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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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23/38

23☆意外なんですけど

 


 せっかくなので、その後も数人のピッチャーを招喚し、るなはゲーム感覚でバッティング練習を行った。

 勝負に負けた真鈴は、もう少し悔しさを引きずると思いきや、案外あっけらかんとしている。お互い負けず嫌いなのはプロアスリートゆえ。なのに、少し嬉しそうにも見えるので、るなは不思議に思っていた。

 バッティングオンリーのるなはさほど差し支えはないが、さすがにロングスカートではピッチング出来ない真鈴は、隅のラグジュアリーソファーの肘掛けに頬杖をつき、るなのバッティング姿を観察していた。


「はぁー……疲れた。でも、これやっぱすごくいい練習になるね。解析データと睨めっこしてるより、全然勉強になる。やっぱ頭より身体で覚えないとだし」

「そうですね。んじゃ、この後は、あたしの身体もその身体で覚えていただいて……」

「何の話しよ」

「ふふっ、それはいずれとして。こっちの機械にもるなさんの得意・不得意、癖のデータが蓄積されてきたんで、るなさんが気に入ったのならいつでもご一緒します」

「うん。明日の先発ピッチャーも体験出来たし、時間があればまた来たいかも」


 るなはタオルハンカチで額の汗を拭う。真鈴はロングウィッグを被り直しながら「じゃあ、次行きますか」と立ち上がった。

 気付けば時刻は1時を回っていた。昼食にはちょうどいい時間だ。2人は変装をチェックし合い、個室を後にする。


「るなさん、見てください」


 フロントへ戻る途中、ピッチングレーンが数台並んでいる部屋を通りかかった。ガラス越しに、2人の少女が投げているのが見えた。真鈴が足を止める。るなも覗いてみた。


「肘だけで投げてるから、ボームベースまでボールが全然届いていない。るなさんなら、どう教えます?」

「だって、見た感じまだ小学校低学年でしょ。始めたばっかかもしれないし、私が同い年くらいの時には、あーゆー女の子たまにいたよ?」

「月曜日だから午後も授業あると思ったんだけどなぁ……。何かの行事で午後は授業なしになったんだろうか……」


 問いかけてきたくせに、真鈴は全く聞いていなかった。るなが見上げると、その横顔は少女たちのように輝いていた。


「ちょっと行ってきます」

「えっ! 行くって……」


 真鈴はガラス張りの扉を開け、少女たちの元へつかつか歩み寄る。慌てたるなは止めようとするが、真鈴はすでに「ハーイ!」と声をかけてしまった。


「その投げ方じゃ届かないよ。肘だけじゃなくって、もっと全身を使わなきゃ」

「……お姉さん、誰……?」

「いい? 大事なのは下半身。足をいっぱい前に出して踏ん張る。上半身は後からついてくるの」


 突然現れた、室内なのにサングラスをかけたお姉さんに、キョトンとする少女。お構いなしに真鈴は早口な英語でがんがん説明し続ける。ロングスカートなので目一杯足が開かないのも忘れていたらしく、うざったそうに捲り上げ、長い髪を振り乱しながら自分の投球モーションをスローで実演してみせた。

 隣で投げていた少女も、呆気にとられていたが、説明が分かりやすかったのか、ふむふむと頷きだした。真鈴はそちらにも手取り足取りアドバイスし出す。

 その間に、初めにレクチャーを受けた少女が試しに投げていた。少し惜しいが、ボールの落下点はだいぶ延びたように思える。

 真鈴はそれを大拍手で湛えた。少女はかなり嬉しそうだ。隣の少女も負けじと投げる。こちらはまだまだだが、それでも真鈴は笑顔でレクチャーする。

 英語なのでるなには何を言っているのか分からないが、身振り手振りと表情で、真鈴と少女たちが野球を楽しんでいることだけは分かる。

 結局、真鈴によるピッチング講座は30分も続いた。キラキラと瞳を輝かせながら教わる少女たち。遠投する筋肉がまだないので今はまだ難しいが、ベースとコツは掴んだようだ。真鈴も満足げに微笑んでいる。


