25☆調べたんですけど
メロナドームホテルの夜は、驚くほど静かだった。
窓の外では、昼間のスコールが嘘だったかのように星が瞬いている。雨に洗われた空気は澄み渡っているのに、るなの心はまだ湿り気を帯びていた。
るなはベッドの上で、膝を抱えていた。練習を終えたのちシャワーを浴び、身体は心地よい疲労感に包まれているはずなのに、脳だけが異常に冴え渡っている。
足元に置かれたスマホの画面は、数時間前から何度も暗くなっては、るなの指先によって再び光を宿していた。
昼間、あの草原のコテージのような店で、真鈴が言った言葉がリフレインする……。
真鈴は父の話を、まるで他人の不幸話でもするかのように、からっと話していた。あの屈託のなさは彼女の強さなのか、それとも『闇』に耐性があるのか……。
「寝なきゃな……」
ぽふっと寝転んだ。枕に顔を埋める。明日も試合だ。だが、指先がスマホをたぐり寄せてしまう……。
真鈴の父、アクアマリンの現監督である神月渡る(こうづきわたる)は、日本のプロ野球で名を残した名投手。選手を引退後は数年のブランクを経て、セシアナリーグ・アクアマリンの監督に就任した。
るなも、その名だけは知っていた。世代は違えど、野球をやっていれば記録保持の選手の名は自ずと耳にする。
真鈴を初めてテレビで見たのは、るなが大学3年の頃。当時アクアマリンのスーパールーキーとして、8月ですでに15勝をあげたと話題になっていた。それが、日本のプロ野球で活躍していた神月渉の娘とくれば、メディアが騒がないわけがない。
『東京、オフになったら案内してあげる』
約束してしまったが、果たして真鈴にとって『日本』という国はどう映っているのだろうか……。
日本の血を半分宿しながら、その地へは葬儀の時にしか行ったことがないという。それは、父が勘当されたからという理由だけなのか……?
散々、日本人プレイヤーに手を出していたのだから、興味がなかったわけではないはずだ。
人気者で忙しいといえど、シーズンオフに少しだけ行ってみることだって出来たはずだ。
『アクアマリンのスーパールーキー・神月真鈴。義姉に報復死球で網膜剥離騒動』
るなが『神月真鈴 姉』と検索して、でてきた記事のタイトルは、目を疑うものであった。
……そんなことが出来る人間じゃないはずだ。
『ふーん、ふーん。るなさんのプリティハートを射止めた不届き者はどんな野郎なんですかねぇ。ムカつきますねぇ。るなさんの次にかっこいいこのあたしが、超高速ストレートでそいつの顔面にデッドボール食らわしてやりたいですねぇ』
オムライス屋で、真鈴は確かにそう言っていた。
だが、あれは実際に報復死球で網膜剥離まで起こしたピッチャーが平然と言えることではない。やったことがないからこその冗談だと信じたい……。
父譲りで女性関係に奔放だった真鈴。義姉ということは、おそらく異母姉妹。その姉との間に何があったのか……。
「いや……やっぱ無理」
るなは再び検索画面を閉じる。知りたいけど知りたくない。
めんどくさいしうざったいこともあるけれど、真鈴に助けられたことのほうがはるかに多い。なんだかんだ恩人でもある。
知って、嫌いになるのが怖い……。
『……どうですかね。家族となると、また別じゃないですか? まぁ、姉のようにだけはなりたくないですけど』
何度思い出しても、真鈴は義姉をよく思っていない言い方だ。表情は見えなかったが、冷えた口調がそう捉えざるを得ない。
誰からも愛されるスーパースター。眩しすぎる光に包まれる彼女の影は、もしかすると……。
「わっ!」
突然、スマホが細かく震動した。手から滑り落ち、ベッドに転がる。画面には『リホ』の文字。メッセージの受信通知だった。
『遅くに失礼します。先程はメロンパンありがとうございました。とてもおいしかったです。御礼をドアノブに引っかけておきましたので、よかったら召し上がってください』
「御礼……?」
もぞもぞ起き上がる。静まり返った廊下をそっと覗いてみた。人影はないが、メッセージの通り、ドアノブに小さなビニール袋がぶらさがっていた。
ベッドに戻り、取り出してみた。プロテインバーが3本入っていた。パッケージは英語だが、メロンのイラストと形からするに、メロン味のプロテインバーだと思われる。メロナドーム限定商品だろうか。
『ありがと! 御礼なんていらないのにー……。でも、おいしそうだから明日いただくね。おやすみー』
返信ボタンをタップし、再び寝転がる。
目を閉じた。昨夜からの出来事が、色濃く瞼に蘇る。
大好きな店長が作ったメロナオムライスを食べれなかったるなに、初めは感情を隠していた。ケンカになり、歩いて帰ると意地を張ったるなに怒りを表し置いて帰った。
しかし、何事もなかったかのように待っててくれた。空腹のるなのために、フルーツ抜きのハンバーガーを注文してくれた。
お婆ちゃんの病院へも行った。お婆ちゃんっ子だったと教えてくれた。
メロンパン屋では、セしあんコーヒーをおいしいと言っただけで喜んでいた。真鈴設立のスポーツ施設では、『子供たちに野球を楽しんでほしい』という熱意を感じた。
そして、姉の存在に対して『姉のようにだけはなりたくない』という、冷徹なまでの拒絶……。
喜怒哀楽が激しく、熱く心優しい真鈴の、るなの知らない姉に対する特別な感情の裏側にあるものは、一体……。
知りたい。知りたくない。花占いのように、るなの心は揺れ動く……。
「……眠れない……」
明日から、フォレストビーナスとの3連戦。予告先発とは疑似対決したが、明日の相手はAIではなく生身の人間だ、
るなは頭の中の霧を晴らそうと、カーテンを開けて空を見上げる。相変わらず星が奇麗だ。
……もしあの記事が事実だとしたら、今の神月真鈴はないだろう。故意にケガを追わせようとする選手など、スーパースターでいられるはずがない。
そうだ。そうに決まっている……。




