22☆ラグジュアリーなんですけど
再び愛車に乗り込み、メロナドームの喧騒から少し離れた道を走ること20分。真鈴が車を止めたのは、古びた学校に隣接された、真新しいラグジュアリーなスポーツ施設。
「ここ……?」
「はい。でも、ただの高級スポーツ施設じゃありませんよ? あたしの『とっておき』です」
サングラスをクイッと上げ、真鈴は得意気な笑みを浮かべる。ロングスカートを翻し、颯爽と降車して行った。るなは膝に乗せていたお土産のメロンパンをシートに置き、後に続く。
施設内は、外観よりも更にラグジュアリーな雰囲気が漂っていた。スポーツ施設というより、高級ホテルのような内装。眠たくなるようなクラシックが静かに響くだけで、利用者は1人も見当たらない。
「ねぇ、もしかして貸し切ったの?」
「おっ、察しがいいですねぇ。まぁ貸し切りと言えば貸し切りだし、そうじゃないと言えばそうじゃないし」
「……え? どっちよ」
るなの問にも応えず、真鈴はつかつかフロントを目指す。2人の姿を目視したフロントスタッフが深々と頭を下げた。
……が、真鈴はヒョイと片手を上げただけで、受け付けもなにもせず通過する。常連? 顔パス? るなの脳内は、コンパスの長い真鈴を追いかける足同様、目まぐるしく回る。
「よしっ。それじゃ、肩慣らしからしますかー」
広い施設内を進み、一番奥の個室の扉を開けた真鈴。
辿り着いたのは、最新式のシュミレーション型VRピッチング&バッティング・ラボ。
そこは、最新の弾道測定器と巨大プロジェクターを備えたバッティング練習場。前方・後方どちらの壁にもスクリーンが設けられ、バッティングだけでなくピッチングも練習出来ると説明してきた。
「すっご! やっぱ私の25倍も稼いでる人は、練習環境も桁違いなのね……。オーシャンドームもかなり最先端を取り入れてるって言ってたけど、一般のスポーツ施設でここまで揃えてるのはすごいわぁ……」
「るなさん? ここは一般施設じゃあないんですよ。あたしがるなさんの70倍くらい稼いでいた時に建てた、プライベート施設です。もっとも。使ってるのはあたしじゃないんですけどね」
「……はぁ? 色々理解出来ないんだけど……」
その設備の贅沢さと真鈴の言葉に矛盾が生じる。慣れた手付きでモニターを操作する真鈴。どうやら何かを設定しているようだが、その真剣な表情の中にはキラキラ希望に満ちたものが見える。
「夢をね、追ってもらおうと思いまして……。野球の好きな子供たちに、無料で開放してるんです。隣の学校は、あたしが引っ越さなければ通うはずだった小学校で、野球をやってる、もしくはやってみたい小学生から高校生までに使ってもらおうと思って建てました」
「こ、こんな立派な施設をっ? 子供にーっ?」
「ふふっ、いいリアクションですね。んじゃ、もう一発驚いてもらおうかな」
真鈴がモニターの『OK』のボタンをタッチする。正面の巨大スクリーンに映し出されたのは、マウンドに立つ1人のピッチャーの3Dモデルだった。マリンブルーのキャップを目深に被る、背番号11……。
しなやかかつダイナミックなフォーム。それは紛れもなく、アクアマリン時代の神月真鈴そのもの……。
「さすがに移籍して1週間じゃアップデートできなくてですね、ユニフォームはアクアマリンのですけど。これ、あたしの先月までの投球データが全部入ってます。球速、回転数、リリースポイントの変化まで完璧に同期させてあります」
「……これのどこが『腹ごなし』なのよ。ガッツリ練習じゃない。私に、真鈴のボールを打ち返してみろと?」
真鈴はうざったそうに、ロングウィッグを剥ぎ取った。ブラウスの袖を肘まで捲り上げると、バットを1本肩に担いだ。奇麗よりかっこいいが勝り、女装男子に見えてきた。
「いいえ、遊びですよ。あたしは完璧超人じゃない。相性の悪いバッターには、打たれる時だってあります。今日はるなさんに、あたしの身体を味わってもらおうと思いましてね」
「……言い方」