「じゃあ、これを毎日練習してね。お姉さんとの約束!」

「うん。ありがとう! お姉さん、また教えてー」

「ふふっ、そうだね。また会えたら絶対教えるよ」


 手を振り、真鈴はるなの元へ帰ってきた。「お疲れ」と迎える。


「バレませんでした……」

「よかったじゃない。バレたら大変だもんね」

「いえ、ちょっと残念です。お忍びの神月真鈴に教わったんだって思い出になれば、絶対野球続けてくれると思うので。子供たちにも人気あるはずなんですけどねぇ。うーん、なんで気付いてもらえなかったのかなぁ」

「まったく……バレたいのかバレたくないのか、どっちなの? 大丈夫。あの子たち、それだけ夢中になってたってことでしょ。絶対辞めないよ」


 るなは少女たちのほうを振り返る。汗だくになりながら、それでも投げる楽しさを味わう少女たち……。

 その光景で思い出す。幼い頃、兄の見よう見まねで投げても上手くいかずにベソをかいていたことがあった。兄は初めバカにして笑っていたが、あとからちゃんと手取り足取り教えてくれた。

 そういう時だけは、『お兄ちゃんがいてくれてよかった』と思えたのだが……。


「るなさん? 何笑ってるんですか?」

「……ううん。真鈴も妹がいたら、なんだかんだ言いながら教えてあげてたんだろうなーって思って」

「……どうですかね。家族となると、また別じゃないですか? まぁ、姉のようにだけはなりたくないですけど」

「え……? 真鈴、お姉さんいるの?」


 肩にかかったウィッグの毛先をパサッと払い、真鈴は「お腹空きましたねぇ」とすたすた歩き出した。

 勝手に一人っ子だと思い込んでいたのでつい尋ねてしまったが、話を逸らされたことで、それ以上は突っ込んでほしくないんだと察したるな……。

 ……が、ちょっと気になる……。

 帰りもフロントスタッフに軽く片手を上げ、変装真鈴は堂々と施設をあとにする。毎度この変装で来場しているのか? スタッフは見慣れているのだろうか? るなはペコリと頭を下げ、自動扉を過ぎる。

 駐車場までの道のりで、数人の小学生とすれ違った。みんなキラキラと目を輝かせながら、施設へと走って行く。真鈴はその光景を、眩しそうに見送っていた。


「気に入っていただけましたか? あたしの『とっておき』」


 シートベルトをしめ、真鈴がエンジンをかける。


「うん。ちょっと見直した」

「え?  見直したって、今まで見損なってでもいたってことですか!」

「あははっ、違う違う。やっぱ、優しいんだなーって思っただけ」


 るなはふりふりハットを膝へ置きながら真鈴のほうへ向いた。またふてくされるのかと思いきや、真鈴はわざわざサングラスを取ってジーッとこちらを覗き込んでいた。


「な、なに? 違うって言ってるでしょー?」

「るなさん、やっぱ笑うとめっちゃかわいいですねぇ! さっきの小学生たちの、どの子よりも断然かわいい! あぁ、ずっとあたしの隣で笑っててくれればいいのになぁ……。どうしていつも怒ってるんだろ? るなさんが笑ってくれるなら、あたしなんでも出来そうな気がします!」

「……一言も二言も多いのよねー……」


 プイッと顔をそむけるるな。失言に気付かぬ真鈴は「えっ? 褒めてるのになぁ……」とぶつぶつ言いながら車を発進させる。

 腹ごなしという名の自主トレを終え、次の目的地は『野菜中心のヘルシーランチ』とのこと。野菜であれば好き嫌いのないるなはホッと一安心。

 運転を続ける真鈴の横顔をチラリと一瞥し、るなはこっそりスマホで検索する。『神月真鈴 姉』と入力した……。


「るなさん、聞いてます?」

「えっ! ……う、うん。野菜でしょ? 野菜」

「違いますよぉ。その話はとっくに終わってます。服を買いに行きましょうって話しです」

「あー……そ、そだねー」


 ……調べなきゃよかった……と後悔し、るなはそっとスマホを閉じた。





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