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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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26/39

26☆久しぶりなんですけど

 




「フォレストビーナスは投低打高。つまり、ピッチャーはそこまでのレベルじゃないけど、打者のレベルが高い。去年はうちとブービー争いしてたのに、今年はバカスカ打つから要注意よ」


 守備練習も交代の時間になり、キャッチャーマスクを外したサエがるなに寄って来た。

 今日からメロナドームにて、フォレストビーナスとの3連戦。人工芝が主流になりつつある中、メロナドームは丁寧に整備された天然芝球場であった。

 入団してからドルフィンズホーム球場であるオーシャンドームでの試合しか経験していなかったるなにとって、これが初めてのビジター球場である。

 久しぶりの天然芝。守備練習にも余念が入る。


「サエさん、私もさっき見返してたんですけど、先発も中継ぎも、今シーズンは確かにそこまで防御率よくないみたいですね。ただ、私は速球に充分対応しきれてないからなぁ……」

「るなは選球眼いいじゃん? 向こうがコントロール怪しいなって思ったら、無理せずフォアボール狙えばいいよ。あとは足で稼いで来てくれればさ」

「んー、そうですね」

「厄介なのがさ、こないだ2軍から上がってきたばっかのキャッチャーの……なんだっけな? 名前忘れちゃったけど、とにかくその子のデータはあんまないわけよ。さっきのバッテリーミーティングでも話題に上がったの。ちょっと不気味な感じ」


 面倒見のいいサエは同時に研究熱心でもある。常にアンテナを張っているらしい。日本人選手だけでなく、異国の選手にも身振り手振りで情報を伝えるので信頼も熱い。

 サエがキャッチャーマスクを後ろ向きに被り、「行こうか」とるなを先導した。

 入れ違いに、ライトグリーンのユニフォームのフォレストビーナスが入ってくる。ホームベース越しに、1人の選手となんとなく目が合った。

 あちらの足が止まった。少したれ目だが、芯の強そうなキリッとした眉の日本人選手だった。るなの足も止まる。あちらが大きく目を見開いた。


「るな……だよね?」

「……うそっ! ヒカル先輩っ!」


 るなが駆け寄ると、ヒカルは「久しぶりー」とるなを抱きしめた。フォレストビーナスの選手たちが数人振り返った。

 有澤ひかる(ありさわひかる)は、るなの大学時代の先輩。2学年上で、当時キャプテンだったキャッチャー。2年生でエースを任されたるなを、心身ともに支え続けてくれた女房役であった。


「元気だった? 何年ぶり?」

「5年ぶりですよー。ひかる先輩、全然変わらないですね」

「るなもね。髪型だけかな。身長も伸びてないみたいだしね」


 ヒカルは、キャップごとるなの頭を撫でた。「伸びるわけないじゃないですかぁ」とふくれるるなに「冗談よ、冗談」と微笑む。

 口にはしないが、ヒカルの容姿だって何一つ変わらない。スポーツ女子とは思えないほど穏やかな顔立ちも、身体を張ってホームベースを守るキャッチャーとは思えない華奢な体形も。

 そして、全てを包み込むような温かい眼差しも……。


「あんまりニュースとか情報番組見ないから知らなかったぁ。キャッチャー失格よね。びっくりしたよ。るなくらい、ずいぶん小柄な子がいるなーって見てたら、まさか本当にるなだとはね」

「私もです。全然知りませんでした! まさか、こんなとこでヒカル先輩に会えるなんて……。いつからセシアナに?」


 るなは再会の嬉しさから、チームメイトがベンチ裏に下がっていくのもかまわず話し続けた。唯一、サエだけが遠巻きにじっと見ている。

 ヒカルはプロからも声がかかっていたが、大学卒業後、すぐ都内の実業団に入った。部内で祝ったのも覚えている。


「一昨年。東京を離れられないわけがあったから実業団を選んだんだけど、たまたまその必要もなくなったタイミングでここのスカウトに声かけてもらえてね。るなは? そのユニフォームも似合ってるね」


 ヒカルは目を細め、るなのユニフォーム姿をまじまじ見つめる。

 だが、左手に視線が止まった。るなの野手用グローブにだ。るなは無意識に、左手を背に回した。


「今月です。……野手転向したんです……」


 るなは俯いた。その意味を、ヒカルが分からないわけがない。案の定、唇を噛みしめている。

 上級生を抑えてエースになった時から、ずっとるなのボールを受けてきた相棒だからこそ、『プロでは通用しなかった』という事実が信じられなかったのだろう。


「……そっか。るなはピッチングだけじゃなくて、守備も打撃も跳び抜けてたもんね。こりゃ手こずりそうだなぁ」


 それでも、ヒカルは困ったように眉尻を下げて笑う。その笑い方も大好きだった。

 穏やかで優しくて、とても頼りがいのあるキャプテンだった。るながマウンドで自信を失いそうになった時も、ホームベースの後ろで大きく頷き『大丈夫。投げておいで』と、表情で包み込んでくれた。

 そのヒカルが、今は『敵』だ……。


「ヒカル先輩のリードの的確さは私が一番知ってますけど、負けませんよ? いくらヒカル先輩でも」


 るなは、にっと口角を上げる。


「あらあら。お手柔らかにね」


 もう一度ハグをし、ヒカルは「じゃ、試合でね」とチームメイトの元へ走って行った。最高の女房役が敵だということよりも、まだ再会の嬉しさが優っているるなも、グローブを胸にベンチへと向かう。


「るな、知り合いだったんだ?」


 サエが待っていた。視線はヒカルに向いている。


「はい。大学の2つ上で。サエさんは当たったことなかったですか?」

「すると、私の1こ上か……。私は高卒でこっち来てるけど、高校ん時は当たってないなぁ。こっち来てからも1軍じゃ見たことなかったし。どんな選手?」


 もう敵になったとはいえ、ヒカルとバッテリーを組んでいたことは誇りだ。るなはニヤッと自慢気に口角を上げる。


「くせ者です」





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