんですか! 行きます行きます! 部屋に荷物だけ置いて来ちゃうので、ちょっと待っててください」

「よかった。下に車停めてるから、準備出来たら連絡ちょうだい。私の電話番号はね……」


 ヒカルがスマホを取り出した。慌ててるなも、タブレットをしまう。代わりにスマホを取り出そうとポケットに手を入れた瞬間、るなは後ろからガシッと右腕を掴まれた。


「何してるんですか、るなさん」


 振り返ると、氷のような冷たい表情の真鈴が立っていた。だが、視線はるなではなく、真っすぐヒカルに向いている。

 前にもこんな真鈴を見たことがある。サラに弁当を取られそうになった時だ。いや、あの時の何倍も鋭い目をしている……。


「な、なにっ? 痛いよ、真鈴! 放して」

「いいえ。るなさん、こんな人に関わってはいけません。行きましょう」


 真鈴の力が強まる。るなの右腕に深く突き刺さるようだ。るなは苦痛に顔を歪め、「痛いってば!」と振り払おうとする。


「やめなよ、真鈴……。痛がってるじゃない」


 ヒカルの手が真鈴を制した。それでも真鈴の力は弱まることはなかった。

 るなは違和感を感じた。ヒカルが真鈴を呼び捨てにしたのもあるが、何より真鈴は『こんな人』と言った。

 もしかして、2人はすでに対戦したことがある……? 。

 しばし、静かに睨みあう真鈴とヒカル。


「……まだ怒ってるんだね。私のこと……」


 先に口を開いたのはヒカルだった。


「当たり前でしょう。よくのこのこと戻って来れたね。偽善者はずうずうしくもあるわけだ?」

「……残念だな。10年以上も経ってるから、真鈴も大人になって許してくれてると思ってた……。でも、スーパースターになった真鈴が、私だと気付いてくれたことは嬉しいかも」


 眉尻を下げて笑うヒカル。冷徹な真鈴の表情とは雲泥の差だった。

 るなは、2人が知り合いだったことに驚いた。それだけでなく、大きなわだかまりがあるようだが……。

 真鈴の手首を掴んだヒカルの手にも力が入ったのが伝わってきた。


「とにかく、るなには関係ないから放してあげて。大事な右腕よ」

「関係ないのはヒカルのほうでしょ? るなさんに関わらないで」

「感情的にならないの。ほら、放してあげて?」


 真鈴はやっとるなから手を放した。乱暴にヒカルの手を振り払う。


「偽善者のくせに、お姉ちゃんぶらないでよっ!」


 静かな渡り廊下に、真鈴の怒号が響いた。


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