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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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25/40

25☆調べたんですけど

 



 メロナドームホテルの夜は、驚くほど静かだった。

 窓の外では、昼間のスコールが嘘だったかのように星が瞬いている。雨に洗われた空気は澄み渡っているのに、るなの心はまだ湿り気を帯びていた。

 るなはベッドの上で、膝を抱えていた。練習を終えたのちシャワーを浴び、身体は心地よい疲労感に包まれているはずなのに、脳だけが異常に冴え渡っている。

 足元に置かれたスマホの画面は、数時間前から何度も暗くなっては、るなの指先によって再び光を宿していた。

 昼間、あの草原のコテージのような店で、真鈴が言った言葉がリフレインする……。

 真鈴は父の話を、まるで他人の不幸話でもするかのように、からっと話していた。あの屈託のなさは彼女の強さなのか、それとも『闇』に耐性があるのか……。


「寝なきゃな……」


 ぽふっと寝転んだ。枕に顔を埋める。明日も試合だ。だが、指先がスマホをたぐり寄せてしまう……。

 真鈴の父、アクアマリンの現監督である神月渡る(こうづきわたる)は、日本のプロ野球で名を残した名投手。選手を引退後は数年のブランクを経て、セシアナリーグ・アクアマリンの監督に就任した。

 るなも、その名だけは知っていた。世代は違えど、野球をやっていれば記録保持の選手の名は自ずと耳にする。

 真鈴を初めてテレビで見たのは、るなが大学3年の頃。当時アクアマリンのスーパールーキーとして、8月ですでに15勝をあげたと話題になっていた。それが、日本のプロ野球で活躍していた神月渉の娘とくれば、メディアが騒がないわけがない。


『東京、オフになったら案内してあげる』


 約束してしまったが、果たして真鈴にとって『日本』という国はどう映っているのだろうか……。

 日本の血を半分宿しながら、その地へは葬儀の時にしか行ったことがないという。それは、父が勘当されたからという理由だけなのか……?

 散々、日本人プレイヤーに手を出していたのだから、興味がなかったわけではないはずだ。

 人気者で忙しいといえど、シーズンオフに少しだけ行ってみることだって出来たはずだ。


『アクアマリンのスーパールーキー・神月真鈴。義姉に報復死球で網膜剥離騒動』


 るなが『神月真鈴 姉』と検索して、でてきた記事のタイトルは、目を疑うものであった。

 ……そんなことが出来る人間じゃないはずだ。


『ふーん、ふーん。るなさんのプリティハートを射止めた不届き者はどんな野郎なんですかねぇ。ムカつきますねぇ。るなさんの次にかっこいいこのあたしが、超高速ストレートでそいつの顔面にデッドボール食らわしてやりたいですねぇ』


 オムライス屋で、真鈴は確かにそう言っていた。

 だが、あれは実際に報復死球で網膜剥離まで起こしたピッチャーが平然と言えることではない。やったことがないからこその冗談だと信じたい……。

 父譲りで女性関係に奔放だった真鈴。義姉ということは、おそらく異母姉妹。その姉との間に何があったのか……。


「いや……やっぱ無理」


 るなは再び検索画面を閉じる。知りたいけど知りたくない。

 めんどくさいしうざったいこともあるけれど、真鈴に助けられたことのほうがはるかに多い。なんだかんだ恩人でもある。

 知って、嫌いになるのが怖い……。


『……どうですかね。家族となると、また別じゃないですか? まぁ、姉のようにだけはなりたくないですけど』


 何度思い出しても、真鈴は義姉をよく思っていない言い方だ。表情は見えなかったが、冷えた口調がそう捉えざるを得ない。

 誰からも愛されるスーパースター。眩しすぎる光に包まれる彼女の影は、もしかすると……。


「わっ!」


 突然、スマホが細かく震動した。手から滑り落ち、ベッドに転がる。画面には『リホ』の文字。メッセージの受信通知だった。


『遅くに失礼します。先程はメロンパンありがとうございました。とてもおいしかったです。御礼をドアノブに引っかけておきましたので、よかったら召し上がってください』

「御礼……?」


 もぞもぞ起き上がる。静まり返った廊下をそっと覗いてみた。人影はないが、メッセージの通り、ドアノブに小さなビニール袋がぶらさがっていた。

 ベッドに戻り、取り出してみた。プロテインバーが3本入っていた。パッケージは英語だが、メロンのイラストと形からするに、メロン味のプロテインバーだと思われる。メロナドーム限定商品だろうか。


『ありがと! 御礼なんていらないのにー……。でも、おいしそうだから明日いただくね。おやすみー』


 返信ボタンをタップし、再び寝転がる。

 目を閉じた。昨夜からの出来事が、色濃く瞼に蘇る。

 大好きな店長が作ったメロナオムライスを食べれなかったるなに、初めは感情を隠していた。ケンカになり、歩いて帰ると意地を張ったるなに怒りを表し置いて帰った。

 しかし、何事もなかったかのように待っててくれた。空腹のるなのために、フルーツ抜きのハンバーガーを注文してくれた。

 お婆ちゃんの病院へも行った。お婆ちゃんっ子だったと教えてくれた。

 メロンパン屋では、セしあんコーヒーをおいしいと言っただけで喜んでいた。真鈴設立のスポーツ施設では、『子供たちに野球を楽しんでほしい』という熱意を感じた。

 そして、姉の存在に対して『姉のようにだけはなりたくない』という、冷徹なまでの拒絶……。

 喜怒哀楽が激しく、熱く心優しい真鈴の、るなの知らない姉に対する特別な感情の裏側にあるものは、一体……。

 知りたい。知りたくない。花占いのように、るなの心は揺れ動く……。


「……眠れない……」


 明日から、フォレストビーナスとの3連戦。予告先発とは疑似対決したが、明日の相手はAIではなく生身の人間だ、

 るなは頭の中の霧を晴らそうと、カーテンを開けて空を見上げる。相変わらず星が奇麗だ。

 ……もしあの記事が事実だとしたら、今の神月真鈴はないだろう。故意にケガを追わせようとする選手など、スーパースターでいられるはずがない。

 そうだ。そうに決まっている……。





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