「それでですね、るなさんがあたしの身体を貪っている間、あたしは去年までのるなさんのピッチングデータをネットから引っ張って、ここにインストールします。この機械はピッチャーだけでなくバッターも召喚できる。対戦したいバッター目がけて投げる練習も出来ますよ」
すごい設備なのは分かったのだが、なぜ自分が真鈴の幻影で練習しなければならないのかはまだ理解出来ない。「はい」とバットを差し出され、るなは仕方なくふりふりハットを脱ぎ捨てる。ツインテールが肩先で揺れた。気が進まぬままバッターボックスに立つ。
「バットを構えてください。るなさんの構えに沿ったストライクゾーンを、AIが自動解析します。目の動きや見送り方、スウィングの仕方で、配球が変わってきますんで、もちろんフォアボールも有り得ますよ」
「つまり、AIのキャッチャーと真鈴がバッテリーってことね」
「その通り。残念ながらるなさんの弱点や癖はまだ登録されてないですが、打席を重ねるごとに蓄積されていきます。AIの学習具合によっては、るなさんの苦手コースを投げてきますが、今日はデータがないので打ちやすいはずです」
「……真鈴相手に、打ちやすいもなにもないでしょ」
しぶしぶバットを構えるるな。数秒挟み、もう1人の真鈴が投球フォームに入る。フォームだけでなく、表情までも神月真鈴そのものだ。
だが、指先から離れたボールは実物。るなは一球見送った。
スクリーン左上に『155km』と数値が出た。『s』はストライクを表しているのだろう。1と表示された。
「えっぐ! 女子の球じゃないでしょ」
「ふふーん。いつもあたしのこといじめるから、その身をもってあたしのすごさを体感するといいですよ。『いやぁん、真鈴様ぁ。抱いてーぇ』ってすりすりしたくなりますから」
両手を擦り合わせ、腰をくねくねさせる真鈴。女装男子度が増した。
「絶対ならない自信ならある」
「おぉ? 言いましたね。んじゃ、10球勝負モードにしましょうか。これはストライクゾーンにしか投げません。3割……つまり、3本以上ヒットに出来たら、今日1日、るなさんの下僕になりましょう」
「あなたのボールを、3割も打てない自信もある」
るながきっぱり言うと、真鈴はにんまりと口角を上げた。野球意外では強気なるなに認められたことに、自尊心ゲージが爆上がりしたようだ。
だが、すぐに初めから負けを認めるアスリートに物足りなさを感じたらしく、「じゃあこうしましょう」と人差し指を立てた。
「あたしは入力が終わり次第、るなさんのボールを打ちます。長年ピッチャーしかしてないあたしが、るなさんのボールをです。10球ずつで、ヒットが多かったほうが勝ちということでどうですか? るなさんが勝ったら、あたしは1日下僕になります。あたしが勝ったら、ランチは『アーン』してもらいますよ?」
「……それって、私に何かメリットある? 下僕とかどうでもいいし、『アーン』なんて罰ゲーム過ぎて死にそうなんだけど」
「メリット? バッティングの練習と楽しいゲームを兼ねた、素晴らしいお遊びだと思いますけど? 勝利のご褒美は置いといても、トレーニングには変わりないですからねぇ」
ふふん、とドヤ顔する真鈴に、疑いのジト目を向けるるな。どう考えても、楽しんでるのは真鈴だけである。
しかし、昨夜のジャンクフードといい、先程のメロンパン5つといい、アスリートらしからぬ物しか食してない直近を考えれば、ただオフを満喫しているよりも実りはある。
それに、真鈴のストレートとフォークボールはえげつないが、真鈴の言うように、普段ピッチャーしかしていない真鈴に、るなの7つの変化球を打ち返すのも簡単ではないはずだ。
「分かった分かった。打てばいいんでしょ、打てば」
嬉しそうに「そうこなくっちゃ」と入力の手を早める真鈴。スクリーンの真鈴が一瞬消え、再び現れる。モードが切り替わったようだ。
1・2球目は速すぎてタイミングを掴めなかった。宣告通り、スクリーン上の真鈴は、ストライクしか投げて来ない。
だが、るなの強みはずるいほどのストライクゾーンの狭さと、持ち前の選球眼。どんなに低いボールでも、ゾーンに入りタイミングを見誤らなければ難しくはない。
