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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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24/38

24☆似てるんですけど

 



 真鈴がランチに選んだのは、草原に立つコテージのような店。木の香りが残る店内を抜け、海の見えるテラス席に案内された。

 全て野菜で作られたコース料理。彩り鮮やかで、食べるのがもったいないほどの美しい盛り付けは目にも楽しい。野菜ジュースも悩むほど種類が豊富で、結局「真鈴と同じでいい」と委ねた。

 ヘルシーランチはどれもおいしい。ただ、罪悪感がるなのフォークの進みを遅める。

 調べなきゃよかった。知らないほうがよかった。目も舌もランチを堪能しているはずなのに、脳裏にチラチラと先程の検索結果が蘇ってきてしまう……。


「これなら、罪悪感ないでしょう?」

「……えっ?」


 またも会話が耳に入らなかった。急に覗き込まれ、るなはフォークを落としそうになる。


「だって、昨日は遅くにジャンクフードだったじゃないですか。これでチャラってことで」

「あ……あぁ、そうね……。うん、確かに……」

「……ん? るなさん、いつもより進みが悪いですねぇ。おしゃれなお店だから緊張してるんですか? それとも、フォークだと食べにくいですか? お箸もらいましょうか?」


 るなはただ、真鈴のことが知りたかっただけだ。聞けば聞くほど、話せば話すほど、神月真鈴という人間が分からなくなってしまう。公式や報道とのギャップが多すぎて、彼女の裏と表がるなの中でぐちゃぐちゃになっていく……。

 そして、るなは願う。自分の悪い妄想と一致しませんように、と……。


「ど、どっちもかな? 緊張してて上手くフォークが使えてないのかもね。あはっ、あはは……」

「と、いうことは……もしや、今こそ『アーン』の出番ですか! お任せください。この神月真鈴、今日は一日るなさんの忠実なる下僕ですので、残ってるお食事全部アーンさせていただきます!」

「いやいやいやいや、下僕なら言うこと聞いて! おとなしくしてて!」

「そうですか? ちゃんとるなさんのかわいらしいおちょぼ口に合わせて小さく切ってあげるのに……」

「そういう問題じゃない」


 いつものようにツッコむと、真鈴は残念そうにしながらも、とても穏やかな笑顔を見せた。心が安らいでいるのが伝わってくる。だからこそ、願いたい……。

 きっと日本語訳が大げさに書いているだけだ。欧米は日本に比べてオーバーリアクションだから、セシアナの記者も過剰に書いているだけなのだ。


「おっと、雲行きが怪しくなってきましたね。今日はスコールが早いみたいだな……。ここは屋根があるから濡れはしませんが、降り出すと2時間は止まないから……どうします? デザートは諦めて移動しますか? それとも、デザートを食べながら、のんびりティータイムしますか? 雨音を聞きながらのティータイムも、なかなかいいですよ」


 言われてるなも見上げた。灰色の雲が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


「うーん……。せっかくだから、デザート食べたいな。止んだら帰ろ? 明日も試合あるから、夜は少しだけ球場で練習したいし」

「そうですね。じゃあゆっくり愛でも語りますか」


 とりあえず無視。僅差ではあるが、先に食べ終わりそうな真鈴が、上品に最後の一切れを口にした。

 急に冷たい風が吹いた。テラスの手すりに、ポツリポツリと雨粒が落ちる。一気に激しさを増し、テラスを覆う屋根がバチバチと音を立てた。

 真鈴は食器を傍らに寄せ、頬杖をついて空を見上げた。肌が白いので、長いまつ毛が更に映える。るなはフォークを加えたまま、その整った横顔に見取れていた。

 彼女は持ち球と同じで、ストレートにしか感情を表せない。不器用なまでに変化球が投げられないのだ。もう少し色々な球種が投げられれば、今のるなへの執着はなかったかもしれないが……。


「日本にはスコールってないんでしょう? じゃあ、テラス席には屋根はないんですか?」

「えっ……あぁ、うん。スコールはないけど、屋根はあったりなかったりかな」

「そっか……。いつかるなさんと、東京観光したいです。一度しか行ったことないし、その時はどこへも行かれなかったので」

「そうなんだ。試合?」

「いえ、フューネラル……えっと、日本語だとお葬式、ですかね。会ったことはないけど、パパ方のグランパが亡くなった時に」


 またやってしまった……と、るなはフォークを置く。

 今日は聞いてはいけないことばかり引き当ててしまう……。カチン、とフォークを置いた音で真鈴が振り返った。


「どうしました? あと一口じゃないですか。もうお腹いっぱいになっちゃいました?」

「……ううん。なんか……ごめん。てっきり試合かなって思って……」

「……あぁ、グランパのことですか? 会ったことがないって言ったでしょう? パパ自体が、セシアナに来てから一度も帰ってないんです。あたしは寂しいとか悲しいとかなかったですから気にしないでください」


 言いながら、真鈴はフォークを取り、最後の一切れを「アーン」とるなの口元へ運んできた。態度からするに、どうやら強がりや慰めではなさそうだ。


「自分で食べるってば」


 るながフォークを奪い取ると、真鈴はがっかりと肩を落とした。2人の全ての皿が空になる。


「あーぁ……。日本人は真面目すぎるし、頭が固いんだよなぁ。大きな声じゃ言えませんけど、パパは『もう帰って来るな』って言われたそうです。女性にだらしなかったそうで、カンドウ? って言うんでしたっけ? とにかく縁を切られたって言ってました」

「……お父さん似だったのね」

「あたしですか? うーん、そうかなぁ? 目元と鼻はママに似てるって言われますけど」

「顔の話しじゃなくて。女性にだらしないってとこ」

「えっ! ヒドいこと言いますねぇ。こんなにるなさん一筋なのに? これ以上どうやって愛せと? あとはもう身体を捧げるしか……」

「あーはいはい。一途一途。ありがとねー」


 るなの散らかしたカトラリーの向きを整え、真鈴は「ものすごいボー読み……」と口を尖らせる。こういう作法一つろくに出来ないるなの育ちと比べると、真鈴の育ちとの差は歴然だ。

 母方の祖母はとてもかわいがってくれたと言っていた。しかし、両親に関しては『厳しかった』『出来て当たり前の家庭だった』としか漏らさない。父方の祖父とは疎遠……。

 そして、姉は……。


「いいよ。行こう」

「……え? やっぱり買いに行きます? 洋服」

「そっちじゃなくて。東京、オフになったら案内してあげるって話し」


 真鈴はしばし固まった。やがてぱあっと花咲くような笑顔になる。


「ほんとですか? やったー! 約束ですよ? あぁ、早くシーズン終わらないかなぁ」


 テーブルに身を乗りだし、真鈴はるなの両手を持ってぶんぶん上下させる。野菜ジュースのグラスに当たりそうで「危ないから、危ないからっ」とるなは制した。

 更なる影が見え隠れする真鈴への同情ではない。こうして、独り異国で維持をはっている自分のそばにいてくれている御礼のつもりだ……。

 その後2人は、スコールが止むまで2時間ほどまったりとティータイムを堪能した。

 デザートのキャロットパンプキンパイと共に運ばれてきたセシアンフルーツティーは甘さの中に苦みがあって、光と影の中で生きてきた、神月真鈴という人間のようだった……。



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