「どうしたんですかー? 振らなきゃ当たらないですよー?」
「うるさいなぁ、女装男子!」
「え? 女装……?」
キョトンとする本物真鈴が黙ったところで、集中力フル稼働。3球目は空振りに終わったが、4・5球目は内野ゴロ程度に当たり始めた。
チャンスは、あと半分。偽物真鈴を睨み付け、るなは6球目でようやく1本打ち返した。
「おー、さすがるなさん! でも、出来れば打ってほしくないなぁ。『アーン』が待ってるんだよなぁ」
「待ってない!」
続けて7球目も、偽物真鈴の頭を越えるセンター前ヒット。おとなしい偽物とは真逆に、本物のほうは「えー」だの「あーぁ」だのとうるさい。
あと3球……。
だが、8球目を打ち返せる自信は0だった。バッティンググローブも付けずに神月真鈴の豪速球を受け続けた代償が大きすぎた。
「ギブーっ! 手がしびれてもう無理ぃ」
るなはバットを置き、ぷらぷらと両手首を振る。日本の女子野球で、るなは140km以上を見たことがない。セシアナに来て、初めて140km台を見た。人種的な体格の違いもあるが、やはり女子野球が盛んな国は別格だと思い知ったところだったのに……。
……やはり、その別格の中でも神月真鈴は飛び抜けて別格過ぎる……。
「もう降参ですか? リタイアなんですか? いいんですか? 『アーン』してもらっちゃって。嬉しいなぁ。百年前から楽しみにしてたるなさんからの『アーン』が……」
「……それは私のボールを3本打ってからにして。ほらっ、交代!」
ほれほれ、とバッターボックスへ追いやる。ニヤニヤが止まらない真鈴が「右下のOKボタン押してください」と言うのでその通りにすると、スクリーンには、『setajyo』と胸に書かれたピンクのユニフォームのるなが現れた。
「かーわいーいっ! るなさん、髪長かったんですねぇ。ポニーテールもよく似合ってますー」
「……ねぇ、待って? キャップの上に……」
……ピンクの猫耳が生えていた。
「ふふっ、こーゆーお茶目な機能も付いてるんです。あー、あたしの目に狂いはなかった! これもよく似合いますよねぇ。さすがあたし、さすがるなさんです!」
「ふざけないでよー! いじれるなら、もっと身長高くするとか鼻を高くするとか、そーゆー設定に……」
「おっと! 見取れてたら、1球損しちゃったじゃないですか。静かにしててもらえません? 集中出来ないんですけど」
「知るかっ! 10球損しちゃえー」
るなの呪い通り、真鈴は7球目までを見事に空振る。本気で当てていこうと必死のようだが、普段から打席に立たないというハンデと、縦横無尽に変化していくるなのボールに苦戦しまくっている。
今度はるながニヤつく番だ。
「あーらら、神月さんったらぁ。次で打てなきゃ『アーン』はなしよー? ピッチングは最強だけど、バッティングとなるとへなちょこなのねーぇ」
ここぞとばかりに煽るるな。決して打ってほしいわけではないのだが、ピンクの猫耳意外、自分そっくりの分身がセシアナのスーパースターを翻弄している絵面にニヤつきが止まらない。
「くっそーぉ、遅すぎてタイミングが掴めないー」
「ふーんだ。勝てればいいのよ、勝てれば」
真鈴はとうとう8球目も空振った。途端に「やーめやめ」とバッターボックスを出て来る。誰もいなくなった空間に、ボスンッという9球目の着弾音だけが残った。
「えー、ずるーい! あと2回空振りしてよー」
「イヤですよっ。るなさんだってリタイアしたじゃないですかぁ。あたしも手がしびれたんです。降参です」
「嘘つけー! 1球も当たってないくせに、しびれるわけないじゃんかー」
「いいんですーぅ。しびれたんですーぅ。はいはい、あたしの負けでいいですよーだ。ふんっ、るなさんの下僕ならいつでも喜んで!」
「あははっ。開き直ってやんのー!」
結局、10球勝負はるなの勝ちに終わった。
悔しがるふりをする真鈴。しかし、るなの笑顔を引き出すゲームには勝利したので、充分満足だったことに、るなは気付いていない。




